「お前の生き方って、疲れそうだな」



翔太




俺にとって他人は指標。

他人からどう思われても気にはならない。
他人と関わろうとは思わない。
俺は俺という個が何より大切だ。
他人を思いやったり、何かをしてやろうとは思わない。

だが、いないと困る。

俺は1番になりたい。
何にも負けたくない。
1番になる、ということは俺以下の人間がいること。
何にも負けない、ということは誰かに勝つこと。

俺が一番になるためには、俺が負けないためには、他人は必要だ。
結局、勝ち負けは他人との相互作用で決まる。
勝者がでれば、敗者が出る。
そんな、当然のこと。

他人がいなければ、俺は1番にも勝つこともできない。
だからいないと困る。
他人は、指標だ。
そこに人格だのなんだのを差し挟む気はない。

俺以下か、俺以上か。
それが俺にとって何より大切なことだ。



***




「じゃあ、お前にとって俺はなんなの?」

周りと衝突しがちな俺は、よくトラブルを起こす。
別に俺は起こすつもりはないのだが、他の人間はそういう訳にはいかないらしい。
俺の性格ややり方が気に入らないようだ。
負け犬を負け犬と言って何が悪いのか。
俺だって負けたら負け犬だ。
自分の能力が劣ることや、努力が足りないことを棚に上げて、他人を攻撃し自分を守る。
絵に描いたような負け犬だ、笑えてくる。

別に頼んでもいないのに、そのトラブルを治めるのがいつもこいつだ。
恩を着せられることはないが、厚かましくしゃしゃりでてくる。
まあ、それは楽だし俺に不利益はないので、放っておいている。

胡散臭い笑顔を浮かべて、周りに気づかせず自分の意見をごり押しする。
そして周りはそれに気付かず、いつのまにかトラブルは治まる。
それがこいつのいつものやり方。
俺とは正反対の、社交性にあふれた措置方法だ。

『お前にとって、他人ってなんなの?』

いつものようにトラブルが起きて、健一郎が治めた。
その後、そんなことを聞かれた。
だから、答えた。
俺以下か、俺以上か、俺の価値を測る物差しだ、と。
健一郎は、変な顔をして苦笑した。
そして続けた。

「じゃあ、お前にとって俺はなんなの?」

特に答える必要もなかったが、少し考える。
答えたくない訳ではない。

「成績面では俺より優秀。運動面では俺より劣っている。社交性はあるが底意地の悪さが時折に滲み出ている」

俺の健一郎に対する意識はそんなものだ。
その人付き合いの良さは日和に通じるものがあるが、日和とは違い積極的に人に関わる。
人と関わることを楽しんでいるようにも思える。
感情を抑え、笑顔をまとい、回りくどく物事を捉える。
自分の感情を押し殺すこいつの生き方は相いれないが、特にそれを否定するつもりはない。
健一郎は片眉を器用に跳ね上げてから溜息をつく。

「俺がどう見えるか、じゃなく、お前は俺の存在をどう思ってるの?」

いつになくしつこい。
普段はそこまで俺を問い詰めるようなことはしない。
面倒だったが、仕方なく俺は思った事を率直に告げる。

「特に何とも思ってない。お前と勝負をつけようとももう思っていないし、どうでもいい」

なぜか俺の周りにいる男。
勝負以外で人と関わるのは必要性を感じないし、好きではない。
だが、健一郎はなぜか自然に周りにいる。
いつからそうだったか覚えてないが、なんとなく日常になっている。

だからどうでもいい。
こいつが傍にいることは、日常だ。
日常に対して何か思うことはない。

「…………」

健一郎はその言葉に目を細めて黙り込む。
俺は質問が止んだので、再び視線を元に戻す。

「……本当に潔いまでに勝ち負けだな」
「ああ」

溜息とともに感想が漏れた。
勝つか負けるか。
俺にとってはそれ以外は些細なことだ。

「お前の生き方って、疲れそうだよな」

疲れたと思ったことはない。
俺は俺のただ一つの価値観に従うだけだ。
むしろ、他に何も持たない俺は楽だと思う。
大事なものが多くあるほど、人は惑い弱くなる。

「俺にはお前の方が疲れる生き方に見える」

そう言うと、健一郎は笑った。
不機嫌な時に見せる、胡散臭さの増した笑顔だった。





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