母は私達に幸せになる方法を教えてくれた。

「結局勝つのは、よりうまく周りの人間を騙せた方よ」

母は美しい人だった。
そして苦労した人だった。
私達の父は、ひどい男だった。
暴力を振い、酒を飲み、仕事をせず、女と金を持って逃げた。
女手一人で私達を育てた母は、様々な苦難にあった。
騙され、金を持ち逃げされ、裏切られ、殴られ。
それでも必死に私と妹を育ててきた。

母は、私と妹に、幸せになる方法を教えてくれた。
よりずるく、より賢く、より他人を蹴落とすことのできる人間が成功する。
誰を蹴落としてでも、誰を裏切ってでも、最後に笑えていればいいのだ、と。

結局勝つのは、よりうまく周りの人間を騙せた方なのだ、と。



***




母が連れてきた新しい義父は、実の父とは違い優しい、いい人だった。
お金持ちの商人で、美しい母にべた惚れで、なんでも言うことを聞いてくて、連れ子である私と妹も可愛がってくれた。
それこそ、実の娘をないがしろにするほどに。

「灰かぶり、灰かぶり、さっさと仕事をしなさいな!台所が汚れていてよ!」
「はい、義姉さん」

灰だらけの汚い義妹は、本来の美しい容貌を惨めったらしく汚れた髪で隠して、弱々しく頷く。
こんな風に下女にも劣る扱いをしても、義父は何も言わない。
義父は母に夢中だし、大人しく、鳥と話したり、ハシバミの木に話したり、甘えることもない扱いづらい娘を鬱陶しがっていた。
当然だ。
影で泣いて木や鳥に愚痴をこぼすようなおかしな娘、誰が好きになるだろう。

そもそも、この灰だらけのみすぼらしい義妹が、私は大嫌いだった。
いつでも笑って、何を言われてもこらえて、必死に私は頑張っていますってアピールして。
醜悪にもほどがある。

いつか誰かが助けてくれる?
正直に生きていれば、誰かが助けてくれる?
ありえない。

人は努力し、人を蹴落として、自らの環境を変えようとするもの以外、幸運など得られないのだ。
なんの努力もせずに唯々諾々と今の環境に甘んじているこの女になんか、幸せが訪れるはずがない。

だからこの女は、一生灰をかぶっているのが当然だ。



***




「灰かぶり、灰かぶり、私の髪を梳かして。ドレスも靴もちゃんと綺麗にしておくのよ、この愚図が」

母と妹にもこき使われ、灰かぶりは惨めたらしく笑う。
ああ、その人の顔色をうかがうような笑い方が本当に虫唾が走る。
言いたいことがあるなら何か言えばいい。
文句を言うなり、殴りかかるなりすればいい、義父にも言いつければいい。
まあ、それをしたってこの女の境遇が変わるわけじゃないかもしれないが。

それでも、なぜ抗わないのだ。
その立場に従っていられるのだ。
ああ、本当に苛々する。

「………お、お義母様、私も、王子様の舞踏会に、行きたいのです」

けれど、珍しく自分の希望を口にした義妹に、新鮮な驚きを覚える。
母と妹も驚いたようで、一瞬家の中が静まり返る。
同行の条件として、母が二回灰の中に豆を撒き拾わせた。
しかし、それすら拾いきった灰かぶりに、けれどその惨めな姿を嘲笑い同行を許さなかった。

「どちらにしろお前にはドレスも靴もないのよ。王子様の前で惨めな姿を晒すわけにはいかないでしょう。大人しく家にいるのがお似合いよ、この灰かぶり!」

泣き伏せる義妹を、嘲笑い足蹴にして、私達は家を後にした。
ああ、なんて不甲斐ない。
同行を求めたところまではよかったのに、こんなことでくじけるなんてなんて情けない。
私達に手をあげてでも、ドレスと靴を奪ってでも、舞踏会にいって見せればいいのに。

なんて惨めで弱い灰かぶり。


***




王子との結婚は、別に本気で夢見ていた訳じゃない。
でも、私と妹の母譲りの美貌は本物だ。
もし見染められたら一生は安泰だろう。
別に王子じゃなくてもいい、貴族の嫡男なんかでもいいのだ。
安定した暮らしをできるのなら、誰だっていいのだ。

もう、嘲笑われ、打ちすえられ、体を狙われ、汚泥をすすり、ゴミの中から残飯を漁るような生活をするのは御免だ。
私達は何があろうと、幸せになってみせる。

「まあ、あの娘は誰?」
「どこかのご令嬢かしら。なんて美しい」
「王子様も目が離せないようよ」

その言葉と共に、ダンスホールがざわめき、皆の視線が一点に向かう。
そこには光り輝くようなドレスを纏い、美しい銀の靴を履いた、身につけた宝石よりも美しい少女。
はにかむように笑って辺りを見渡せば、誰もがその視界に入りたいと望むような稀有な美貌。
貴族の男性達が浮き立ち頬を紅潮させながら、その少女に群がって行く。

「………お姉さま」
「あれは、もしかして」
「そんな、馬鹿な」

妹が不安そうな顔で、私に囁きかけてくる。
私も、不安に妹の手を握る。
遠目にも美しい、どこの姫君よりも劣らないような気品に満ちた少女には見覚えがあった。
いつもは薄汚れた長い髪に覆われ、隠されているが、毎日見ている顔。

「あ、王子様が」

貴族の男性達を掻きわけて、王子様が颯爽とその少女に近づく。
少女も顔を赤らめて親しげに王子様に微笑みかける。
王子様も、蕩けるような笑顔を浮かべる。

「そんな、馬鹿な」

その後は何回も彼女に近づこうとしたが、人の壁に阻まれて叶わなかった。
そして彼女は12時の鐘と共に、王子の制止も振り切って帰って行った。



***




二晩、美しい謎の少女は姿を現した。

母と妹と私は、不審に思って灰かぶりを問い詰めた。
けれど、家に帰る頃には灰かぶりはちゃんと暖炉の前で寝ていて、いつも通り薄汚れていた。
灰かぶりにドレスや靴が新調できるはずもない。
けれど、あの顔はどこから見ても、目の前の義妹に思える。
そんな疑問を抱えていつも通り灰かぶりを苛んでいると、城からお触れが出た。

王子の持つ金の靴に相応しい物が、王子の妃になる、と。

王子はよほどあの少女に執心していたらしく、二晩目には階段にタールを塗って、少女の金の靴を手に入れた。
とても小さな靴だったので、その靴に合う人間はそうはいない。
その靴を履ける人間こそ、彼女だということだった。

国中の娘に資格はあるらしく、私達の家にも靴を持った王子様と役人が訪れた。
私達は、自分があの女ではないことを知っている。
けれど、そんなことは関係ない。
この靴が入れば妃なのだ。
もう、一生飢えに苦しむことなどないのだ。
そもそも靴で確かめなければ自分の惚れた女も分からないなんて、王子様もなんてボンクラ。
そんな男を騙すことなんて、なんの罪悪感も覚えない。

靴を履くのは命令だとはいえ、断ったり自分がその女ではないと申し出た娘はいなかったらしい。
どの家の女共も同じだ。
皆、自分がその少女ではないと知っている。
けれど、あわよくばと思っているのだろう。

なんて浅ましい女達。
なんて愛すべき女達。

「どうしましょう、お母様。私の足ではあの靴は入らないわ」
「………お前の親指は少し大き過ぎるようね」
「え」
「切り落としてしまいましょう。妃になれば指なんて必要ないわ」
「………」

一瞬躊躇ったけれど、私は頷いた。
足の指の一本や二本で妃になれるのなら、いくらでも切り落としてやる。

「……ぅ、くっう……っ」

ナイフで切り落とした親指は血が溢れだして骨が軋み肉の擦れる感触に脳天まで痺れるほどの痛み。
けれどなんとか布を巻き付けストッキングを履いて靴に挑む。
痛みに顔が強張るけれど、なんとか履いて見せる。

「お役人様!入りましたわ!」
「おお、これは!ではこの娘が」

興奮と熱、部屋の中が騒がしくなる。
勝ったか、と思ったその瞬間、家の外から美しい歌声が聞こえてくる。

「くつがちいさい、あなたのくつじゃない!王子さま!王子さま!およめさんをちゃんと見て!そのひとは、ほんとうのおよめさんじゃないよ!」

それは、灰かぶりがよく話しかけていた不気味な白い鳥。
その瞬間、王子様と役人の目が私の足に向かう。
そしてストッキングから滲みでていた血が見つかってしまう。

「なんて女だ!王子様をたばかるとは!」
「この罰はおって沙汰する!」

ちくしょう。
あのクソ鳥。
さっさと丸焼きにでもして灰かぶりに食わせてしまえばよかった。

「うちにはもう一人娘がおります!」
「わたくしこそ、王子様と一緒にダンスをしたものでございます」

母が妹を差し出す。
妹は私が駄目だった時はかかとを切り落とすことになっていた。
痛みに脂汗を掻きながら、それでも笑って見せる。
さすが私の妹だ。

「くつがちいさい、あなたのくつじゃない!王子さま!王子さま!およめさんをちゃんと見て!そのひとは、ほんとうのおよめさんじゃないよ!」

けれど結果は同じ。
あのクソ鳥が歌い、血が滲みでたストッキングが見つかってしまう。

「この家にもう一人娘はいるか」
「いいえ、いいえ、お役人様。この家に私の娘はもうおりません」

そうだ。
あの女になんか、靴をはかせるのすら勿体ない。
あんななんの努力もせず戦うこともしない女がのうのうと幸せになるなんて許せるものか。

「お待ちください、王子様。私はここに」

しかしいつも息を潜めて台所にいる灰かぶりが、自信に満ちた声で現れた。
そのみすぼらしく汚らしい姿に役人達が眉をひそめる。

「なんだ、この女は」
「こんな汚らしい女、あの美しい姫君のはずがない」

そうだ、そんなはずがない。
そんなこと許せるはずがない。

「………君は、その小さな足は、その声は」

けれど王子様が、呆然とした顔で灰かぶりを見る。
灰かぶりが顔を上げて、にっこりと笑う。

「靴を」

やめろやめろやめろ。
このクソ女、やめろ。
あり得ない。
そんな訳はない。

「おしろへ!おしろへ!くつをしっかり見て!おひめさま!あなたのくつですよ!王子さま!王子さま!およめさんをおしろへつれてってね!そのひとは、ほんとうのおよめさんだから!」

白い鳥の歌声が聞こえる。



***




リンゴーン、リンゴーン。

城の鐘が響き渡る。
王子と、迎えられた新しい妃を祝福する声が響き渡る。
けれど私には、きっと輝くばかりに美しいであろう義妹の顔を見ることは出来ない。

私と妹の目は、もう光を映すことはない。
あの白い鳥に、両目共喰われてしまった。
私が見た最後の光景は、義妹の美しく幸せそうな笑顔。

白い鳥を私達にけしかけながら、一際美しく笑う灰かぶり。

「あんたの勝ちよ、灰かぶり」

義妹は賢く、強かだった。
だから私は負けた。
よりずるく、より賢く、より他人を蹴落とすことのできる人間が成功する。
それだけだった。

「あんたが、一番賢かった」

ずっと私達の仕打ちに耐えながら、機会を狙っていたのだろう。
そして訪れた機会を見逃さなかった。

ハシバミの木の下にあった実母の遺産を使いドレスと靴を用意した。
一日目で王子に印象づけ、二日目で手掛かりを残した。
鳥を使って私達を追い詰め、私達を嘲笑う最高の場面で登場し、見事に王子と結ばれた。
そして、王子に私達に苛められていたことを訴え、今私は光を失いこの冷たい牢獄の中。

お姉さまは一生安泰の暮らしが欲しいのでしょう。
差し上げますわ。
一生眠るところにも食事にも困らない暮らしを。

そう言って笑う灰かぶりの声はどこまでも優しかった。

「見事よ、灰かぶり」

結局勝つのは、よりうまく周りの人間を騙せた方。
だから私は負けたのだ。






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