「ようこそ、櫻川女学院へ、歓迎するわ」

烏の濡れ羽色というのはこう言うことなのかと納得するつややかな長い黒髪。
二重の大きな瞳と、少しだけ尖った小さな唇。
顔立ちははっきりくっきり西洋的なのに、髪は和風で和洋折衷。
人を圧する華のある雰囲気。
街中を歩いたら誰しも振り向いてしまうほどの美女。

「期の最中の編入なんて心細いでしょうけど、私たちを遠慮なく頼ってね」

真っ正面の大きな机に座った黒髪の美女の隣には、これまた美人が立っていた。
こちらはゆったりとした柔らかそうな栗色の、けれど同じく長いストレートの髪。
一重の切れ長の目と、薄い唇、筋の通った鼻。
こちらは顔は日本的なのに、髪はフランス人形のよう。

黒髪が薔薇ならこちらは百合。
二人で揃いの対の人形。

「は、はあ………」

思わず圧倒されて、間抜けな声を出してしまう。
眩しい。
ここはどこだ。
なんか異空間が広がっている。

「藤河、咲耶(さくや)さん、でいいのかしら?」
「は、はい、さようでございます」

黒髪が手元の書類を見てサラリと肩にかかった髪を払う。
なんかいい匂いがこちらにも伝わってくる気がした。
そんな訳ないんだけど。

「素敵な名前ね」
「め、めっそうもございません!名前負けでして!」

ていうかなんでさっきから私江戸商人みたいなしゃべり方になっているんだろう。
でも、この人たちに失礼なしゃべり方なんてできない。
芸能人でもこんな美人はいないんじゃないだろうか。
なんか、空間がきらびやかだ。
酸素、酸素が足りない。

「ふふふふ、楽しい人ね」
「きょ、恐縮です」
「そんなに緊張しないで」

栗色が近づいてきて、そっと頭を撫でる。
うひあ!とかいう変な声が出た。
くすりと悪戯っぽく栗色は笑う。
蠱惑的な、女性らしい笑い方。
だめだ、ドキドキする。
なんだ。
なんか心臓の病気でも持っていたっけ。

「申し遅れました。私は桜川女学園の学生会長、天津依子(あまつよりこ)と申します」

黒髪はまた人を圧倒して黙らせる笑顔で、そう言った。
ていうか何そのしゃべり方は。
一般的な女子高校生は、そんなしゃべり方をするもんだっけ。
そうだっけ。
そうなのかもしれない。
そんな気がしてきた。
きっとそうだった。

「私は、和倉静音(わくらしずね)。二年だから、会長も私も、あなたよりも一つ年上。少しは頼りになると思うから、遠慮なく頼って」

ボブの髪を、またさらりと撫でられる。
うひいという声がでた。
頼むから撫でないでほしい。
でも、和倉さんはにこにこと笑いながら頭を撫でている。

「ええ、この学校は持ちあがりが多いから新しい学友は歓迎するわ。どうぞよろしく」

二人とも冷たく見えるほどの美人だが、どうやら性格はフレンドリーらしい。
いや、まだ一回会っただけだから分からないけど。
でも、なんであんたみたいな場違いがここにいるの、ふふん、みたいな想像していたようなものではない。
歓迎はしてくれている。
ようだ。

「あ、あの、失礼しました。その、色々と分からないことばかりでご迷惑おかけすると思います。えっと、その、ふつつかものですが、どうぞ今後ともよろしくお願いしてくださいませ!」

思いきり頭を下げると、膝に頭を打ち付けた。

「……い、痛い」

くすくすと二人の鈴を転がすような笑い声が聞こえる。
嘲るようなものではない。
微笑ましいなあというような温かい笑い。

「大丈夫?気を楽にして」
「よろしくね、咲耶さん」

一対の完璧なお人形は、息を合わせて完璧なハーモニーを奏でた。
なんで私は女性相手にこんなにトキメキを覚えているんだ。
宝塚とかにはまる女性の感覚がよく分からなかったのだが、こういうことなのだろうか。

なんだかフローラルな空気にもはや呼吸すら難しくなっていると、後のドアがカチャリと音を立てた。
誰かきたのか。
助けてくれ。
とりあえずこの空気を打ち破ってくれるならなんでもいい。
この華々しい二人のオーラを中和してください。
学生会長とやらが、顔を上げて気さくに声をかける。

「来たわね、泉」
「………誰?」
「言ってあったでしょう。編入生よ」
「…………ああ」

なんとなく力ない返事。
ぼんやりとした喋り方。
なんだかおっとりとした人っぽいなあ。
ようやく普通の人がきたのだろうか。
と後をちらりと振り返る。

「…………っ」

そしてまた息を飲んだ。
望んだとおり、前の二人とは全く違う空気を持った人がそこにはいた。
全く華々しいものは感じない。

清々しい、まるで若武者のような凛々しい人がそこにはいた。
綺麗なアーモンドの形をした色の薄い目に、短く切られたショートカットの髪。
定規でも入ってるんじゃないかってぐらいまっすぐ伸ばした背筋を除いても、かなりの長身。
170以上あるんじゃないだろうか。

女性、だよな。
いや、ここが女子高であるってことは女子な訳で。
女装。
いや、ならもっと女性らしくするだろう。
男装の麗人。
これぞ宝塚。
制服のレトロなスカートを身につけてなきゃ、華奢な少年と思いそうだ。
美しく爽やかでしなやかな、少年。

「あなた、これから寮に帰るのでしょう?藤河さんを案内してさしあげて」
「了解」
「藤河さん、私たちはまだ用事があって案内できないのだけれど、彼女に案内させるわ。澄田泉。ここで書記をしているの」
「は、はい!」

声をかけられ、奪われていた目を前に戻す。
やっぱりそこには完璧な笑顔で微笑む美女。

きらびやかさが3倍になった。
いや、なんかもう相乗効果で10倍ぐらいだ。
綺麗って、それだけで力がある。
こんだけ趣の違う美女たちに囲まれるなんて、なんて贅沢なんだろう。
いや、こんな贅沢別に望んでいた訳じゃないけど。
まあ、汚いものに囲まれるよりはいいけど。

「おいで」
「は、はい」

促され、ガタガタとみっともなく音を立てて立ちあがる。
ああ、もうスマートになんてできないわ。
ていうかこの人たちの前じゃ、どんなに取り繕っても無駄。

「先生がたの紹介やクラスの説明は明日にするから、今日は寮に馴染んでちょうだい。ゆっくり休んでね」
「これからよろしく」

薔薇の花と百合の花はにっこりとほほ笑む。
そして宝塚トップスターの後につき、私は学生会室を後にした。

どういう状況なんだろう、これ。

「あ、あの、すいません」
「別にいいよ。ついでだし」

凛々しい女性は、相変わらずぼんやりとした話し方でこちらを見ないままそう返してくれる。
本当は嫌だったりしないのかな。
大丈夫かな。

「その、澄田、さん?」
「何?」

澄田さんはやはりこちらを見ないまま。
やっぱり嫌われてたりしないよな。
ていうか、会ったばかりで嫌われる要素ないし。
案内しろって言ったのはあの二人だし。
この人が一方的に無愛想なだけだよね。
でもなんか、この人美少年ぽくて威圧されてしまう。
綺麗な顔の人に無愛想にされるって、こっちが悪い気分になってくる。

「その………」

私何か気に障ることしましたか、と聞こうとした時、明るい飴玉みたいに甘い甘い声が廊下の向こうから響いてきた。

「先輩ー!!」

そちらを見るとポニーテールの小柄でかわいい女の子がこちらめがけて駆けてくる。
大きく手をふって顔を上気させながら。

「避けて」
「へ?」

何を言われたのか分からないまま突っ立っていると、ぐいっと腕をひかれる。
引き寄せられ、少しよろめく。
何するんですか、と抗議しようとした時。

「きゃああ!」

私のいた場所に、ポニーテールの女の子が思い切りスライディングした。
顔からつっこんで、かなり痛そうだ。

「………」
「………」

澄田さんはそんなポニーテールの少女を無表情で見下ろしている。
私は突っ伏したまま動かない少女と澄田さんを交互に見比べる。
どうしたらいいんだ、これ。

「あ、あの、だいじょうぶ、ですか?」

じっと見ている訳にもいかないし、手を貸そうとして、恐る恐る問う。
その瞬間、がばっと突っ伏していた少女が思い切り上半身を起こした。

「うわ!」
「痛いです!」

そんな思い切り宣言しなくても、痛そうなことは分かる。
鼻とおでこ真っ赤だし。
血が出てなくてよかったけど。

「なんか用?」

澄田さんは、大丈夫とかもなにもなく冷たく聞く。
ひどいな、と思ったが、ポニーテールの子は気にすることなく満面の笑みを浮かべた。
嬉しそうに座ったまま澄田さんを見上げる。

「クッキー作ってきたんです!食べてください!」
「無事なの、それ?」
「へ、ああ!!」

その言葉に手にもったかわいいラッピングをされた袋を見ると、中のクッキーだったらしきものは茶色の粉と化していた。
まあ、ところどころ面影はあるけど。

「あああああ」
「クッキーは食べたいけど、小麦の粉はいらない」

悲痛な声を上げる女の子に、澄田さんは更に追い込みをかける。
どんだけドSなんだ、この人。

「う、うう」
「じゃあ」
「あう」

クールに立ち去ろうとする澄田さんに、ポニーテールは肩を落として半泣きになっている。
さすがに可哀そうになって、聞いてしまう。

「あ、あの、いいんですか?」
「いい」

いいのか。
座りこんだまま絶望の表情を浮かべているが。
どうしたものか。
あのクッキーだったものも、もったいないしな。

「えっと、その、じゃあ、それ私、もらっていいですか?」
「え?」
「その、アイスとかにかければ、美味しそうだし」
「本当ですか!?」

女の子はまた顔を輝かせて、私を見上げている。
大きな目はキラキラと光っている。
なんか、表情豊かな子だなあ。
小動物のようで、かわいい。

「えっと、私でいいのなら」
「いいです!嬉しいです!ありがとうございます!」
「あ、はは」

そんな全力で言われても困るな。
成り行きで言っただけなのに。
なんか申し訳ないな。

「そういえばあなたは誰ですか?」

クッキーの袋を手渡され、女の子はようやくそんなことを聞く。
遅いけど、まあ聞く隙もなかったしな。
とりあえず丁寧に頭を下げて自己紹介。
ていうかこの子いい加減立てばいいのに。

「あ、今日転入してきたんた藤河です」
「ああ、あなたがそうなんですね!」
「はあ」

まあ、人数少ない学校だし、転校生の噂とか立ってるのかな。
やだなあ。
注目とかされたら緊張するなあ。

「私、成田優実(ゆうみ)って言います!よろしくお願いいたします!」

ぴょこんと元気いっぱいに立ちあがって、おもちゃの人形みたいに勢いよくお辞儀する。
本当になんか行動の一つ一つが大きくて、動物のようでかわいい。

「あ、はあ、ご丁寧に。こちらこそ」
「今度、ちゃんとしたクッキー持ってきますね!」
「はあ」

随分なつっこい子だなあ。
成田さんはにこにこ笑いながら、澄田さんにもお辞儀をする。

「先輩も、今度はおいしいクッキー持ってきます!」
「そう」
「はい!では今日はこれで!」

相変わらずのクールな態度を気にすることなく、成田さんはくるりと背を向けて走り出した。
ちまちまとした走り方は、なんか今にも転びそうで怖い。

「きゃあ!」

あ、転んだ。
立ち上がった。
半泣きになってる。
走り出した。

「あの、あの成田さんって」
「犬」
「へ?」
「犬っぽい」

失礼だなあ。
いやまあ私も動物っぽいって思ったけど。
それにしても反応薄いな、この人。

「アイス」
「へ?」
「それ、かけるの?」
「はあ、おいしそうじゃないですか?」

澄田さんの目は、私の手の中の袋を見ている。
軽く持ち上げてソレを見せると、澄田さんは軽く頷いた。
そしてまた歩き出す。

「購買に寄ろう」
「は?」
「アイス買う」
「あ、食べるんですか」
「食べる」

いらないって言ったのに。
いや、まあ最初から私のじゃなかったからいいけど。

「まあ、いいですけど」

それにしても、会って30分もしない内にこんなこと言うの、とても失礼だけど。
この人、すごい変な人だ。





TOP   NEXT