「天!天!」

弟の部屋のドアを許可なく開けると、部屋の主は机に向かって勉強をしていた。
振り向いて不機嫌そうに少しだけ眉を顰める。

「ノックぐらいしてよ。まあいいけど」
「あ、ごめん」
「で、何?」

それでも話は聞いてくれるらしい。
勉強の邪魔をして悪いなとちょっと思ったけど、ここまで来たなら仕方ない。
俺は手に持っていた布を弟に突きつける。

「これ!これ着てみてくれ!」
「は?」

天は意味が分からないと言うように怪訝そうな顔をしながら、それでもその布を受け取る。
それからその白い布を広げて、それが何かを確認する。

「何これ。誰のシャツ?」
「………一兄」
「なんで」
「いいから!」

やっぱり怪訝そうにしながら、弟はため息をついた。
そして立ち上がってシャツを広げる。

「まあ、いいけど」

どうやら着てくれるらしい。
そのまま服の上から軽く一兄のシャツを羽織る。
そして余った袖周りや腹周りを引っ張って、軽く首を傾げる。
一周り大きなシャツを着た天は、なんだかいつもより小さく幼く見えた。

「ぶかぶかだね」
「ぶかぶかだな!やった!」

思わず飛び上がって喜ぶと、天がその形のいい眉を顰めた。

「………だから何」
「俺がこれ着てたらさ、一兄にぶかぶかだってからかわれて、その上双兄がそこに来て、散々馬鹿にされたから……」

あれは本当に運が悪かった。
一兄だけならともかく、双兄がその場に来てしまうとは。

なんだ、それは、彼氏のシャツを着た彼女のつもりか。
幼稚園児のスモッグみたいだ。
俺のシャツも着てみるか、三薙ちゃーん。

双兄の笑い声が、今も響いているようだ。
悔しくてつい、そのままシャツを持って天の部屋まで来てしまった。

「でも、ほら、天もぶかぶかだよな!」
「………二歳年下の弟と一緒で、嬉しい?」
「う」

呆れた顔の天に冷静に切り返されて、言葉に詰まる。
分かってる。
しかも天は中学生。
それと一緒っていうのもまた情けない。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
いつも偉そうな弟も、長兄のシャツはぶかぶかなのだ。

「だ、だって、でも、一緒だ!俺だけがひょろいんじゃない!」

あくまで年の差は気にしないことにして、俺は胸を張った。
その言葉に、天がにっこりと笑う。

「兄さん、手出して」
「へ?」
「手」

自分の手の平をこちらに見せながら、催促する。
なんのことだと思いながら、同じように自分の手の平を天に向ける。

「これでいいか?」

天はそのまま、自分の手の平を俺の手の平にくっつけた。
ひやりと冷たい手をぴったりとつけて、手首の位置を合わせる。

「俺の方が1.2センチぐらい大きいかな」
「そ、それがなんだよ」

なんだか嫌な予感がする。
それには答えずに、天は相変わらずにっこりと笑っている。

「足のサイズは?」
「お、お前はいくつなんだよ」
「兄さんの方を聞いてるんだよ」

なんだか答えたくなくて、逃げようかなと考える。
しかしその前に天は俺の腕をとって、足を払う。

「よいしょっと」
「わ、わわ!」

バランスを崩して、その場に尻餅をつく。
突然のことで受け身を取り損ねて、強かに打ってしまった。

「ってー、な、何するんだよ」
「はい、足出して」
「や、やだ」

天は自分も座り込むと、座り込んだ俺の足を無理矢理捻って前を向かせる。

「痛っ、痛い!」

そして自分の足をそこにくっつけた。
踵を合わせるようにして、またサイズを測る。

「こっちも俺の方が大きいね」

それを確かめて、ようやく解放してくれた。
変な風に捻った足が痛い。

「………だからなんだよ」

自分の足を抱えこんで、天の手から庇う。
天は相変わらずにこにこと笑っている。

「手と足のサイズって身長に比例するんだって。手足が大きいと背が伸びるらしいよ?」
「な」

それはどこかで聞いたことがあるようなないような。
でも、それを今認める訳にはいかない。

「そ、そんなの迷信だ!」
「だといいね?」

しかし天は動じず、馬鹿にしたような顔でこちらを見ている。
ああ、本当に生意気すぎる。

「お前ら、人のシャツで何を遊んでるんだ」
「どうだったよ、みつ」

その時、長兄と次兄の声が後ろから聞こえた。
ドアが開きっぱなしだったので、ドアのところから長身の二人が覗いている。

「一矢兄さんのシャツは俺にも大きかったよ。今は、ね」

天が座り込みながら、何か含むような答え方をする。
今も何も、二年後もお前はぶかぶかのはずだ。
そうだ。
そうに違いない。

「どれどれ」
「三薙と同じぐらいか?」

兄二人は入り込んできて、まだシャツを着たままの天の様子を観察する。
袖口や首周りや腹周りを引っ張られて、天は若干嫌そうだ。

「お、厚みは四天の方があるんじゃねーの」
「そうだな。三薙は薄いからな」

そしてそんな評価を下す。
俺は慌てて首を横に振る。

「そ、そんなはずない!」
「いーや、胸周りやウエスト周りは四天の方が確かにあるな」
「て、天の馬鹿!」
「馬鹿って。子供じゃないんだから」

焦って出てきた言葉が、我ながら馬鹿っぽくて余計に恥ずかしくなる。
天の呆れたような目と声も痛い。

「まあ、仕方ないだろう。体質もある」
「そうそう、もっと大きくなれるといいなー。牛乳今日からもっと飲むか」
「一兄も双兄も嫌いだ!」
「あ、逃げた」

俺は兄弟達を残して、天の部屋を後にした。
今日から牛乳もう一杯増やしてやる。

ていうかプロテイン。
やっぱりプロテインだ。






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