「おはよう、友ちゃん」 ちょっと舌足らずの甘い声。 今日もみのりは俺を見て嬉しそうに笑う。 尻尾があったら力いっぱい振ってるんだろうなって感じで俺めがけて駆けてくる。 その笑顔に、俺もなんだか朝から全身の力がほどよく抜けていく。 かわいい彼女に、心が和む。 俺のことが大好きだと全身で伝えてくれるみのりに愛しさがこみあげる。 自然に、俺も表情が緩んでしまう。 「おはよう、みのり」 挨拶を返すと、俺の前にたったみのりはぼうっと俺を見上げている。 またなんか変なこと考えているのかな。 こいつは単純なようで複雑で、難しいようで実はシンプル。 深く付き合ってみると、なかなかに面白い。 「どうした?」 「あ、ううん、今日も好きだよ」 「そっか」 みのりの言葉は、心地いい。 俺のちっぽけな自尊心を満足させてくれる。 かわいくていじりたくて、そのふわふわの髪をくしゃりと撫でる。 みのりが、わ!と声をあげてびくりと揺れる。 その過剰な反応も、面白くてかわいらしい。 「んじゃ、いくか」 「うん!」 掴んだ小さな手は、いつも少し汗ばんでいる。 いつでも緊張しちゃって大変なんだよ!っていつか主張された。 どうしてこんなに、俺を好きでいてくれるんだろう。 どうしてこんな駄目な俺を、認めていてくれるんだろう。 全肯定される気持ちよさと居心地の悪さ。 みのりは俺の全てを好きだと言う。 それは嬉しいけど、俺はそんな大した人間じゃない。 今まで付き合った彼女のことだって、全部好きだと思ったこともない。 全部好きだと言われたこともない。 こいつ、本当は自分の理想だけおっかけて、俺のこと見てないんじゃないかな、とか思ったりもする。 恋に恋するって言葉が、こいつには似合う気がする。 知りあって10年以上。 付き合い始めて1カ月。 こんなに一緒にいても、まだまだ分からないことばかり。 みのりの全てを知っているなんて思ってた昔の自分が馬鹿みたいだ。 まだまだみのりは、謎だらけ。 これからゆっくり知っていかなければいけない。 「あのこ、えっと、みのりちゃんだっけ、続いてるんだ」 「当たり前だろ」 つまらないことを聞く奴に、俺は冷たく切り返す。 すでに一カ月だ。 今更何言ってんだ、こいつ。 「いやー、すぐ飽きるかと思ってた」 「人聞きの悪いことを言うな」 「いや、だって絶対一回捨てたものが惜しくなったって感じだっただろ」 まあ、確かにそれは否定できない。 みのりが気になりだしたのだって、今まで自分のものだと思っていたものが急に違うと否定された。 それを認めたくなかったからだ。 それでようやく、みのりが一人の人間なんだって気づけた。 なんて馬鹿でガキな奴。 思い出すだけで恥ずかしい。 「ようやく大事なものに気付いたって奴だよ。青い鳥は家の中にいました」 「うわ、キモ。ていうか痛い。ギャグにしても笑えない。寒い」 茶化す友人の頭を軽くはたく。 まあ、自分で言ってても鳥肌ものだ。 でも、言葉にするとそういうことなのかと思う。 「俺も最初は、惜しいなって気持ちだったかもしれないけどさ、一緒にいると楽しいんだよな。やっぱ幼馴染だし、なんか生活習慣とか合うし」 「あー、まあ家族みたいな感じか」 「そんな感じなのかな」 一緒にいても、緊張しない。 沈黙が気にならない。 隣にいることが自然で、馴染んだ毛布のようにしっくりとする。 それは長年培った空気って奴かもしれない。 「だけど、知らないこととかいっぱいあって、それを知るのも楽しんだよ。あいつって面白い奴だったんだなって、思う」 でも、毎日新しい発見がある。 ビーズアクセが好きだったり、ベリー系のフルーツが好きだったり、甘すぎるチョコレートは嫌いだったり、勉強出来ないけど実は色々将来も考えていたり、虫には意外と強かったり。 本当は、もっと前からちょっとでも見ていたら簡単に知っていたことなんだろうけれど。 あいつは、俺のことを気持ち悪いぐらいに知っているのに、俺はあいつのことを何も知らない。 「………」 隣を見ると、口を開いて間抜けな顔でこちらを見ていた。 何か言いたげに、眉を眉間に寄せる。 「なんだよ」 「いや、本当に惚れてるんだな、って思って」 だから何を今更言ってんだ、こいつは。 最初からそう言ってんじゃねーか。 そもそも俺は好きじゃない女と付き合うほど暇じゃない。 「だから言ってんだろ」 「いや、本気だと思ってなかったから。ごめん」 「お前、俺のことなんだと思ってんだよ」 そこまで俺はひどい奴じゃないぞ。 確かに結構回転早いけど、二股かけたこともなければ好きじゃない女と付き合ったこともない。 付き合っている時は本気だし、その女一筋だ。 「いやー、だって散々ふった女を付き合うってさ。お前わりと恋愛とか冷めてるし」 「まあな。確かにたまにめんどくてどうでもよくなる。だけど、やっぱりかわいいって思うし、優しくしたいって思う。まあ、これまで傷つけた分、優しくするさ」 「えらい!大事にしてやれよ!」 「お前に言われなくたってそうしてるよ」 そう、大事にしている。 しているつもりだ。 俺の出来る精一杯で、尽くしているつもりだ。 今まで尽くされた分、返したいと思っている。 みのりはかわいい。 みのりは面白い。 一緒にいると楽しい。 和む。 そして、ムカつく。 イラつく。 時折殴りたいぐらい、憎ったらしい。 俺を全く信用しないみのり。 笑いながら、好きだよって言いながら、どこまでも俺のことを信じない。 そのたびに俺はこれまでみのりに与え続けた傷の大きさを知る。 罪悪感に土下座して謝りたくなる。 けれど同時に、その罪悪感を与え続けるみのりを重いと思う。 いつまで俺を責めるんだという理不尽な怒りを覚えてしまう。 みのりがかわいい。 みのりが愛しい。 みのりを嫌いになりたくない。 だから、早く許してくれないと、俺も疲れてしまいそうだ。 頼むから、俺を信用してくれ。 俺とこれ以上、距離を取らないでくれ。 そうじゃないとガキで自分勝手な俺は、全て投げ出してしまいそうだ。 恋に恋するみのり。 お前が好きなのは、本当に俺なのか。 俺っていう人形にかぶせたお前の理想じゃないのか。 俺に触れられるのはもったいないと言う。 一緒に歩くのも釣り合ってなくて申し訳ないと言う。 出かけるのも、悪いからいいと言いう。 付き合うんだったら俺は一緒にそこそこ遊びたい。 キスしたい、抱きしめたい、エッチだってしたい。 けれど、みのりはそんなこと、考えてもいないだろう。 ありえない、もったいないって言うだろう。 そんなの、付き合っているって言うのか。 お前は俺と付き合いたいのか。 それともただストーカーしたいだけなのか。 そう言って問い詰めたくなる 今までの恋愛と勝手が違いすぎて、何もかもが分からない。 お願いだから、俺と本当に向き合ってほしい。 一か月先のことでいいから、一緒に考えて欲しい。 俺を、見て欲しい。 「あ、お待たせ、ごめんね、待った?」 「いや、全然」 先生に呼ばれたとかで遅くなったみのりを教室で待ってると、甘い声が聞こえてきた。 みのりは嬉しそうに俺を見て笑う。 だから俺もそんなみのりが愛しくて笑ってしまう。 「あのね、今日ね、友ちゃん、バイトないよね」 「うん、どこ行く?」 次の言葉を待たずに聞き返す。 そうでもしないと中々話が先に進まないから。 みのりが顔を真っ赤にして、ほにゃっと表情を崩す。 「あのね、レインボーハットのアイス食べたい」 「いいよ。行こう」 最近のみのりは、こんな風に積極的に俺を誘ってくれる。 すごく頑張って、我儘を言ってくれる。 少し前だったら、こっちから誘っても断っていたのに。 その小さく他愛のない我儘を、とてもかわいいと思う。 みのりの我儘が嬉しくてたまらない。 ようやくみのりは俺に心を許してくれて来たのだろうか。 少しくらい振り回すのが恋人だって、分かってくれただろうか。 それくらいで俺は怒ったり気分を害したりしない、むしろ嬉しいって理解してくれただろうか。 俺が隣にいるって、気付いてくれただろうか。 そうだったら嬉しい。 「上にソフトクリーム乗せちゃおっかな。あ、でも太るかな。どうしようかな」 「俺が頼むから、少し食べれば」 「あ、本当!じゃあそうしよう!あそこのアイス大好き。ありがとう。友ちゃん大好き」 舌足らずの甘い声が、甘い甘い言葉を紡ぐ。 胸やけしそうな甘さに、眩暈がする。 時々本当に投げ出したくなる。 面倒くさい女。 でもその甘い声が聞きたくて。 俺を好きだという言葉が欲しくて。 その笑顔が見ていたくて。 少しづつでも信用してもらえるように頑張るから。 お前がくれた気持ちの分、俺も頑張るから。 「アイスと一緒なんだな」 「アイスよりももっともっと、何億倍も好きだよ!」 俺もお前のことが好きだから。 ずっとずっと大事にするから。 だから、お願い。 目の前にいる俺のことを、好きになって。 |