いつもながらチャイムの鳴らない家の玄関を、勝手に開けて入り込む。
開ける前から漂っていたいい匂いが、更に強まり鼻孔をくすぐる。
ガラガラとうるさく音を立てる引き戸をチャイム代わりに住人が居間から顔を出す。

「いらっしゃい、鷹矢」

出迎えてくれた兄の同居人は、エプロンを身につけ、無表情ながらもいつもより上機嫌に見えた。
平坦な声の端々が、どこか弾んでいる。
無表情で声も抑揚がないのに、思いのほか感情が分かりやすいのが不思議な人間だ。

「こんにちは。まだ来てないの?」
「うん。上がって」

わずかに笑ってスリッパを出してくれる。
そのまま鼻歌を歌いながら居間に戻って行く。
本当に浮かれているようだ。
その後について居間に行き、広がる光景に思わずこめかみを押さえる。
匂いから予測がついていたが、本当に想像通りだった。

「………いや、予想はついてたけど」
「え?」
「お前これは作りすぎだろ」

居間の小さなちゃぶ台には所狭しと数々の料理がのっかり、どこから取り出してきたのかもう一つ小さなテーブルが横に並び、その上にも勿論料理が乗っている。
うまそうだが一貫性も節度もないその料理達に苦言を呈する。
けれど守は不思議そうに人形のような黒目がちの目を丸くして、首を傾げる。

「そうかな」
「何人で食べるんだよ」

どう見ても明らかに作りすぎだが、本人は自覚がないらしい。
首を傾げたまま指を折る。

「えっと、耕介さんと新堂さんと鷹矢と先輩と俺、で五人」

その指と、テーブルの上の料理の山を何度か見比べる。
それから俺に視線を移す。

「………作りすぎかな」
「間違いなく」

こいつの歓迎と愛情は、料理に直結しているらしい。
何かと人を料理攻めにしようとするのはありがたくも、時々迷惑だ。

「じゃあ、後は今焼いてるケーキとクッキーで終わりにする」
「あー、うん、それだけにしておけ」

デザートまで手作りなことに感心半分、呆れ半分。
まあ、こいつの精一杯の歓迎だと思えば微笑ましいとも言える。
大好きな保護者に、久々に会えることで浮かれてしまったのだろう。
苦笑しながらテーブルを見渡すと、そこには前に作ってもらって美味しかった一品があった。

「あ、これ好き。海老とチーズの揚げ春巻き」
「鷹矢、海老好きだよな。あ、冷凍の海老があるから海老フライとか海老チリとかマヨネーズ炒めとかも作れるから………」
「言ってる傍からこれ以上作るな!」

冷蔵庫に向かおうとする友人のシャツを掴み止める。
守は動きを止めて、申し訳なさそうに目を伏せた。

「お前は本当にもう」
「ごめん」

思わずため息をつくと同時に、玄関先からガラガラと音がした。
二人同時に、玄関の方向に目を向ける。

「失礼します」

聞いたことのない落ち着いた男の声。
その声を聞いた途端、守の顔が目に見えて輝いた。

「あ!」

そして小走りで廊下に走っていく。
俺はその素早い動きをただ見送ることしかできなかった。
あそこまでストレートに感情を露わにした守は、滅多に見ることはない。

「いらっしゃい、耕介さん!」
「やあ、守君。久しぶり。呼んでくれてありがとう」
「遠かったでしょ?大丈夫だった?疲れてない?」
「大丈夫だよ。ありがとう」

穏やかで聞き心地のいい男性の声に、珍しく興奮したような守の声。
本当に嬉しくて仕方ないようだ。

「いいからさっさと上げてくれ」

そしてまた別の男の声。
こっちは太くて低い、男らしい声だ。
これが世話になった弁護士さん、なのかな。

「新堂さんもいらっしゃい。耕介さんを連れてきてくれてありがとう」
「あー、大変だったぞ。このおっさんに運転させたら法定速度ぶっちぎりそうだったから結局俺が運転してきたからな」
「お疲れ様」
「そんなことはしないよ」
「嘘つけ」
「二人とも元気そうでよかった。とりあえず上がって」

それから靴を脱いだりスリッパを履いたり気配がして、足音が近づいてくる。

「随分古くてボロくせえ家だな。あいつそれなりに生活基盤あるんだろ?なんでもっといいとこ引っ越さないんだ」
「多分引っ越すのが面倒なんだと思う。先輩も俺もあまり気にならないし」

まあ、あの二人、最低限の生活出来れば文句はないって感じだしな。
守は最低限食事とか清潔感とかは気にするけど、峰兄は本気で何にも頓着しないし。
そして足音はついに居間に前まで来て、三人の男性が姿を現す。
一番背の高い野性味あふれる中年の男性が、テーブルの上を見て目を見開く。

「随分ご馳走だなあ、こりゃ」
「二人と鷹矢が好きなものって考えてたら気が付いたらいっぱい作ってた」

名前を出されて、少しだけ驚くと、ちょうど客の二人の視線も俺に向かっていた。
大分白髪が混じっている、けれどまだまだ若々しい様子の穏やかそうな男性。
ちょうど老年と中年の間ぐらいに見えるが、刻まれた皺と口元に浮かべる微笑みがとても優しそうだ。
多分こっちが耕介さんだろう。
そしてさっきの野性味あふれる、けれど男の俺が見てかっこいいと思える中年の男性。
こっちが新堂さんなのだろう。

「鷹矢、この人が俺の保護者の耕介さん、それでこっちが耕介さんの友達の弁護士の新堂さん。俺もすごい世話になってるんだ。二人とも、鷹矢。先輩の弟で、俺の友達」
「あ、初めまして。池鷹矢と申します。この度は家族水入らずのところ邪魔してしまってすいません」

俺は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
すると二人はとても優しげに目を細めて、深々と頭を下げてくれる。

「丁寧にありがとう。柏崎耕介と申します。いつも守君がお世話になっているようだね。ありがとう。守君の手紙でよく君の名前は聞くからなんだか初対面な気がしないな」
「どうも、新堂です。君が鷹矢君か。守の話通り、お兄さんと違って礼儀正しい子だなあ」

峰兄には、そういえば会ったことがあるんだっけ。
お兄さんと違って、はよくも悪くもよく言われる言葉だ。
俺は隣の守に、小さな声で問いかける。

「………お前、何手紙に書いてるんだよ」
「何って、本当のことしか書いてないよ」

こいつの言う本当のことっていうのが、想像がつくだけに頭が痛い。
顔を思わず顰めると、新堂さんが苦笑した。

「あー、頼もしくてかっこよくてでも可愛くて弟に欲しいけどなんだかお兄さんみたいでとにかく大好きだって内容だったな」
「だから何書いてるんだよ、お前は!」

恥ずかしくて顔が熱くなる。
こいつの俺への評価は分かっているとは言え、その褒め言葉に相応しい人間とも思えない。
あまりにな過大評価に嬉しい前に恥ずかしい。
けれど問い詰められた男はしれっとして、焦る俺の方がおかしいというようにはっきりと言う。

「だって、本当のことだし」
「………」

分かってる。
こいつは本気でそう思ってるのだろうし、悪口言われたわけじゃないし、悪意なんて一切ない。
けれど、いっそ悪口を言われた方がマシだとすら思う。

「すまないね。どうしてだか、ちょっと羞恥心とか躊躇とかその辺があまりない子になってしまって………」
「あ、いえ」

耕介さんが申し訳なさそうに、謝ってくれる。
まあ、正直どういう教育をしたんだろうと思うことが多々あるが、守の口から聞く耕介さんはとても立派な人なので、そんなこと言えるはずもない。
それに守は悪い奴とかじゃなく、ただちょっと空気読めなくて羞恥心を持ち合わせなくて常識はずれなところがあるぐらいだ。

「耕介さん、俺の性格、駄目?」

守が眉を下げて哀しそうに、耕介さんの袖を掴む。
そのストレートに甘える様子は、峰兄に対するものとも違って小さな子供のようだ。
この年の男がやるには、少し幼すぎる仕草。

「駄目な訳がないだろう!君がどんな性格だろうと、私の大事な可愛い守君だ!」
「ありがとう、耕介さん」

耕介さんは自分よりもわずかに背の高い養い子をぎゅっと抱きしめる。
守も嬉しそうに耕介さんにしがみついた。
それもまた、二十代の男にするものではない。

「………」
「まあ、こんな風にベタベタに甘やかしてあんな風になっちまったって訳だ」

思わず言葉を失った俺に、新堂さんが慰めるようにポンと肩を叩いた。
よかった、この人は常識人のようだ。
新堂さんの言葉に、耕介さんがじとりと睨みつける。

「性教育の面では君に多大な責任があるからな、新堂君」
「俺のせいだけじゃねーだろ!」

そしてそのままどっちが悪いそっち悪いと口喧嘩を始める。
いつのまにか隣に来ていた守がその言い争いを見て微笑ましそうに目を細める。

「いつもああなんだよな。どっちもどっちだよね」
「お前が言うな」

なんでこういう性格になってしまったのか、分からないでもないかもしれない。



***




夕飯時には少し早いが、昼食が早かったと言う二人のために、守の努力の結晶が披露されることになった。
和食、洋食、中華、さまざまに取りそろえられた悪く言えば一貫性のない食事の数々を保護者達は褒め称える。

「美味しいね、もう千代さんと同じぐらいの味じゃないか」
「それは言いすぎだよ。やっぱり千代さんにはまだまだ敵わない」
「いやいや、そんなことないぜ。この野ぶきのつくだ煮とか千代さんそっくりだ」
「本当?」

守は嬉しそうに、珍しくはにかみながら目元を赤くしている。
本当にはしゃいでいるらしい。
弾む口調で、俺にも説明してくれる。

「千代さんって、俺に料理を教えてくれた、耕介さんの家のお手伝いさんなんだけど、すごい料理がうまいんだ」
「ああ、前に言ってたな。お前の料理うまいから、千代さんって人の料理もすごい美味しいんだろうな」
「うん!あ、今度鷹矢も耕介さんの家来てよ。千代さんにも会ってほしい」
「えーと」

それは楽しそうでもあり、疲れそうでもある。
耕介さんと新堂さんも、守の発言ににこにこと笑っている。

「もしよかったら旅行がてら君も来てほしいな。田舎だけれどいい所だよ。宿ぐらいは提供出来るからね」
「来たら車は出してやるぜ」
「ありがとうございます。それじゃそのうち」

押しが強くて困ってしまうが、まあ、行ってみたかった地方でもあるし、一度行くのもいいかもしれない。
耕介さんと新堂さんはいい人だし。

「鷹矢君は大学生だっけ」
「はい。経済学部に通ってます」
「そうか。学生生活は楽しいかい?」
「そうですね、やっぱり勉強は大変ですけど、友人もいるしサークルも忙しいし、楽しいです」

そんな他愛のない話で、和やかな夕食時を過ごす。
守にどうしても来てくれ、保護者に合わせたいと言われた時はどうしようかと思ったが、思ったよりもずっと二人はとっつきやすい。
会社を経営していたという耕介さんと、弁護士の新堂さんの話はためにもなる。
そして守がとても嬉しそうで、常になく表情が柔らかく饒舌だ。
来てよかったと、思った。
そして、また玄関からガラガラと音がする。

「あ、先輩だ」

守が立ち上がり、小走りで玄関に向かう。

「おっさん、大人げない」
「分かってる」

新堂さんの言葉に耕介さんに視線を移すと、穏やかそうな人は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
俺と視線が合うと、苦笑してごめんね、と言われた。
意味が分からず首を傾げる。

「おかえりなさい、先輩。耕介さん来てます」
「あー、はいはい」

乱暴な足音が聞こえて、長身の兄が居間に姿を現す。
その後ろから来た守が、そのシャツの背中を掴む

「先輩、おかえりなさい」
「ん?」
「おかえりなさい」

何度も繰り返す出迎えの挨拶に、俺達は首を傾げる。
言われている峰兄は、自分を見上げる守の顔をまじまじと見た。
それからこちらを見てからにやりと笑う。

「ただいま、守。悪かった」

そして守の顎を掴むと、その唇に軽くキスをする。
うわあって思っていると、ガシャリと音がして驚いてそちらを見る。
耕介さんがグラスを倒していた。
幸い中身はなかったので、零れてはいない。
峰兄は傲慢で嫌みたっぷりな、いかにもらしい笑みを浮かべた。

「よう、久しぶりだな、コウスケさん。長旅御苦労さん。腰は平気か、老体には堪えたんじゃねえの?」
「ああ、お気づかいありがとう。おかげさまでかわいい私の守君に会えたので旅の疲れなんて吹っ飛んだよ」

二人ともにこにこと穏やかだが、なんだか室内の気温が下がった気がする。
峰兄のコートをハンガーにかけて戻ってきた守に、小声で聞く。

「………仲悪いの?」
「悪いんだよね。耕介さんが人にこういう態度取るの珍しいんだけど、まあ先輩だし、仕方ないかな」
「いつの時代も子を嫁に出す父ってのは心が狭いもんだ」

なるほど。
確かに大事に育てた養い子を兄のような人間に取られればそういう態度にもなるかもしれない。
峰兄は純粋に、耕介さんが嫌がるのを楽しんでいるのだろう。

「先輩、メシ食いますよね」
「ああ」
「じゃあ、すぐに用意します。手を洗ってきてください」

明らかに嫌そうな耕介さん。
楽しがっている峰兄。
同じく困ったような楽しんでいるような新堂さん。
そして一人マイペースな守。

「守君は小さい頃から本当にかわいくてね。素直で優しくて、いい子だった。覚えてるかい、初めて動物園に行った時、君がゾウの檻の前から離れなくてね」
「ああ、覚えてる。耕介さんがソフトクリーム落とした時のことでしょ」
「よく覚えてるなあ。あの時は君が自分のソフトクリームをくれたね」

さっきまで俺にも気を使って色々話をふってくれていた耕介さんは、峰兄の訪れと共に明らかに態度が変わった。
守と二人にしか分からない会話を繰り広げ、周りの人間を拒絶する。

「本当におっさん大人げねえなあ」

新堂さんが呆れたようにため息をつきながら笑っている。
これを楽しめるようになれば、俺の人生はもっと楽だっただろうか。

「君は余裕だな」

黙々と食事をかっこんでいた峰兄に、新堂さんがからかうようにふる。
けれど峰兄は軽く肩をすくめただけだ。

「そいつに絞り取られてこっちは干からびそうだしな。少しぐらいおっさんが引きうけてくれればありがたい」

保護者の前でなんてこというんだと、俺の方が焦ってしまう。
聞こえていないふりをしている耕介さんだが、眉がぴくりと吊り上がった。
けれど言い返すようなことはせずに、守に微笑みかける。

「そういえば、新堂君から許可も出たし、もうちょっと帰って来てくれないかな。やっぱり君の顔がもっと見たいからね」
「耕介さん………」

そういえば自立のために正月以外帰るのを禁止されていたと聞いた。
耕介さんの切なげな言葉に、守が感じ入ったように目を潤ませる。

「うん」
「君が元気な顔を見せてくれるのが、私の何よりの楽しみだ」
「うん、俺、毎週週末に帰る。バイト代余ってるし」
「守君!」

また手を取り合う保護者と養い子。

「アホか!」
「やめろ!」

そして新堂さんと俺のつっこみが同時に入った。
守の手を掴んだ耕介さんが拗ねた子供のようにそっぽを向く。

「いいじゃないか、もう守君も立派に一人立ちしたことだし、実家に帰るぐらい彼の意志だろう」
「おっさん、落ち着け」

守も俺に向かって首を傾げる。

「駄目か?」
「あのな、守、物理的に考えろ。バイト代いくら余ってるとは言えすぐに破産するぞ」

いつもはそういうところはしっかりしているのに。
テンションあがりすぎておかしくなっているらしい。

「そんなの私が帰省代ぐらい出すさ」
「いい加減にしろおっさん」
「駄目です!」

またとんでもないことを言いだす耕介さんに、新堂さんと俺のつっこみが再び入る。
新堂さんは鉄拳制裁付きだ。

「君もなんとか言え」

そしてため息をつきながら、我関せずでビールを飲んでいた峰兄にふる。
峰兄は面倒くそうに眉を顰める。
それからどうでもよさそうに言う。

「おい、守」
「はい」
「たまには許すけど、俺に冷凍ばっかり食わせる気なら別の女にメシ作らせる」

その言葉に、守は嫌そうに眉を顰めた。

「………それは嫌ですね。台所荒らされるのはごめんです」

そっちが嫌なのか。
まあ、守らしい答えと言えば言える。
それを聞いて峰兄がにやりと笑った。

「だったら死守しとけ。お前の家だ」
「………はい」

どこか悔そうな、困ったような、けれど嬉しいような、判別のつかない表情で頷く守。
やっぱり、峰兄は、守の扱いがうまい。
すっかり峰兄にとられたけれど、耕介さんはめげない。

「じゃあ、守君。今度二人で旅行に行こう」
「うん」

そしてやっぱり即座に頷く守。
新堂さんは深く深くため息をついた。

「駄目だこりゃ」



***




和やかとは言い難い食事を終え、俺が時計を見上げると、守が気付く。

「鷹矢、泊まって行けるだろ?」
「え?悪いからいいよ」
「だって酒も飲んでるだろ?」

確かに酒は飲んでるが、別に電車もあるしタクシーでもいい。
そこまで広い家でもないし、この人数で泊まるってのは窮屈そうだ。
けれど守は諦めない。

「今回のことで鷹矢の分の布団も買ったんだ。だからよかったら泊まって行って」
「布団って!?」
「だって鷹矢寝る時、毎回先輩のベッドじゃ不便だろ?」

なんでもないことのように言い放つ守。
客用の布団、とかじゃなくて、俺用の布団ってところがこいつらしい。

「最近、俺はお前が怖い」
「え?」

向けられる愛が重すぎる。
時々本当に怖くなるぐらい重い。
峰兄という恋人がいなければ身の危険を感じるところだっただろう。

「耕介さん達も泊まって行けるでしょう?」
「ホテルとってもいいんだがな」
「あまり部屋余ってないから、ここか俺の部屋か、ちょっと散らかって狭い部屋になるけど、それでいいなら泊まっていって」

新堂さんの袖をつかんで強請る守に、男っぽい人は苦笑する。
耕介さんと新堂さんの前にいる守は、本当に小さな子供のように我儘だ。

「お前が俺の部屋で寝て、コウスケさんと新堂がお前の部屋で寝ればいいだろ」
「話したいこともいっぱいある。守君の部屋で一緒に寝ようか」
「あ、えっと」

峰兄と耕介さんにほぼ同時に言われて、守がきょろきょろと二人を交互に見る。
ていうか峰兄のプランにはナチュラルに俺がいないのが傷つく。

「来い、守。保護者にお前のデカイ喘ぎ声聞かせてやれよ」
「えっと」
「おいで守君。昔はよく一緒に寝たね。懐かしい」
「あ、うん」

二人で守の腕を引いて、両者一歩も譲らない。
本当の婿と舅でもこんなことにはならないだろう。
守は間に挟まれて、不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「どうするんですか、これ」
「そうだな。じゃあ、弁護士らしい解決方法を」

力強く頷いて、前に進み出る新堂さん。
やっぱりこの人は頼もしい。

「先に手を離した方が本当の母親だ!」

ああ、この人も駄目だ。

「俺は別にこいつの母親じゃない」
「私も母親じゃないね」

そして峰兄と耕介さんは勿論聞く耳を持ちやしない。
二人に引っ張られるがままだった守がそこで顔を輝かせる。

「あ、じゃあ、皆でここで雑魚寝するっていうのは………」
「ふざけんな」
「ありえないね」

俺からしても、その選択肢はあり得ない。

「………俺、帰っていいですかね」
「それがいいかもしれないな」

新堂さんにぽつりと漏らすと、深く頷かれた。
酒が入ってる状態で帰るのは面倒だが、ここにいるほうがより面倒だ。

「で、なんでお前は笑ってるんだよ、守」

間に挟まれた守は、困った様子はなくなんだか嬉しそうに頬を緩めた。
問いかけると、右手で峰兄を、左手で耕介さんの腕を引き寄せる。

「あ、うん。幸せだなって」

そしてにっこりと笑う。

「………そっか」

俺は疲れた。






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