和志君の今話1

「柴村、道に捨てるなよ」

飴の袋を柴村が放り投げたので、仕方なく拾い上げてポケットに突っ込む。

「あ、わりわり。篠原って真面目だよな」

真面目って言葉は、好きじゃない。
それは決して、褒め言葉じゃないから。
真面目な奴ってのは、うざくて面倒くさい奴ってことだから。

「どうしたの?」

思わず黙り込んでしまった俺に、横井さんが首を傾げて聞いてくる。
ああ、本当にこの人はなんでこんなに敏くて優しくて、かわいいんだろう。

「………俺、真面目で、嫌にならない?」

俺の言葉に、横井さんが大きな目をパチパチと瞬かせる。
そしてちょっとしてから、八代さんに話しを振る。

「篠原君、確かに真面目だよね」
「うんうん」

横井さんの言葉に、八代さんは頷く。
やっぱり、俺って結局変われてないのかな。
ていうか、本当に変わってないしな。
不真面目な奴になろうって思ったのに全然実行できてない。

「でも、嫌にはならないかな」

八代さんが、そんなことを言ってくれる。
でもやっぱり不安でもう一度聞いてしまう。

「うざくないか?」
「うーん」

八代さんは黙り込んで首を傾げる。

「中学生の頃、俺って、面倒だったみたいだから」

こういう弱音吐くのって、甘えだよな。
言わなくてもいいことなのに。
でもやっぱりこの三人には面倒な奴って思われたくない。
結局俺は俺でしかいられないし、変わる気はないけど。
もう、愛想笑いも上っ面の会話もしたくないけど。
でも、俺も納得して、それで変わった方がいって思うなら、あわせたいかな。

「うーん、そうだな。本音でいうけど」
「うん」
「確かに、真面目過ぎると面倒かもね。やっぱりズルだってしたいし、いっつも正論言われてたら、疲れちゃう」
「………うん」

確かに、いつも口うるさい奴なんて、煙たい存在だ。

「でも、篠原君、ズルするし」

八代さんが考えながら先を続ける。

「え?」
「いっつも正論言う訳じゃないし」

そのあとに、横井さんが続ける。
そしてにっこりと笑って、俺を見上げた。

「常識をわきまえて、確かに真面目だなって思うけどね」
「………」
「真面目って、決して悪口じゃないよ?」

でも、それはいい意味でつかわれることは少ない。
母さんから言われるそれは、暴力だった。
チームメイトから言われるそれは、軽蔑だった。

「今の篠原君は、とても話しやすいと、思うよ」
「………横井さん」
「今みたいに怒られたり、窘められたりするのはむっとするかもしれないけど、それは常識的のことだし、正しいこと言われても、怒ったりしないよ」

でも、笑ってそんなことを言ってくれる横井さんに、涙が出そうになる。
胸が熱くなって、言葉が出てこない。
喉が引き攣れる。

「まあ、一方的に自分の正義を押しつけられたりするのは、ウザイかも」

自分の正義を押し付ける。
ああ、そうか、中学校の頃は、それだったのかもしれない。
俺は皆のためとうそぶいて、皆を思い通りにしようとした。
俺の言い分を押し付けるだけど、あいつらの言うことなんて聞こうともしなかったっけ。
俺は正しいことを言っているのに、なんでみんな言うことを聞かないんだ、なんて思ってたっけ。
それが、皆には、分かってたのかな。
だから皆、俺を嫌っていたのかも。

「中学校の頃って、今より子供だったよな。残酷だった。自分と違うってだけで叩いていいって思ってた」
「ああ、あるね。今思えば大したことじゃないことに苛ついて文句言ったりして、今よりずっと陰湿だったなあ。中学生って、残酷さがまだむき出しだったよね」
「そう考えると、今って大人になったのかな」

三人は、笑いながら、そんなことを言っている。
特に慰めるでもない。
でも、胸がほこほこと温かい。

「………ありがと」

堪え切れなくて、涙がポロリと一粒堕ちた。
横井さんは絶対見ていたのに、見えないふりをしてくれた。

「どうして?」

そしてにっこり笑うから、俺も頑張って笑った。

「………いや、何でもない。でも、ありがと」
「うん」

この人達が俺を見捨てないでくれてよかった。
まだ間に合ってよかった。
この人達を切り捨てようとしていた俺を、嫌わないでいてくれたよかった。

皆に会えてよかった。

「………ありがと」

少し大人になった今なら、生野とだって話せる気がする。
あいつは嘘をついていた。
そして俺も嘘をついていた。

でも、全部が嘘だったとは思わない。
一緒に頑張ったのも本当、一緒に笑ったのも本当。

あの部室の会話が全てだったとは、今では思わないでいられるから。

和志君の今話2

「美晴は、真面目だって言われるの、嫌じゃない?」
「嫌じゃないが、なぜだ?」
「真面目って、いい意味で使われないだろ?」

なんだかひっかかっていて、今度は美晴に柴村に聞いたのと同じことを聞いてみる。
美晴は俺より、ずっとずっと真面目な人間だから、俺よりも苦労してないだろうか。
恋人はお茶をテーブルに置き、ちょっと考えてから応えてくれる。

「確かに、真面目という単語は融通の効かない四角四面で面倒な人間、といった意味合いで使われることも多い」
「だろ?だから、嫌じゃない?」

前よりはずっといい加減だと思うけど、俺はやっぱり融通が効かないと思う。
一緒にいると、疲れる人間ではないだろうか。
俺よりずっと真面目な美晴は、嫌な思いをしてないだろうか。

「僕は真面目であろうと志している。真摯で、誠実で、真剣でありたいと思っている。出来ているかどうかはまた別の話しとして」
「美晴は、出来ていると思うよ」

思慮深く返してくれる美晴には、それだけは伝えた。
美晴は真摯で、誠実で、真剣な人間だ。
俺の言葉に、美晴はぎこちなく、でも嬉しそうに笑う。

「ありがとう。それが、人によっては煩わしいと思うことも分かる。ある程度の妥協や慣れ合いと言ったものも必要だろう。ルールを破ると言うことが仲間同士の連帯感を生みだして、なんとなく優越感を覚えて楽しいことも想像がつく。少しぐらいの緩さは必要だと思う」

その緩さの、加減が難しい。
俺も、勉強サボったりしてるからそこまで真面目って訳じゃない。
ある程度、ズルもするし、いい加減だったりもする。
でも、やっぱりゴミを捨てたりするのは見ていて落ち着かないし、掃除をサボったりするのも嫌な気持ちになる。

「だが、皆が皆それでは、ルールは成り立たない。必ずそこには食い止めようとする人間がいる。いなければ、その場は崩壊する」

そうなのかな。
あの部活には、俺の居場所はあったのだろうか。
俺がいない方が、皆もっと楽しく部活が出来ていたのではないだろうか。

「僕は、緩さやルールを破ると言ったことは肌に合わない。うまくやれると思わない。だから、僕はルールを守る側の人間でいようと思う。それが僕にとっても楽だ」

美晴は、俺と違って仕方なく真面目でいたわけではない。
自分の意志で、真面目であろうとして、真面目でいる。
真摯に、全ての物事に向き合おうとしている。
だからこんなに強く見える。
そこで言葉を切って、ちょっと困ったように笑う。

「あまりルールを順守しすぎると、場の空気を壊して余計に皆の和を崩すことにもなるから、難しいのだが」
「………」
「和志?」

美晴の言葉が、胸に痛い。
俺は、場の空気を乱す存在だったのだろうか。

「………俺は中学生の頃の部活で、必要な、人間だったかな?」
「僕にはそれは分からない。その頃を知らないから」
「だよな」

美晴の飾らない言葉が、ちょっと痛くて、嬉しい。
嘘やいい加減な言葉で慰めたりしない美晴が、好きだ。

「真面目だろうが不真面目だろうが、加減の問題だ。不真面目すぎる人間も嫌われるし、真面目すぎる人間も嫌われる。好かれる好かれないは関係なく、やりやすい方にするしかないと思う。無理をしても結局は破綻するだろうから」

それは、確かにそうだ。
不真面目にしようとして、だらだら過ごしていたのは楽だったが、なんだか疲れた。

「全員に好かれるのは無理だ。必ず合わない人間は出てくるだろう。極端に言えば」
「うん」
「嫌われていたにせよ、好かれていたにせよ、君は必要な存在だっただろう」
「どういうこと?」
「人は必ず集団の中ではスケープゴートを作りたがる。君が嫌われていたとしたらガス抜きのために必要な存在だっただろう。好かれていたらより必要だっただろう」

俺は、嫌われる要因として、必要だったってことかな。
俺が嫌われていたとしたら、一人は嫌われるかもしれなかった人を救うことが出来たのかな。
でも、それだと。

「なんか、ルールを守ってばかりは、損している気がする」
「得したいから、ルールを守るのか?」
「………」

得はしたい。
楽に生きたい。
生野みたいに、要領よく生きたいと、思う。
人に好かれたいから、いい部長でいようと思って真面目でいたっていうのはあるかもしれない。
美晴みたいに、自分を持っていた訳じゃない。
人の顔色をうかがって、真面目だったってのは、ある。
なんだか、恥ずかしい。

「和志は、真面目であろうとして、ルールを守る僕は、嫌いだろうか?」

俯いて美晴から目を逸らすと、質問された。
答えは考えるまでもなく決まっている。

「嫌いな訳ない!」

顔を思わずあげると、美晴は優しく笑っていた。

「僕もルールを破りたいって思いながらも、破れない、不器用で真面目な和志が好きだ」
「………美晴」
「君がルールを守る姿に、僕は嬉しくなって、君をもっと好きになる」

ああ、胸が痛い。
痛くて、喉が引き攣れて、熱い。
どうして、こいつは、こんなに。

「それは、君にとって得にならないか?」
「………」
「僕は不特定多数の人間に好かれるよりは、君に好かれる方が嬉しい。真面目であろうとする僕を君が好きだと言うなら、それは僕にとって得だ」

そうだ。
それは簡単なこと。

「君は、横井さんや柴村君、マスターやいくみさんは嫌いか?」
「大好き」
「彼らも君が好きだろう。君が君を否定するということは、君を好きな彼らを否定することになる」

笑わなくても、話さなくても、走らなくても。
誰も何も言わない。
待っていてくれる。
好きでいてくれる。

意見は食い違う。
怒られる。
ちょっぴりの嘘はつくかもしれない。

でも、彼らのことが好きだ。
俺と付き合ってくれる彼らが好きだ。
いや、違う。
きっと彼らが俺を嫌っても、俺は彼らが好きだろう。

俺はやっぱり融通効かない堅物野郎かもしれない。
でもこんな俺でも彼らに会えた。
そして、触れ合うことが出来た。
好きだと思える人間が出来た。

それなら、俺はそう悪い人間ではないのかもしれない。

「美晴は、やっぱり頭がいい」
「ありがとう。でも僕も分からないことばかりだ」

そして、こんな恋人が出来たのなら。
この真摯な人間が、俺を好きだと言ってくれる。
それなら、俺はそんな俺が好きになれると思う。

「美晴は、俺を好きでいてくれる?」
「ああ、君が真面目でも不真面目でもきっと好きだろう。君が君でいる限り」
「そっか。じゃあ、俺は、美晴に好きって言ってもらって得した気分になりたいから、俺らしくいようと思う」

俺は溢れる思いそのままに、目の前の愛しい人に抱きついてキスをした。




表紙