仲本がどうにか泣きやむまで傍にいた橋本は、夜更けにようやく家に帰ることができた。
もうすでに夏といえるこの時期、公園の電灯には虫がたかり、蚊にさされるわ蒸し暑いはで最悪だった。
それでもいつもサバサバとした気の強いタイプの仲本があんなにも弱弱しく見えるのは初めてで、置いてなんて帰れなかった。
泣き腫らした目で、それでも笑って橋本に謝り帰っていった仲本がとても健気で胸が痛んだ。
家に帰っても、菊池に対するムカつきが収まらない。
夕食を食べて、風呂に入って、布団でゴロゴロしていても、収まらない。

「くっそー、菊池め、あのヤリ○ン!チン○腐っちまえ!女の敵!最低男!」

苛立ちが収まらない。
仲本を泣かせたこともそうだし、学校で馬鹿やってる時とは別人のようにカッコつけてたこともムカつく。

「つーかお前誰だよ!キャラ違えっつの!別人すぎだろ!」

ぶつぶつと菊池への不満をこぼしながら、布団をゴロゴロと転がり続ける。
菊池が熟女趣味なことも、外では格好つけていることも、同級生に割りとモテることも、今に始まったことではない。
そんなことは前から知っていた。
知っていたはずなのに。

どうしてここまでムカつくのか、橋本自身もよく分からない。

「っだー!!!!ムカつく!あれだ!モテる奴は俺の敵だ!仲本も趣味わりいよ!あんな奴のどこがいいんだ!!菊池も菊池だ!あんな年増のどこがいいんだよ!いや、足綺麗だったけど!めっちゃ胸でかかったけど!うー今頃ヤッてんのかよ!あのやろう!あんな……っ」

あの綺麗な化粧の濃い女性を、抱いているのだろうか。
自分に触れた時と同じように、どこか熱に浮かされたような目をして。
いつも余裕ぶってる顔が真剣になって、呼吸を荒げて。
性急に、けれど確実に、追い詰められて、そんで追い詰めて。
長い指が触れて、熱い舌が口内を探る。
忙しない呼吸で、擦れた低い声で自分の名を呼ぶ。

どくん、と心臓が大きく波打った。

熱が全身に広がっていく。
ぞわぞわしたものが、背筋と、そして下半身に集まっていく。

「うっわ……」

橋本は思わず声を上げる。
若い体は、すぐに熱が伝わっていく。
ちょっとした想像で、そこはすでに緩く反応していた。

「うわーうわー、あー、最近抜いてなかったからな…」

ちょっと前までは日を置かず毎日のようにしていたのに、ここ最近は自分で抜いていなかった。
それよりも、強烈な快感を知ってしまったからかもしれない。
強烈な快感を教えた男は、今頃その手で年上の女を抱いている。

「うー、くそー、俺はどうせ右手が恋人だよ、ちくしょう!とりあえず抜こう……」

毒づくのをやめないまま、橋本は押入れを漁りだす。
古い週間漫画の山で隠したその奥のダンボールには、橋本の秘蔵の本が眠っている。
漫画の山を崩し、ダンボールを引っ張り出すと、最近気に入っていた一冊を取り出す。

「お久しぶり、ようこちゃん!今日もお願いいたします!」

表紙で微笑む、胸を強調した扇情的なポーズの少女に一つお辞儀すると、橋本は壁によっかかり、パジャマのズボンを膝までずり下ろす。
尻丸出しの間抜けな格好で胡坐をかいたまま、少し興奮を示している自分のソレを軽く握った。

「んっ」

今日のオカズのページをめくり、表紙よりも露出の激しい少女を見ながら必死にイマジネーションを働かせる。
オ○ニーは想像力と創造力の闘い。
ふわふわと柔らかそうな女の子の胸、恐らく手なんかよりよほど熱く天国のように気持ちいいであろう、アソコの感触。

「ふっ、はあ、はっ」

息が上がって、頭が熱くなってくる。
自分のそれにぬめりがまして、動かしやすくなる。
皮を剥いて中を爪を立てると、強すぎる刺激に腰が浮く。

雑誌の中でポーズをとる少女にむけていた思考が、徐々にうつろう。
成り行きで触れた本物の女の子の感触。
想像していたより柔らかくて、頼りなくてドキドキした。
シャツにしがみ付く小さな手。
甘い声。
クラスメイトで抜くことに罪悪感を感じながら、それでも想像は止まる事がない。

あの小さく弱弱しい手で触れられたら、どんな感じなんだろう。
いい匂いがして、ぐにゃぐにゃしていた。
両手で包まれたら、温かくて柔らかだろう。
橋本の知っているものとは、まるで違う体。
まるで違う匂い。
橋本が知っている手は、堅くて長い指を持っている。
筋肉のついた、俺と同じぐらいの背丈の体。
汗のにおいに混じった、軽い柑橘系の匂い。
向かい合うとちょうど向かいに顔が来て、熱い息が首筋にかかる。
自分についてるのと同じモノなのに、触れると興奮した。
普段は何も思わないのに、細めて赤らんだ目尻がいやに色っぽくて。
苦しげにひそめられた眉に背筋にゾクゾクと寒気が走って、腰が重くなる。

「は、んっん」

少しヤニ臭い舌が、遊ぶように口の中を這う。
その舌にこちらから絡めると、上ずって切羽詰った声が耳をくすぐって。

『はしもとっ』

その時の声が脳裏に蘇ると同時に、橋本の頭が真っ白になった。
腰が浮き上がって、手に生暖かいものを感じる。

「はっ、は、はあ、はあはあ」

快感の後の、鈍いだるさ。
何も考えられないしばらくの後、後ろの壁に体を預けて息を整える。
ゆっくりと、徐々に思考が戻る。
小汚い室内が目に入ってくる。
手元には、最近の夜の恋人、ようこちゃん。

「……えーと……」

最初は確かにようこちゃんだったはずだ。
ようこちゃんを豊満な胸を想像した。
次は、仲本の柔らかい体、小さな手。

そしてメインデッシュ。

「ちょっと待て!俺、今、菊池で抜いたのか!?え、菊池!??ちょ、待った、菊池、菊池!????」

誰もいないのに、辺りをキョロキョロと見渡して、1人突っ込み続ける橋本。
今までそんなことはなかった。
菊池と色々するのは好きだったし、気持ちよかった。
それでも橋本は自分が女の子を大好きだと知っていたし、オカズはいつも女の子だった。
菊池との触りあいっこなどは、遊びの延長のように思っていた。

「菊池をズリネタにするってどういうことだよ!?ちょ、マジやばいだろ、それ!なんで出てきてんだよ、あいつ!勝手に出てくんな!!!」

生々しく蘇る。
菊池の擦れた声、色っぽく赤らんだ顔。
触れた熱さ、触れられた堅い指。

腰に、再び熱がこみあげる。

「わーわーわーわー!!!今のなし!なし!取り消し!ごめん、嘘だから!すいませんでした!」

いまだ尻を丸出しにした情けない格好のまま、手にはすでに乾きつつある自分の出したものをくっつけながら、橋本は自分を突っ込み続けた。



***




「……どうしたの?ハシ、なんか顔色悪いよ?」

そう後ろから話しかけられたのは、次の日の通学路。
橋本は言われたとおり青ざめた顔をしながら、のろのろと後ろを振り返る。
そこには、軽く首をかしげた仲本がいた。

「あ、仲本……はよ……」
「おはよ、ね、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ははははは、ダイジョブダイジョブ」
「本当に……?」
「あー、うん、昨日ちゃんと寝れなかっただけ」
「あ、それって、私のせい……?」

笑顔を浮かべていた仲本が、急に顔を曇らせる。
その目尻はメイクで隠してはいるものの、はれぼったく赤かった。
それを見て、ようやく橋本は昨日のことを思い出した。

「あ、忘れてた」
「へ!?」
「あ、いやいやいやいや、そうじゃなくて、もう、大丈夫?」

自分でもさすがにひどい発言だと思い、手を振って誤魔化そうとする。
しかし仲本は頬を膨らませて、座った目で見上げてくる。

「……忘れてた?」
「いや、そうじゃなくて、こっちの話。もう大丈夫?」
「……んー、大丈夫か大丈夫じゃないかで言えばまあ大丈夫じゃないんだけど」
「……そっか」
「まあ、でももういいよ。人のものをいつまでも欲しがってるほど、私も暇じゃないし!さっさと次の人を見つけるよ!女子高生でいられる時間は短いんだから!」

そう力強く言ってにっこり笑いながらも、目は潤んで、鼻をすすりあげた。
強がりでも、意地でも、どちらにせよ、その姿は健気で清清しかった。
橋本は何か気の利いたことでも言って慰めてあげたかったが、結局何もでてこない。
ちょっと心配そうに顔を曇らせながら、間抜けな言葉で返しただけだった。

「……そっか」
「うん、それに、ハシも慰めてくれたしね?」

そう言って悪戯っぽく小首を傾げて笑う。
橋本はその上目遣いにたじろいだ。

「え、いや、俺、結局、なんもできなかったし…」
「いてくれただけで、十分だよ。ホントね、嬉しかった」
「そ、そうか…?」
「うん、昨日のハシ、マジ男前だったよ。惚れそうだった」

くすくすと、そう言ってかわいらしくふざけて笑うから、橋本も釣られて口が緩む。
緊張していた肩から、力が抜ける。
気にしないで欲しい、とそう言っているようだったから、橋本もそれに乗ることにした。

「じゃあ、俺にしとけって、マジお買い得!もう絶対幸せにする!」
「えー、ハシだと体目当てっぽいじゃん」
「う……」
「いや、言い返せよ、そこは」

そう言ってふざけあいながら、笑いあう。
仲本の強さがかわいくて、うらやましくて、そしてなんだか親近感が沸いた。

そのまま結局学校まで一緒に登校した。
下駄箱で仲本は友人を見つけ、橋本に軽く手を振って去っていった。
取り残された方は寝不足で働きの鈍い頭を振って、ぼんやりとそれを見つめる。
なんだか色々な感情が飽和状態で、物を考えることができない。
元々難しいことを考えることは得意ではない。
ここ最近色々考えることがあって、すでに思考を巡らせることが面倒くさくなってきた。

「あー、だりい」

とりあえず、昨日布団に包まりながら菊池と顔を合わさないようにすることに決めた。
ぐじぐじ悩むのは、性に合わない。
菊池の言うとおり、これは恐らく気の迷い。
若い性の暴走。
はしかのようなものだ。
ところではしかってなんだ。
それはともかく、病気のようなものだったらしばらく病気の元に会わずに大人しくしていれば治るだろう。
このまま突き進むのは、確かに危険だった。

「ぃよっし!」

ひとつ気合を入れて、握りこぶしを作る。
そうしてようやく教室に向かおうと後ろを振り向こうとした時。

「何1人で気合いれてんの?」
「うっぎゃあああ!!!」

一番聞きたくなかった声が聞こえた。
驚きと恐れで、思わず大げさな悲鳴が漏れた。

「なっ、なんだよ!?」
「な、なんでもねえ、なんでもねえよ!」
「……そうか?」
「そうそうそうそう!」

恐る恐る振り向くと、そこには思った通りの姿があった。
朝はいつも少しダルそうな顔をした、着崩した制服に見慣れた茶髪。
今は橋本の反応に驚いたのか、目を丸くしていた。

「よ、よう、いい朝だな!」
「今日は午後から雨だけど」
「じ、授業もはかどりそうだな!」
「お前の苦手な物理じゃん」
「えーと、アレだな」
「どれだよ」
「てめえいちいちツッコミ入れてんじゃねえよ!」
「てめえの発言がツッコミどころありすぎなんだよ!」

肩で息をして、お互いに叫びあう。
菊池はどこか呆れたように、橋本を見ていた。
橋本は思わずその色素の薄い目から逃れるようにうつむき、菊池の手元を見る。
しかしそのでかい手を見て、昨日その手をネタにして抜いたことを思い出してしまった。

「う、お、俺、じゃ、じゃあ、先行くわ!」
「は?ちょ、待てよ、ちょっと話があんだけど」
「うん、ごめん、俺生理!」

そう言って目の前の男から回れ右をすると、橋本は教室に向かって猛ダッシュした。



***




「空が、青い……」

それから3日ほどして、橋本は屋上で空を見上げていた。
苦手な生物はサボった。
脳細胞を、勉強に回せる余裕がなかった。
空を見ながら、橋本は疲れきった頭を休ませる。
青い空に、ぽっかりと浮かんだふわふわの雲がのんびりと漂っている。
そのどこかのどかな風景に、心が少し癒される。

「ああ、俺は雲になりたい」
「橋本君ヤバイ!何かキメてる?クスリだけはダメだって言ったじゃない!」

そう言って合いの手を入れるのは、隣でコーヒー牛乳のパックを啜っていた鈴木。
同様に生物をサボって、一緒に空を眺めている。

「やってねえよ、ばーか」
「あらら、つっこみもキレがないわね。どうしたの?お兄さんに話してご覧」
「話したら、どうにかなるのか?」
「俺が面白い」

橋本の無言の裏拳が鈴木の顔面に決まる。
いったーいと眼鏡を押さえながら、それでもその真面目そうな顔はにやにやと笑っている。
橋本は、一つ大きなため息をついた。

「本当、どうしちゃったの?今度は橋本が菊池避けてるし」
「う!わ、分かっちまう?」
「いや、菊池の顔見てバックダッシュで逃げるって、隠してもねえだろ」
「あ、う、ううう」
「何、どうしたの?あ、あれでしょ、あれ!菊池君の夢を見て、朝起きたらたんぱく質のシミがパンツに!どうしよう、もう俺、今までのように菊池のこと見れない!とかとか、なーんちゃって」
「だからなんでお前はそう変なところで鋭いんだよ!!!」

思わず横を振り向いてふざけた性格に似合わず、きっちりと着込んだ制服の襟首を掴む。
掴まれた方は目をパチパチと瞬かせていたが、しばらくして口が徐々に歪み始める。
その表情でまた、橋本は自分が失言した事に気付いた。

「あ、ち、違!今のは違くて!」
「ぶっぶっくくくく、む、夢○ですか!?」
「ち、ちげえ!○精じゃねえ!ただズリネタにしちまっただけで!」
「ぎゃっははははははは!!!!!!それで悩んでるんだ!やべえ、おもろい、面白い!やっぱお前最高!!!」

更に自分で真実を暴いてしまった橋本は、襟首をつかまれたまま後ろにのけぞって大笑いする鈴木をゆすぶり続ける。
それでも鈴木の笑いは止まらない。
橋本は屋上のアスファルトに鈴木を思い切りたたきつけた。

「てめえ、いい加減笑うな!」
「あー、ごめんごめん、あーやべーホントお前やべー、腹筋いってえ」

ようやく解放された鈴木は寝転びながら、眼鏡を外して目尻にたまった涙を拭った。
いまだ笑いはとまらず、唇は震えている。

「はー、まあいいじゃね?それも」
「……それだけ笑ってそう言うか」
「あー、ごめんごめん。それは気にしないで。でも、ホント、何を気にしてるの?」

寝転んだままの鈴木は、さも不思議そうな顔で首を傾げる。
太陽に反射した眼鏡で目を見ることはできないが、その目は笑っていることは分かった。
橋本はもう一度ため息をつくと、軽く目を逸らす。

「だって、やばくね?ようこちゃんの写真集見ながら、菊池で抜いちまったんだぜ?」
「うわー、末期だな。でも、まあいいじゃん、気持ちよければ」
「よくねえだろ!」
「何が?」
「………何がって」

何がって言われると困る。
菊池は男で、橋本も男だ。
橋本は女が好きだ。
だから、菊池で抜くのは正しくない。
あまりにも当然過ぎて、そんなことを聞かれると逆に困る。

「だって、変だろ……」
「でも菊池ヤッて気持ちよかったんでしょ?」
「だからヤッてねえ。ま、まあ気持ちよかったけど」
「楽しかったでしょ?」
「まあ……」
「じゃあいいじゃん」
「いや、よくねえだろ」

鈴木は眼鏡を外して、細い目を更に細めて猫のように伸びをする。
そして寝転んだまま、橋本を見て性格の悪そうな笑いを浮かべる。

「いいじゃん、楽しくて気持ちよければ」
「……でも男同士だぜ!?」
「まあ長い人生、そういうことあっていいじゃない。むしろ世界が広がってラッキーよ」
「むしろ見なくていい世界じゃねえか」
「あっはは、まあそりゃそうだけどさ、世の中無駄なものの方が楽しいぜ?」
「いや、いきなりそんな哲学的なこと言われても………」

鈴木の楽観的というか何も考えてない言葉は、それでもどこか橋本の心に残る。
何も納得できないのに、納得しそうになってしまう。

「いいのよ、若いんだから、性欲と感情のままに突き進めば」
「そ、そうか?そうなのか?」
「そうよそうよ、悩むのは大人になってからで十分。それでなくても俺たちゃ受験とか進路とかで色々悩むんだから」
「…………」
「まあ悩むのも大切だけど、感情で動くのもいいと思うよ?」
「なんかお前の言葉って、変に説得力あって騙されそうになるんだよな」
「騙してないわよ、失礼ね。まあお前達がくっついたら笑えるってのはあるけどよ」
「やっぱりそれかー!!!」

再び腹を抱えて笑い始める鈴木に、橋本は腹に一発入れる。
思わず納得しそうになっただけ、悔しい。
笑い転げる鈴木を見ていると、ムカムカして腹がたった。
怒りのままに、寝転がっている鈴木の腕を押さえてのしかかる。

「ちくしょう。てめえも巻き添えにしてやる」
「え、は!?」
「これでお前も同類だー!!!」

そのまま橋本は口をタコのように突き出して鈴木の顔に顔を寄せる。
いつでも悪ふざけの鈴木をビビらせようと、鬼気迫った様子で距離をつめる。
しかし、その次の瞬間。
固まったのは橋本のほうだった。
鈴木の手が、橋本の頭と首に巻きつき、固定する。

「あ?何?」
「いやん、橋本君たら積極的、鈴木快感」
「え、は、ちょ、待っ」
「うふふ、優しくしてね」

そう言ってにやにやと笑うと、鈴木はそのまま橋本の頭を自分の顔に寄せた。
ぶつかるように、二人の唇が重なった。
かちんと音がして、歯がぶつかる。
軽い痛みが、お互いに走った。

「んー!!!」
「んっ」

あわせるだけのキスはそれでも長く、橋本は息が苦しくなる。
鈴木はご丁寧に目を瞑ってキスに浸っている。
自由になる手で、橋本が何回か鈴木の頭を叩くと、ようやく拘束していた手が緩む。
その瞬間に思い切りのけぞって、鈴木の口から距離をとった。

「ぶはあっ!て、てめえ!!!何しやがる!」
「何って、キ・ス。きゃ。恥ずかしい」
「恥ずかしいじゃねえよ、何人の唇奪ってくれてんだー!」
「橋本君が仕掛けてきたんじゃない」
「あれは単にふざけてっ!」
「悪ふざけは真剣に、それが俺の美学!」
「無駄に漢前なんだよ!お前は!」

2人で重なって密着したまま、ふざけた会話を続ける。
息がかかるぐらいの距離は、菊池以外に経験したことはない。

「あ、そうだ、悪ふざけついでにこの先も行こうか」
「はあ!???」
「もし男もイケるなら人生幅が広がるじゃん。楽しいことは沢山あったほうがいいし」
「あほかー!てめえの実験に俺をイケニエにするな!」
「ほら、お前も単に性欲が暴走してるだけなのか分かるじゃん」
「へ?」
「だから、初めて気持ちいいことしちゃった菊池を変に意識してるだけなのか、分かるんじゃね?」
「………」
「他の奴と気持ちいいことしたら、なんのことないって分かるかもよ?」
「そ、そうかな?」
「そうそう、だから俺が付き合ってやるよ」
「………なんか、騙されてる気が……つーか試す相手も男って……」
「だってお前女できないじゃん」
「ぐっ」
「だからとりあえず俺で試しとけって」

そう言って鈴木は首を伸ばすと、橋本の唇を軽く音をたてて吸った。
嫌悪感はない。
ただ、ドキドキと急きたてられるような焦る気持ちもない。
鈴木の言葉に乗せられた訳ではないが、だんだんと試してみてもいいかな、という気になってくる。

「……お前は気持ち悪くないの?」
「俺、さあ?だからお試しだって。キスは別に平気だけど。飲み会とかでやるし」
「お前って、なんか羨ましい性格してるよな」
「褒めてくれてありがと」
「褒めてねえ」

そう言いながら、橋本は静かに目を閉じて鈴木に顔を寄せた。






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