部屋に入ると、四天ははじめてのところに来た猫のようにぐるりと辺りを見渡した。
後ろ手でドアを閉めながら、部屋の主である一矢は、スーツを脱ぎハンガーにかけながら座る様子もない弟を見る。

「悪いな、わざわざ」
「こっちこそ、忙しい所ごめんね」

末弟は後ろにいた長兄を振り返り、にっこりと笑う。
それを受けて、長兄も優しく笑った。

「まあ、用件は多分一緒だろうな」
「どうだろう。とりあえず、一矢兄さんの方から聞かせて?」

悪戯っぽく首を傾げて、どこか甘えるように言う。
幼さを演じてみせる弟の仕草に、一矢は小さく笑いすぐに答えた。

「そうか。気付いているだろうが、共番の儀について、俺も候補となった。その報告だ」

四天は特に表情は変えず、態度も変えることはなかった。
首を傾げて笑ったまま、問う。

「俺に決まったんじゃなかったっけ?先宮候補は一人だけ、奥宮候補が選ぶ。奥宮の選択は絶対、俺はそう聞いてたけど?いつのまにルールが変更したの?それとも俺が知らなかっただけ?」
「そう怒るな」

笑いながら、柔らかく優しい口調ながら、けれど矢継ぎ早の質問は詰問の色を帯びている。
一矢は怒ることもなく苦笑して、弟の頭を宥めるように軽く叩く。
四天はわずかに眉をぴくりと動かした。

「先宮候補が複数いたことは、今までもある」
「………」

それは、四天も知っていた。
過去の文献は色々と漁ったことがある。
候補が、複数いた時代も、あった。
知ってはいたが、今の事態に文句の一つも言いたかっただけだ。

「三薙はいまだ迷いがあり、揺れやすい。お前は力もあり経験もあるが、まだ年少だ。責任も重いだろう。補佐と、もしもの時のスペアだ」
「今更」

その言葉に、どこか子供っぽい仕草をしていた弟は、大人びた様子で鼻で笑う。
心底馬鹿にしたように、唇を歪める。

「揺れやすいも何も、それこそ奥宮の性質でしょ。迷い揺れ、不安定で純粋」
「その通りだ。だからこそ、細心の注意を払ってやらなければならない。些細なことで、奥宮候補はその性質を変えてしまう。多分俺が一番、三薙の扱いには慣れているからな。お前はすぐに三薙の感情を刺激する」
「俺も若いからごめんね。一矢兄さんは子供のころからの見事な刷り込み調教だよね」

からかうような言葉に、やっぱり一矢は苦笑だけで受け止めた。
四天も嘲笑うような様子は見せるが、特に感情を荒げることはない。

「籠の鳥がわずかに持っている希望と夢を、いつか絶望に染め変えるその日まで変えちゃいけないんだね」
「絶望に染めきる訳にもいかない」
「純粋な器に絶望と希望を植え付け育てて、極上の奥宮になるかあ」

四天が苦笑して、軽く肩を竦める。

「本当に悪趣味だよね」
「まあな」

一矢はもう一度ぽんぽんと、四天の頭を撫でると、心配そうにその顔を覗き込む。
今度は四天は眉を顰めることもしなかった。

「前から言ってる通り、嫌ならお前は降りてもいいんだぞ?」
「そうだねえ」

ただ少しだけ身を引いて、その手から逃れる。
そしてまた幼げな様子で、首を傾げた。

「先宮になったら、この家の当主でしょ?好きに出来るんでしょ?」
「そうだな。宮守一統の全権は先宮のものだ」
「じゃあ、せっかくだからもらっとくよ」

にっこりと整った顔で、天使のように無邪気に笑って見せる。

「俺がまだ第一候補なんでしょ?」
「勿論。お前ほどの才能を持つものは、歴代の宮守家の中でも稀だ。お前がなるのがベストだろう」
「じゃあ、貰えるものは貰っておかないとね。俺の才能と努力の結果なんだし」
「ああ」

一矢はただ穏やかな表情で頷く。
それから、もう一度最初の話に戻す。

「じゃあ、承諾してくれるな。俺も儀式に参加することに」
「承諾もなにも、事後承諾でしょ。俺が何言っても、決まったものは覆らないし」
「まあな、悪い」
「別に一矢兄さんが悪いことは何もないけど。ああ、この決定は先宮?それとも一矢兄さん?」
「勿論先宮だ」
「ふーん」

聞いてはおきながらつまらなそうに、どうでもよさそうに曖昧に頷く。
そして、長身の長兄の目をまっすぐに見つける。
嘘や隠し事を、見抜こうとするように。

「一矢兄さんは先宮になれなくてもいいの?一番当主に相応しいのに、いらないの?」
「俺が相応しいとも思わないしな。一番資格のあるものがなればいい」

一矢は、気負うこともなく何気なく答えた。
そして、優しく穏やかに、包容力溢れる様子で笑う。

「お前が先宮としての役目を全うし、宮守のために尽くしその身全てを捧げるなら、宮守の全ては、お前に従うだろう」
「………」
「お前ならそれが出来る。兄馬鹿だが、そう思ってるよ」

四天は肩を竦めて軽く息を吐く。
それから困ったように笑う。

「期待が重いね。ま、期待に添えるように、努力するよ」
「ああ、期待している」

そして長兄と末弟は、お互い目を見て微笑み合った。






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