二十代最後のクリスマス。

今年こそは永久就職先を確保して、クリスマスにプロポーズ、なんてロマンチックよね。
この不景気で、贅沢は言わない。
ベイサイドのホテルでイルミネーションを見ながら、なんてコッテコテは望んでいない。
どちらかの家で小さなピースのケーキでも買って、ささやかなプレゼントを交換して、将来を誓う、なんてどうかしら。

「とか思ってたんだけど」

私の目の前にはイルミネーションもケーキもコンビニの売り子のサンタすらいやしない。
イルミネーションの代わりに薄暗い部屋のPCの明かり。
ケーキの代わりに積み上がった書類の山。
売り子のサンタの代わりに冴えないおっさん(既婚)。

「………課長、なんで私はここにいるんでしょうか」
「すまないね、人が足りなくて」
「どうして私、が!いるんでしょうか」

あの子とかあの子とかあいつとかあの野郎とか、私の代わりはいっぱいいただろう。
どうしてよりによって私なんだ。
年功序列はどこへいった。
こういう時こそ振りかざされるのが先輩の権力だろう。

「いやあ、君が一番ひ、いや、仕事が早いからね」
「今暇って言った!暇って言いましたね!言いましたよね!?」
「いやいやいやいや、言ってない、言ってないよ」
「パワハラで訴えてやる!私が婚期を逃したら課長のせいですよ!責任取ってくださいね!」
「………もう逃げてるんじゃないかなあ」
「今なんて言いました!?」
「いやいやいやいや、ああ、ちょっとコピー室行ってくるね」
「課長、待ってください!きっちり説明していってください!内部告発ものですからね!」

私の声から逃げるように、課長はそそくさと執務室から消えていった。
くそ、あのおっさん、逃げ脚だけは早いんだから。

まあ、確かに暇だったわよ。
なんの予定もなかったわよ
クリスマス前のギリギリの合コンでも出会いはなかったわよ。
つーかあれはレベルが低すぎた。
あれで手を打つのはちょっと許せない。
とか言ってる間に、もう二十代最後のクリスマスが過ぎていく。
ああ、妥協しておけばよかったかなあ。
あれだけはありえないとか思ってた男と結婚した奴、今幸せそうだもんなあ。
二児の母でさあ、毎年旅行とかいっちゃって。
年賀状は家族写真。
ああうざい。

人間顔じゃないよなあ。
でもあいつが稼ぎ頭とか、分かんないし。
むしろ微妙な路線狙いのほうがいいのかしら。
誰も手をつけていないところのほうが、まだチャンスは残ってるのかしら。
よし、次はアレ線狙いで行くわよ。
顔じゃない。
男は甲斐性!

つっても、もう今年のクリスマスは終わり。
来年は、更にチャンスもなくなるんだろうなあ。
なんであの時とかあの時か、あれで手をうっておかなかったんだろう。
些細なことなんて、いくらでも我慢できるわよね。
結婚なんていつでも出来るなんて思ってたあの頃の私に説教してやりたい。
一生仕事して生きていきたい、なんて思ってないのにね。
結婚してなくてもキャリアを着実に積んでる女性もまた、ねたましい。

「は、あああああああああ」

思わず重いため息が出る。
PCに向かい合ったまま強張った肩が凝る。
ああ、腰も痛い。
明日はマッサージに行こう。
今日の残業代でそれくらい出るでしょ。
土日は久々に、ネイルの手入れもいこうかな。
自分で手入れもしてない。
ああ、もう女としても最低。
もう何もかも面倒くさい。

このままこの会社で朽ち果てていくのかしら。
お局とか呼ばれて。
いやいやいやいや、そんなの絶対いや。
まだいける。
私はまだいける。

「よし、負けるな私!頑張れ私!」

自分で自分に気合をいれて、一人きりの執務室の中声をあげる。
すると、すぐ横にとん、と何かが置かれた。
驚いて顔をあげる。

「その調子で頑張って」
「あれ、課長いつのまに戻ってたんですか」
「気付いてなかったの?まあ真剣に仕事してたみたいだしね」
「ええ、もちろんです。あれ、なんですかこれ」
「頑張ってる子に、ご褒美」
「なんか言い方気持ち悪いです。でもありがたくいただきます。ありがとうございます」

会社の隣のコンビニの印が入った、小さなケーキ箱。
課長も、まあ少しは気が利く。
ロマンチックなプロポーズは来年に回すことにして、今年はこれで我慢してやろう。
私はいそいそとケーキの箱を開ける。

「て、大福じゃないですか!」
「ケーキ売り切れちゃったみたいで。でも箱とローソクは用意したよ」
「そんな気遣い何一つうれしくないです!せめてケーキに似せる努力ぐらいしてください!プリンとかティラミスとか!なんでよりによって大福う!」
「あれ、大福嫌いだった?じゃあ、僕食べるよ」
「好きですよ!食べますよ!」

私はパッケージをむしり取ると、大福に思いきり齧りついた。

「ちっくしょおおおお!来年こそは退社してるんだからああ!」
「頑張れ」

もっちりとしたこしあんは、しょっぱかった。








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