俺の恋はいつも一方通行で。 想いすら伝えられないことが多くて。 胸にわだかまる切ない想いでいっぱいになって苦しかった。 苦しくて、悲しくて、息が出来なくて。 それでも、恋することはやめられない。 いつかきっと、もっと好きな奴が現れるから。 それで、俺のことを好きになってくれる人が現れるって、そう信じているから。 また失恋をした。 相手は柔道部の1年で、1つ年下の奴だった。 まだちょっと筋肉が付き切っていないぽよっとした体が抱き心地よくて、努力家でまっすぐでシャイな性格が、とんでもなくかわいくて、何より俺と背が同じぐらいだった。 それがなんだ、何が「俺は高幡先輩の男として惚れているっす!」だ。 高幡なんて、あんなマッチョデブ。 でかいだけで熊みてーじゃねーか。 俺みたいな美少年に言い寄られて何が不満だ、あのチビデブ。 ちくしょう。 あ、鼻水出てきた。 分かってるけどさ、高幡がすっげえいい奴で、あいつがそんな気なくて純粋に憧れてるだけだってさ。 でも、高幡が好きなら、俺なんて完全範疇外じゃねーか。 ちくしょう。 でも好きだった。 本当に好きだったのに。 くそ、なんでこんな時に千夏の奴はいねーんだよ。 家の用事とかでさっさと帰りやがって。 俺が泣きそうなんだから、さっさとそのデカ乳貸しやがれ。 頭撫でて慰めやがれ。 普段だったら怒り狂うが、今だったら許してやるのに。 千夏のばかばかばーか。 あいつが悪い。 全部あいつが悪い。 夜に電話かけて愚痴ってやる。 大体あいつが俺をうまいことサポートしないからいけねーんだ。 そんなことを考えながら家へと向かうため駅の階段を上がる。 ずっと俯いてたが、鼻水が垂れそうだったので顔をあげてすする。 「うお」 すると、そのあげた視線の先に、ものすっげーいい男がいた。 なんだか、緩くパーマをかけた髪を、軽く後ろで縛っている。 下手すると趣味の悪い色が濃く柄が多いシャツとダークグリーンのスーツを着て、基本ゴールドのアクセサリーをジャラジャラつけてる。 まあ、悪く言えばチンピラ、ものすごくよく言えばホストぽい。 俺の好みからは1万光年以上かけ離れている。 チャラチャラした男は、好みじゃない。 でも、そいつは軽く空いた胸元から見える鎖骨と胸筋が綺麗で、絶対趣味が悪いのに、なんだか力技で納得させられてしまうような説得力。 一つ一つはものすごく趣味が悪いのに、トータルになるとなぜかかっこいいと思えてしまう。 そして、二重で甘い顔立ちなのに、全く女性らしくない男らしい眉と厚い唇。 意志の強そうな目。 そうだ、色気だ。 なんかもうフェロモンばくはーつ!って感じで見ているだけでクラクラしてくる。 オーラが紫ピンク。 歩く18禁。 周りの奴らも、男女問わずその男を振り返っていく。 本当に全然好みじゃないはなすのに、俺も思わず目が奪われてしまった。 あんなにチャラチャラしてるのに、そいつはどこまでも男で。 いつまでたっても白くて細くてなよなよしてる俺とは大違いだ。 かっこいいと思うと同時に、少しだけチリチリとした感情が胸をよぎった。 見とれていたのは一瞬。 階段を昇る俺と、下りて行くそいつ。 雑踏の中、ほんの一時の邂逅。 時間にすれば数秒なのに、なぜかすごい長い時間に感じた。 俺は現実に戻るように頭を軽く振って、再度顔を上げる。 なんだか、失恋の痛みを一瞬だけ忘れてしまった。 我ながらなんとも現金だと思いながら、後数段になった階段を見上げた。 「あ!?」 すると、今度はまだ乳くせー3歳くらいのガキが階段に向かってヨチヨチと歩いている。 母親は!? 急いで見渡すと、昇りきった踊り場でそれらしき女が何か知り合いとでも立ち話をしている。 ガキは何を考えているのか、ますます階段に近づく。 「あぶっ!」 言った途端、通り過ぎたサラリーマンの鞄がそのガキの肩を少しだけかする。 ほんの少しだったけど、それだけで十分だった。 頭のでかいガキはバランスを崩して、頭からまともに階段に倒れこもうとする。 びっくりとしたようにでけー目玉を丸くしているのが、スローモーションのように感じた。 「ちくしょっ!」 俺は咄嗟に腕を広げて、駆け上る。 ガキが頭から階段に突っ込むのを、寸前で受け止める。 ほっとしたのもつかの間、思いの他重いその小さな体を支えきれない。 どんなに鍛えても筋肉の付かない、なまっちょろい手足がうらめしかった。 ガキをしっかり抱え込んで、せめて頭を打たないように体を丸くした。 くそ! 俺は童貞捨てる前には絶対しなねーぞ! 強く背中を打ったと思った瞬間に、思考が暗く染まったした。 声が、聞こえる。 懐かしい声だ。 ああ、これは千夏の声か。 ばっかだな、あいつまた泣いてるのか。 俺がいるから、泣くなって言ってるのに。 俺がお前を守ってやるよ。 お前、弱っちいからな。 しょうがねーよ。 「大丈夫?」 痛い。 背中が痛い。 ケツも痛い。 手とか足とか色々痛い。 ズキズキズキズキ。 もうちょっと寝てたいのに、痛みも声もうるさすぎる。 でも、声は通りがよくて、低くて気持ちがいい声だ。 夢の中の声とは、違うな。 あれは、千夏の声だった。 ガキの頃の、千夏の声。 これは男の声。 俺好みの低温で重い声。 洋画の吹き替え声優みたいな、渋い声。 気持ちいいな。 でも、なんかちょっと違くねーか。 俺は、まだ暗い世界にいたかったのに、うるさくていやいや目を開く。 眩しくて、目がくらむけど温かい光はすぐに目が慣れてくる。 周りの景色が徐々に輪郭を現し始める。 一番最初に目に写ったのは、人影。 緩くパーマのかかった髪を後ろに束ねた、チャラいくせに男らしい男。 そこには、あの男がいた。 「あ、れ…?」 なんだ、これ夢か。 つーか天国だったりしないよな。 なんでこんないい男が目覚めに。 プレゼントか? 「あー、ようやく目が覚めたのね!よかったあ、心配したのよ!」 「………は?」 予想していたものと、はるかに違う台詞がそいつの薄くて形のいい唇から漏れる。 一瞬、何言ってるんだか分からなくなる。 なんだ、なんかおかしくないか。 あれ、別の奴が話したのか? きっとそうだよな。 「ね、大丈夫?アタシが途中で受け止めたけど、背中強く打っちゃったみたいだし、お医者さんは大丈夫だって言うけど心配で」 「………」 でも、その声はやっぱり先ほどの心地いい低音で。 「まだぼんやりしてるみたいね。あなた大丈夫?アタシがちゃんと見えてる?」 「………」 心配そうに覗き込む顔は、本当に男らしくて、男の色気ムンムンで。 全然好みじゃない俺でも見とれてしまうほどで。 だから。 「詐欺じゃねーか!!!」 俺は絶叫してしまった。 |