瀬古の日常

「恋人に欲情するのは悪いことではないだろうか」

また何を言い出したんだこいつは。
真面目くさった顔で、頭がいい癖に馬鹿なクラスメイトはそんな問いを投げかけてきた。
こいつの質問はいつも突然な上に斜め上すぎて毎回新鮮な気持ちになる。
悪い意味で。

「今度はなんだ」
「彼とキスをしたり触れていると勃起するんだが、これは悪いことではないだろうか」

ぶはっと音を立てて隣で牛乳を飲んでいた森本が噴き出した。
汚ねえな。

深山の中で俺は相談役というポジションらしく、なんでもかんでも聞いてくる。
自分のことを嫌っている人間に相談するという神経がよく分からない。
そしてこの質問も意味が分からない。
黙って聞いてる俺も俺だが。

「………どの辺が悪いと思うんだ」
「そういう対象で見ているのが、なんとなく申し訳ない気分になる。彼を汚すような」
「馬鹿が。どこに恋人とセックスしたいって思って悪い世界があるんだよ。犯罪とか公序良俗に反さない限り、欲情するのは問題ないだろ。じゃないと子孫繁栄なんてできねーよ」
「そうか。そうだな。恋人に対してのものだから、問題はないのか」

納得できたのか、深山は何度も頷いている。
素直なんだか馬鹿なんだか分からん。
多分後者だ。

「ていうか汚すってお前の恋人は箱入りで処女のお嬢様か何かか」
「箱入りでもお嬢様でもないが、恐らく性交渉は未経験ではあると思う」
「そういうことは聞いてねーよ」

嫌みも揶揄も通じない、本当にやりづらい相手だ。
ペースに巻き込まれ、いつのまにか調子を崩される。
しかもこれが冗談でもなんでもなく、全部本気ってのがタチが悪い。

「お前、恋人に触ろうとも思わないの?」
「大体触れてきてくれるのは彼だ。最近は僕からも触れさせてもらってるが」
「あっちから触ってくんだったらあっちもヤりたいんだろ。高校生男子でヤりたくないって方が嘘だろ」
「そうか。そうだな。そうかもしれない」

また何度も噛みしめるように頷く。
ていうかそもそもこいつにも性欲なんてもんがあったのか。
機械か何かかと思ってた。
最近は彼とやらのおかげか随分と生物らしくなってきたが。
森本も同じことを考えたのが、口の周りを拭きながら好奇心いっぱいで問いかけた。

「ねえねえ、深山ってさ、オ○ニーとかすんの?」
「する。男性の身体特徴的にしないと体に悪い」

照れも迷いもないその言葉に、森本がなんとも言えない顔をする。
まあ、そりゃそうなんだがな。

「オカズとか何?」
「オカズ?」
「何をネタにするの?」
「ネタ?」

深山は意味が分からなかったらしく、首をかしげる。
そして何度か瞬きしてから、口を開いた。

「食事のことか?」

森本が耐えきれなかったらしく机に突っ伏した。
俺は深く脱力する。
何がなんだかわからないように深山は不思議そうに俺たちを見ている。

「ところで、お前らどっちが女役なの?」
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、お前らがセックスするってなったら、どっちかが女役やらないとだめだろ」

深山はまた何度か瞬きする。
なんか、こいつって無表情な動物ぽい。
そしてしばらくして、ぽつりと漏らす。

「…………そうか」
「考えてなかったのか?」
「考えてなかった」

普通男と付き合うってなったら考えるものじゃないのか、とか、そういうのが先にあるんじゃないかとか色々つっこみたかったが無駄だろう。
そりゃ大変だ、とだけ答えた。
突っ込み続けるのも疲れる。

「検討してみよう。聡さんにも相談してみる」
「待て。聡さんって叔父さんだったよな」
「ああ、父の弟にあたる人だ」

いやだからそういうことじゃなくてだな。
森本が復活して、また深山に問いかける。

「そういう相談もするの?」
「する。自慰行為も彼に教わった」

深山は変わらず真面目腐った顔で言った。
どこからつっこんでいいのか、もはや分からない。
まあ、経験者ってことでは、別にそこまでおかしいことではないか。
俺も近所の兄ちゃんからエロ本もらったし。

でも、とりあえず、その聡さんとやらは確実にこいつの教育に失敗している。

森本の日常

「あれって、結局どうしてああなるの?」
「あれは一種のひっかけだ。分けて考えればそれほど難しくない」

駅前を歩きながら、深山がさっきの数学の小テストで一番難しかった問題の解釈を始める。
このクラスメイトは進学校であるうちの中でもトップクラスの頭脳の持ち主で、しかも数学はダントツだ。
他の頭いい奴らと違って、お高くとまったところもなく、教えるのもうまいし、聞いても嫌がらない。
中々頼りになる奴だ。

「ああ、なるほど。分かった分かった」
「そうか。よかった」

本当によかったと思ってるんだかどうだ分からない無表情で深山は頷く。
行動も表情も無機質というかなんというか。
こんなに話すようになるまでは、嫌みないけすかない奴だと思っていた。
俺は隣にいた金髪に視線を送る。

「瀬古は?分かった?」
「俺とけたし」
「マジ?」
「マジ」

まあ、こいつ頭いいしな、基本的には。
やる気があるかどうかの問題だけで。
それにしても、いつからか3人でいること増えたなあ。
別に瀬古とも深山とも仲良くなかったんだけど。

「瀬古は頭がいい」
「お前に言われても嫌みにしか聞こえねえ」
「そうか。すまない」

深山は特に含むところはないのだろう。
ごく純粋に本当にそう思っているのだろう。
でも、本当に深山に言われても嫌みにしか聞こえない。
不器用な奴。

今も瀬古につんけんされても、特に気にした様子はない。
瀬古には嫌われてると思い込んでいるので今更どうでもいいようだ。

「あ」

しかし、その無機質な無表情は一瞬で色を変えた。
といってもやっぱり無表情なのだが、それなのになぜか輝くように見えた。

「和志!」

深山らしくなく声をあげて、駆け足に道の向こういる他校の奴に近付いてく。
あ、あれが、噂の深山の彼氏か。
近所のそこそこの学校の制服だ。
それなりに整った顔と、生真面目そうな太めの眉。

「あれ、美晴?」

和志君とやらは嬉しそうに深山を笑顔で迎える。
深山も珍しく本当にわかりやすく嬉しそうだ。
なんかどっちも犬みたい。

「これからバイトか?」
「そう。美晴は、あ」

そこで俺たちに気付いたのか、和志君は軽く頭を下げる。
俺たちも自然な流れで彼の元へ足を運ぶ。

「えっと、こんにちは」
「ちわっす」
「えっと、篠原って言います。美晴の、友達?」

ぺこりと頭をさげて自己紹介。
礼儀正しい子だ。
なんか体育会系の匂いがする。

「いや、友達ではない」
「え?」
「級友、クラスメイトだ」

ああ、そういう紹介になるのか。
思わず笑いそうになって口を抑える。
あ、やっぱり瀬古が機嫌が悪くなってくる。
和志君は眉を寄せて首をかしげる。
彼は深山と違って、一応普通の感覚の持ち主ではあるらしい。

「それって友達じゃないの?」
「そこまで親しくない」

やばい、思わず噴き出してしまった。
そこまできっぱり言われると、本当に清々しい。
相変わらず、俺は友達扱いされてないらしい。
瀬古と違って、俺別に深山嫌いだなんて言ったことないんだけど。

「………えーと」
「気にすんな、いつものことだ」

困ったように言葉を探す和志君に、瀬古が吐き捨てるように言う。
めっちゃ機嫌悪くなってるし。
和志君が小さくため息をつく。

「またお前、変なこと考えてるんだろ」

よく分かってらっしゃる、さすが恋人。

「変なこととは?」
「なんであの人たち友達じゃないの?」
「僕は彼らに嫌われてるからだ」

黙り込んでしまう和志君。
可哀そうに。
むっつりと黙りこんだ瀬古と深山を見てから、俺に助けを求めるように視線を送ってくる。

「俺は、嫌いな人間とずっと一緒にいるほど、暇じゃないよ」
「………ですよね」
「ほっとけ」

また大きくため息をつく和志君に、瀬古がまた吐き捨てる。
そんなつんけんしなくてもいいのに。
和志君が困ってるじゃないか。

「………すいません、本当に、こいつがご迷惑おかけしてます」
「別に」

ああ、可哀そう。
だけど、見てると面白い。

「………あのな、美晴」
「うん」
「………」

深山は嬉しそうに目を細めて和志君を見ている。
ああ、こいつもこんな顔出来るんだなあ。
わくわくとご主人様の命令を待つ犬みたいに、ただ和志君を見ている。
何も言えなくなってしまった和志君に、深山が問いかける。

「喫茶店についていっていいか?」
「別にいいけど、お前、一緒に出かけるんじゃないの?」
「特に約束はしていない。それより僕は君といたい」

うわあ、言いきった。
まあ、確かに帰り道一緒になっただけだけど。
すげえ、真顔で愛の告白だよ。
さすが深山、苦しい、笑いそう。
和志君は真っ赤になって固まっている。

「帰るわ」

瀬古が付き合ってられないとばかりに背を向ける。
もう、素直じゃないんだから。
その背を慌てて和志君が追いかける。

「あ、あの、よ、よければ一緒に来ませんか?」
「は?」
「えっと、大したことない喫茶店ですが、コーヒーはおいしいらしいので」

瀬古が眉を寄せて凶悪な感じに顔を歪める。
和志君は少しびびったように身を引いた。
それを見て、深山が首をかしげる。

「なぜ誘うんだ?」
「だって美晴の友達だろ?美晴のこと聞きたい」

ああ、なんだ。
この二人似た者同士なんだ。

耐えきれなくなって、俺は感情のままに笑うことにした。

横井さんの日常

「師匠見てくれ!自信作だ!」

彼がにこにこと笑いながら、お弁当を差し出してきた。
いつの間にか師匠呼びが定着してしまった。
ま、いいけどね。

「今日はなあに?」
「納豆と豆腐ハンバーグ」
「………最近、納豆に嫌に執着してるね」
「納豆には無限の可能性を感じるんだ」
「………そっか」

たまに変なこだわりを持つよね、この子。
まあ、前ほど突飛なことしなくなったからいいけど。
納豆ご飯そのまま持ってきた時はさすがに匂いも見た目もアレだった。

「師匠のは?」
「今日はかぼちゃのコロッケとレンコンと鶏つくね焼きとプチトマト焼き」
「すごい!綺麗!」

お弁当を開けると、きらきらと顔を輝かせる。
最初の方は随分と無愛想で暗かったけど、最近の彼は時折子供のように無邪気だ。
昔はガッチガチの堅物で皆に疎まれていたって話をしていた。
今も真面目で融通効かないとこはあるけど、そんな近づきづらい雰囲気は感じない。

「取り換えっこしようか」
「うん!」

柴村君と恵も呼んでいつものように一緒にランチ。
篠原君にあげるとみんな欲しがるから、最近のお弁当はちょっと大目に作ってる。
彼も一緒で、お昼は買う柴村君と恵のために大目に作って、皆で囲んで食べる。

「おいしい、師匠、やっぱり天才」
「このハンバーグもおいしいよ!臭みがない」
「紫蘇としょうが入れてるんだ」
「うん、しょうがの風味おいしい。あ、しょうがの代わりに七味入れてもおいしいかも」
「あ、それもいいな。さすが師匠」

師匠って、なんか漫才師みたいでやめてほしいんだけどな。
だけど信頼に満ちた目で見られると、なんとも言えなくなってしまう。

「て、おい、二人とも食べ過ぎだろ」
「ほれ、おいひいよ、ひはむらふん」
「横井のもおいしい!」

顔を突き合わせお料理談義をしていると、何日も食べてなかったんじゃないかと言うぐらいの勢いで二人は私たちのお弁当を食べている。
私たちは顔を見合わせてため息をつく。
篠原君がしかめ面してたしなめる。

「まったくもう、師匠の弁当をそんな風にありがたみなく食べるな」
「いいよ、おいしいってことなんだから」
「横井さんって、本当に天使だ」

彼は感じ入ったようにキラキラとした目で見てくる。
参ったなあ、天使に、師匠かあ。
彼にとっては、私は本当に、女の子じゃないんだな。
信頼と崇拝は感じるけど、私が欲しいものとは、ちょっと違ったな。

「そうそう、天使天使、だからデザートも出して、横井」
「柴村君はもっと感謝して」
「いやもう、すっごい感謝してるよ」

柴村君に軽く言われて、苦笑してしまう。
いっそこれくらいフランクだったらよかったのに。
私は天使なんて称号、いらなかったな。

「はいはい」
「わあ」
「今日はチェリータルトです」

紙袋に入れてあったチェリータルトを出すと、一斉に歓声があがる。
作ったものを喜んでくれるのは、とても嬉しい。
おいしいって言ってもらうのは、嬉しい。
その笑顔が見れるなら、いくらでも腕を振ってしまう。
きっと篠原君も一緒なんだろうな。

「今度、一緒に作ろうね。深山さん、フルーツ好きなんでしょ」
「ああ、あいつ、果物すきなんだよね。ありがとう、師匠、大好き」

言ってから、少ししまったって顔をする。
柴村君は聞かなかったふりをする。
恵がちょっと心配そうな視線をくれる。

「私も大好きだよ」

だから、私はにっこりと笑ってそう言った。
いつまでもふられた女じゃいられないし。
今もちょっと胸は痛むよ。
でも、他の人のものをいつまでもいじましく見てなんかられない。

私は天使なんかじゃないよ、篠原君。
君に好きな人がいるってことは分かってた。
でも、あまりにも無邪気に好意を向けてくれるから、ちょっとぐらい希望あるんじゃないかな、って思ったの。
好き好きって言ってくれるから、つけこむ隙あるんじゃないかなって思ったの。
落ち込んでる君を慰めてる時も、これで私のことを好きになってくれるんじゃないかなって思ったの。
所詮私は生身の女。
天使なんかに綺麗じゃないよ。
言わないけど、ね。

泣き虫で子供みたいに頼りない篠原君。
本当にどこが好きになったんだろ。
最初は分かりやすく体育祭。
でも、性格を知ってもっと好きになった。
好みのタイプは頼りになる年上の人、だったのにね。

「………俺も、横井さんが大好き」

泣きそうに眉を寄せて、声を震わせて、そんなことを言う。
本当に泣き虫なんだから。
でも、きっとそんな風に泣き虫で子供みたいに頼りなくて、素直で真面目なところが好きだったんだろうね。
信頼に満ちたキラキラとした目で見られるのが気分がよかったの。

だから、君の信頼した横井さんでいてあげる。
次に好きな人が現れるまで、師匠でいてあげる。

「うん、私も大好き」

だって、私は天使なんだからね。

いくみさんの日常

「今日はこれから深山の家で泊まるんです」
「やっだー、恋人の家でお泊まり!?いやっらしー!このマセガキ!」
「そうんじゃないです」

からかうと和志君は口を尖らせてむっとした表情を作った。
割と表情は動かないけど、分かりやすいのよねえ。
無表情にしようとしたって、態度になんでも出ちゃうんだもの。

「まあ、ラブラブで何よりじゃない。誰のおかげかしらねー。感謝してほしいわねー」

ちらりと視線を送ると、余計にむっとしたように黙り込んだ。
私がキューピッド役をやってあげなかったら、いまだにうじうじ泣いてたんじゃないかしら。
まったく鬱陶しいったら。
最近の草食男子っていうのは、こういう子のことを言うのかしら。
女が強くなるわけだわ。

「いくみさん、帰らなくていいんですか」
「今日は旦那が遅いの。だから仕方ないから和志君の相手してあげようと思って」
「頼んでないです」

ぷいっと顔をそむけるのがかわいくて、つい噴き出してしまう。
するとカウンターに座っていた常連客もみんな微笑ましく笑い始めた。
それを見て、また和志君はますます嫌そうな顔をするのだ。

そういう素直な反応するからからかわれちゃうのに。


***



そして和志君は迎えにきた彼氏と一緒に楽しそうに帰っていった。
最初の方に比べると随分表情が柔らかくなって、見ているとイライラするぐらい幸せそう。
ま、幸せでよかったわね。
しかし、最近の子たちは男同士もありだなんて、進んでるわね。

「若いっていいわねえ」
「あんたもそんなこと言う歳になったのね」

和志君達を見送って店じまいの準備をしながらつい零すと、母さんがくすくすと笑った。
まあ、確かにいつまで若いつもりでいたけど、天然高校生とはやっぱり比べ物にならないわ。

「だって私、あの子ぐらいの歳の子供いてもおかしくないのよ?」
「あら。あんた今いくつだっけ」
「母親のくせに忘れてるわけー」
「忘れてあげてるんだからありがたく思いなさい」

ま、確かにそりゃそうだ。
誕生日は覚えていて、歳は忘れる。
それが何よりのプレゼント。
でも、本当に和志君ぐらいの歳の子がいてもおかしくないのよね、私。

「私にも子供がいたらあんな感じだったのかしらね」
「あんなに繊細じゃなかったんじゃないかしら」
「そりゃ言えてる」

私の子だったら好きな男に振り回されるんじゃなくて振り回すぐらいの甲斐性はあったわね。
あんなうじうじ君には育ったなかったわ。
でも、うじうじ君も、素直でいい子よ。

「あの子、接客向いてるみたいだし、いっそ私の養子にしちゃおっか」
「まだまだ愛想笑いが苦手みたいだけどね」
「その初々しいところがかわいいって人気よ。あの子おばさん受けするわよー」
「うちはおじさんが多いわよ」
「おじさんにも気に入られてるから平気よ」

年上受けするのね。
あのいじりがいのあるところが。
母さんが皿を拭きながら笑う。

「そうね、それもいいかもしれないわね」
「でしょ。この店つがしちゃおっかなあ」
「別に、そんなの気にしなくていいのよ」
「気にしてなんかないわよ。楽しそうでしょ。あの子すっごく嫌がりそう」
「本当にあんたはもう、悪ふざけが過ぎるんだから」

でも、そういうの素敵じゃない。
この店は、この店を愛する人によってずっと続いていくの。
この古ぼけた懐メロのかかる喫茶店は、何世代もお客さんを変えながら続いていくのよ。

「お母さん、私、家族いっぱいいるのよ」

血のつながりなんて、必要じゃないわ。
結局、私に子供は出来そうにないけれど、こんなに家族は沢山いる。

「このお店の来る人たちがみんな、私の家族。私には家族がいっぱいいるんだもの、退屈してる暇なんてないわ」
「そうね。毎日変化があって面白いわ」

時間が止まったような変化のない店だけど、人はいつでも変化する。
お客さんが来て、来なくなって、新しい人が来て、昔来た人が大人になって来て、また去っていて。
止まった店と、流れていく人。
それが生まれた時から、私の世界。

「さ、早く帰らないと。旦那が首を長くして待ってるわ」
「そうね。まずはあなたの一番の家族を大事にしてあげなさい」
「しょうがないわね。あの人私がいないと寂しくて死んじゃうわ」

まったく、息子みたいな子の面倒見て、旦那の面倒みて、お客さんの相手して。

「まったく、私みたいな愛される人間は大変」

そう、それが私の日々。




表紙