「あ、そう言えば、トモと背後霊付き合い始めたらしいよ」 「………へえ」 「複雑?」 「………好きにしろって感じ」 そう言うと、中学から同じ学校の友人は困ったように笑った。 複雑と言えば、そりゃ複雑だ。 でもまあ、もうあんなはっきりしない元カレのことなんて、どうでもいい。 今は別に好きな人もいるしね。 「本当に、好きにしろ」 人を巻き込まないで、勝手にやってろ。 人の気持ちを踏みにじる最低な奴ら。 「あ、じゃあね、友ちゃん」 背後霊は私の顔を見て、しまったというようにそそくさと逃げていった。 自分の顔が歪んでいるのが分かる。 彼氏の前では、いつも笑って、かわいくいたいのに。 いつも素直になれないから、朝ぐらい、笑っていたいのに。 「おはよ、坂西」 「………おはよ」 「また膨れてる」 少し笑って、トモが私の頬をつついてくる。 不機嫌だった私は、それで少し嬉しくなってしまう。 触れられたほっぺたが熱くて、ドキドキする。 「あいつは妹みたいなものだから」 「………でも、好きって言ってる」 「あれはもう挨拶みたいなもん」 「なら、いいけどさ」 「ほら、そんな顔すんなって」 本当は、もう話さないでって言いたい。 あんな女、近づくなって言ってって言いたい。 どうしても嫌って言いたい。 でもそんなこと言って、嫉妬深いって思われたら嫌だ。 面倒くさい女って思われたら嫌だ。 嫌われたら嫌だ。 「どうせブスですよーだ」 「かわいいかわいい」 「感情こもってない!」 それに、こんな風に触られたら、怒っていられなくなってしまう。 かわいいなんて言われたら、嬉しくなってしまう。 じゃれあう時間が大事だから、怒っているのも勿体ない。 「今日帰り、部活終わったら一緒に帰ろう」 「分かった」 「コロッケ食べて帰ろう」 朝は背後霊が一緒だから、帰りは私が一人占めしたい。 だって私は彼女だし、あの女はただの妹。 私の方が、優先権あるはずだ。 「うわ、またいるよ、あの背後霊」 友人の言葉に校門を見下ろすと、背後霊と自分の彼氏が一緒に帰っていた。 部活で人がいない隙にこそこそと。 本当に最低な女。 「トモもさ、はっきり言えばいいのに」 「本当だよ」 友人の言葉に、私は強く頷く。 まあ、あの女が漏れなく付いてくるって知って、トモに告ったんだけどさ。 何度振られても諦めない、ウザい女。 いつだってトモの後ろにいるから、私たちの間では背後霊と呼んでいた。 トモは同じクラスで、隣の席で、とても話があった。 同じアーティストが好きで、クラスでカラオケとか行った時、すごい盛り上がった。 運動神経いいし、結構頭いいし、人気も割とある。 気が付いたら、好きになっていた。 トモも、私のことが好きなのかなって思う時があった。 背後霊が付いてるし、少し迷った。 あの女と付き合ってる訳じゃないって知ってたけど。 前は別の娘と付き合ってたし。 ただ、もし、トモが私のこと好きじゃなかったらどうしようって不安だった。 告白してふられて、今みたいな付き合いできなくなったら、嫌だった。 だから、今のままでもいいかな、って思った。 すごいすごい、迷った。 でも、もう中三だ。 このまま告白しなかったら、高校は別々で、離れ離れ。 そんなの嫌だって思った。 だから、すごいすごい勇気を出して、告白した。 告白なんて、初めてだった。 でも、会えなくなるのは嫌だったから。 トモが、とても好きだったから。 トモがOKしてくれた時は、泣いてしまった。 その夜は眠れなかった。 初めての彼氏が出来たことが、嬉しくて仕方なかった。 次の日は学校へ行くのもドキドキした。 今は席が離れてしまったけど、朝一番に来て姿を探した。 挨拶をするのも、心臓が破裂しそうだった。 顔が真っ赤だって笑われた。 それすら、嬉しかった。 一緒に帰った時は、今まで何話していたか思い出せないくらい、頭真っ白だった。 変なこと一杯言ってしまった。 テンパりすぎだって、また笑われた。 土日にどこに行こうなんて話出来るのが、こそばゆかった。 ただ二人でいられるだけでふわふわした。 気が強い私だけど、トモの前でだけは、なんかふわふわした女の子になれる気がした。 友達も喜んでくれて応援してくれて、幸せの絶頂。 でも、すぐにあの背後霊の存在に、苛立つようになったけれど。 私とトモがラブラブだって分かれば、諦めると思っていた。 さすがに彼女がいるなら、告白をやめるだろうって楽観的に考えていた。 あの女のしつこさを、甘く見ていた。 私が馬鹿だった。 あの女はやめなかった。 これ見よがしに毎日一緒に登校する。 何度も何度も好きだって言い続ける。 トモにやめるように言ってって言っても妹みたいなもんだからって取り合ってくれない。 しつこく言うと嫌われちゃうかもしれなくて、何も言えない。 それを分かっていて、あの女は告白を繰り返す。 トモが一番大事にしているのは自分だと主張するように。 トモを疑いたくなんてない。 妹だって言ってるのは、本当だと思う。 家族ぐるみの付き合いだって言うから、切るのが出来ないのも、分かる。 でも、彼女がいるのにずっと告白を許しているのはどうなの。 本当はトモも、まんざらじゃないんじゃないか、なんて思ってしまう。 本当は喜んでいるんじゃないか。 本当はあの女の方が好きなんじゃないか。 そんな不安で、いっぱいになってくる。 1週間目、幸せの絶頂。 2週間目、不安が生まれて。 3週間目、不安が育って。 4週間目、不安が爆発した。 「ねえ、あのさ、彼女いるんだからさ、もうトモに近づかないでくれない?」 トモには直接言えないから、背後霊を呼び出した。 いつもふわふわしたしている女は、今日も頼りなさそうにおどおどしている。 気が強いって言われている私から見ると、苛々するようなぶりっこ女。 「……ごめんね、坂西さん、嫌だよね」 「分かってるならやめてよ。トモに近づかれるの、すっごい嫌」 はっきり言うと、暗い顔で俯かれる。 なんか私が苛めているような感じだ。 少しだけ罪悪感が生まれる。 でも、私は何も悪くない。 当然のことを言っているだけだ。 彼女がいる男に付き纏う方が、おかしい。 「ごめんね、後、少しだから」 「知らないよ!頼むからやめてよ!」 「坂西さんの邪魔は、しないから」 「もうすでに邪魔なの!」 そのゆっくりとしたしゃべり方も嫌い。 同情をひくような頼りない仕草も大嫌い。 可哀そうだって言われるのを期待しているような、その態度が本当に嫌い。 「朝、だけだから」 「朝だけだって嫌!トモは私の、彼氏なの!」 「友ちゃん、私のこと、好きになるようなことないから、平気だよ」 どうして、話が通じないんだろう。 そういう問題じゃない。 彼氏に好きだって言って付き纏う女がいることが、嫌なのだ。 「人の話聞いてるの!?そうやって付き纏うのが迷惑だって言ってるの!」 「あ………」 涙目になって、唇を噛む。 だからどうして、泣きそうになるの。 私が泣かしたの? 私が悪いの? 違うだろう。 「ちょっと、みのりをいじめないでよ」 そこに、背後霊のクラスの女が二人、入ってきた。 ずっと聞いていたのだろう、絶妙なタイミングだ。 私を睨みつけるように近づいてきて、背後霊をかばうように前に出る。 「呼び出して悪口言うとか、最低」 「みのりはただ好きなだけでしょ。あんたに迷惑かけないようにしてるじゃん」 なんなの。 私、何か悪いこと言ってる? ただ、当然のことを言ってるだけだ。 なのにどうしてこんなに責められなければいけないの。 私の言ってることはそんなに変なこと? 部外者は黙ってろ。 言い返そうとすると、背後霊がまたおどおどと口をはさむ。 「あ、二人とも、坂西さんは、悪くないから」 そこで完全に頭に来た。 気が付くと、背後霊の頬を平手で叩いていた。 「何すんのよ!」 呆然とする女を後ろに下がらせ、うるさい女が噛みついてくる。 でも、私はそんなの気にならない。 自分の口で私につっかかることすらできないくせに、自分だけは綺麗なところにいようとする。 友達にかばわれて、俯いている女がムカついて仕方ない。 「友達にだけ文句言わせて、自分はいい子になろうとか、さいってい!」 「あ………」 「好きなら何してもいいの?私の都合なんて考えないの?一途で可哀そう?あんたのやってることってただ自分勝手なだけじゃない!」 好きだからって、それで全てが許されるのか。 私の哀しみも苦しみも、全て無視なのか。 彼氏がずっと他の女に好きって言われているのを見て、私がどう考えるのかなんて、想像もしないのか。 「………ごめ、んね」 しかし背後霊はそう言っただけだった。 とても悲しそうな顔をして、謝るだけだった。 謝るぐらいなら、最初からやるな。 何が頼りない控え目な女だ。 こんな図々しくて自分勝手な女、見たことない。 「本当に最低!もうトモには絶対近づかないで!」 「あんたにそこまで言う権利ないでしょ!いこ、みのり!」 「………ごめ、ん」 そして背後霊は友達にひっぱられて教室から消えて行った。 ああ、最低だ。 本当に最低だ。 あの図太くしつこい女は、私が思っているよりもずっと最低な女だった。 「坂西、昨日みのりと喧嘩したんだって?」 「あ………」 結構大声出していたから、誰かに聞かれたのかな。 トモには、知られなくなかった。 嫉妬深い怖い女になんて、なりたくなかった。 ただ、トモの前ではかわいい女の子でいたかった。 「………」 黙りこんだ私に、トモが面倒くさそうにため息をつく。 ああ、やっぱり呆れられた。 我慢しようと思っていた。 トモは本当に、妹としか見てないんだから。 でも、どうしても嫌だった。 トモを、一人占めしたかった。 「だからあいつ、妹みたいなもんなんだって」 「だって………」 「あんまりいじめないでくれよ。あいつ馬鹿だし、弱いんだからさ」 「………」 そこで、すっと、感情が抜け落ちた気がした。 頭いっぱいだった、哀しくて、切なくて、苦しい想いが一気に冷たく凍りついた。 代わりに浮かんできたのは怒りと悔しさ。 あの女が、弱い? 私なんかよりもずっと強いだろう。 どんなにラブラブなところ見せつけても、文句を言っても付いてくる。 図太い、図々しい女。 神経がよほど強くなきゃ、あんなの出来ない。 「あいつ、なんか言ったの?」 「いや、みのり、そういうこと絶対俺には言わないからさ。ただ、今日暗かったから」 あんなに言っても、また今日朝一緒に来たのか。 最低な女。 結局自分のことしか考えてない。 そして暗い顔してトモにアピール。 悪者は私。 「………そっか」 「そう、お前は強いんだしさ。俺が好きなのはお前だから、あんまり気にするなよ」 私は強くなんてない。 今だって泣きたい。 ただ、泣いたりおどおどしたりする自分が許せないだけ。 そんなことしてトモの気をひくあの女が、大嫌いなだけ。 だから、一緒にはなりたくないだけ。 あんな女と一緒の真似は死んでもしない。 結局トモは、私よりもあの女が大事なのだ。 ずっと一緒にいた、あの女が、大切なのだ。 悔しい悔しい悔しい。 あんなぶりっこ女に負けるなんて、悔しい。 もう嫌だ。 苦しい。 辛い。 泣きたい。 でも絶対、泣いてやらない。 「トモと別れたよ」 「………」 「嬉しい?」 そして一週間、頑張った。 やっぱりトモが好きだったから。 それでもやっぱり背後霊はいなくならない。 それでもやっぱりトモはこの女を振り払わない。 もう、限界だった。 「あんたって本当に最低。好きだってこと盾にしたら、何してもいいと思ってる。周りの迷惑なんて考えない。」 呼び出して、別れたことを告げた。 この女がどんな顔をするか、見たかった。 「まあ、トモも最低だけどね」 別れる時、どうして、とも言わなかった。 そっか、と言っただけ。 あっちも面倒な私に冷めていたのだろう。 泣きそうだったけど、我慢した。 泣きわめいて縋るような女に、なりたくない。 「………友ちゃんは、悪くないよ」 「あっそ。もう私はどうでもいい トモをかばって、またいいこちゃんアピール。 正直に飛び上がって喜ぶぐらいしたら、よほどこの女に好感が持てただろうに。 「ごめん、ね。私のせいだね」 泣きそうな顔で、そうやって謝る。 ああ、本当にどこまでもムカつく女。 そうやって泣きそうな顔で同情をひいて、結局自分の思い通りにする。 「勝手にやってろ、最低女」」 だから、もう、関わりたくなかった。 あんな男にひっかかって、この女を敵に回した私が馬鹿だったんだ。 最初からこの女が付いてくるって分かった。 それでも勝てると思って勝負を挑んだ私が、馬鹿だったんだ。 「付き合い始める、ね」 あの二人は同じ高校にいった。 頭が悪かった背後霊の、恐ろしい執念。 私は別の高校にいった。 それ以来付き合いはない。 知りたくはないが、たまに噂が入ってくるぐらい。 まだ同じようなことやってるとは聞いていた。 私みたいな被害者、何人出たんだろ。 あのストーカーに付き纏われて、トモもよく発狂しないもんだ。 ていうか許してる時点で結局気があったんだろう。 近すぎて分からなかった幼馴染の恋。 ああ、綺麗だね。 他人事ならね。 だったら、人を巻き込まずに二人の世界を作ってろ。 「勝手にやってろ、馬鹿女」 まあ、私にはあの女ほどの執念も、トモへの想いもなかった。 中学生の淡い恋。 あの女ととことん戦うほどの情熱もなかった。 それでも、初めての彼氏だった。 それでも、大好きな人だった。 大好きだった。 ずっと一緒にいたかった。 あの女への恨みは消えない。 あの女を好きになんて絶対にならない。 でも、あの執念と強かさと図太さは、今は認めている。 あんなの敵に回したら、勝てるはずがない。 今は遠くで眺められるから、そう思う。 今度の恋は、あんたを見習って、女の汚い所全開で戦うよ。 もう、他の誰かにとられるなんて、ごめんだから。 あんたみたいに精一杯やるよ。 あんたみたいに、図太くしつこく強かに 。 |