恋人にいるはじめてのクリスマス。 というととても甘くて、キラキラして、下半身が疼く想像をしていた。 イルミネーションとか眺めて、ちょっとリッチな食事をして、夜は熱く楽しく過ごす。 しかし。 「…隣にいるのが、菊池」 「ん?」 「いえ、なんでもありません」 とあるチェーンの大型ディスカウントストア。 陽気なクリスマスソングが鳴り響く中、菊池は楽しそうにツリーの飾りを見ている。 橋本は、げんなりとしてその様子を眺めていた。 「………」 「あんまりひかないでやれよ、可哀そうじゃん彼氏」 どこが遠い目で、鼻歌でも歌いだしそうな菊池を眺める橋本。 その後ろで、二人の買い物についてきた鈴木が楽しそうに声をかけた。 「頼む、彼氏言うな」 「ここまで来てそんな往生際悪い」 「いや、菊池が彼氏って言うのは別にいいんだ。納得している。異議はない。だけど、クリスマスっていうのはそれなりに夢があったんだ。もう少しだけそれに浸っていたかっただけなんだ」 「本当にお前、夢見がちだよな」 「分かってる。分かってるんだ。現実は分かっているんだ」 「いいじゃん、十分ロマンチックな夜になりそうだぜ」 「………なんであいつあんなにうっきうきなんだよ」 「僕らの知っている菊池君はどこかへ行ってしまったんだよ」 家にあるという小さなツリーに飾る小物を次々とかごに入れていく菊池。 すでに橋本の手にはシャンパンやらケーキやらリッチな食材なんかがどっさりとある。 併設されているスーパーで買い物を済ませた後だ。 初めて過ごすクリスマス。 橋本だって、そりゃ楽しみにしていた。 おおっぴらに二人っきりで出かけるなんて、この時期痛々しくて出来やしないが、それでもちょっとおいしいものでも食べて、楽しく過ごせたらいいな、とは思っていた。 ふらふらと出かけたら、街はそれなり綺麗だし、想像とは違ったが、それはそれで楽しいだろう。 仲間内で過ごしてもいい。 モテない男同士で騒いで、ほろ酔い気分でそのあと二人になってもよかっただろう。 「親をわざわざ追い出して、ツリー用意して、食事とケーキ用意してって…」 「もう、楽しむ気満々だね」 さすがに菊池と二人きりのこの買物は辛すぎて、鈴木についてきてもらった。 男3人だったら、痛々しくしても、まだ許容できる痛々しさだ。 「本当に…、あいつもっとクールなやつだったよなあ」 「彼を変えたもの、それは恋!」 「うぜえ!」 思わず何も悪くない鈴木に裏拳を決める。 鈴木はメガネを押さえながらひどーいとかわいらしく抗議した。 「なあ、橋本、こっちとこっちどっちがいい?」 「………えーと、そっち」 「おっけ」 こっちのやりとりなんてまるで聞いちゃいない菊池はにっこりと笑って小さなサンタを籠に放り投げた。 「メリークリスマス」 「………メリークリスマス」 華奢なデザインのグラスを合わせる。 薄暗い部屋の中、小さな音が響き渡った。 わざわざキャンドルまで用意して、ビールではなくシャンパン。 テーブルの端には光り輝くクリスマスツリー。 寒い。 寒すぎる。 どうしても現実に戻ってしまう橋本は、その光景になんだか悲しい気分になってきた。 分かっている、自分の夢見ていたクリスマスそのものだ。 しかし目の前にいるのが菊池。 それがどうしても、受け止めきれなかった。 「なんだよ、テンション低いな」 「ていうかなんでお前そんなテンション高いんだよ!寒いだろ!この光景はどう見ても!」 「そうか?」 「冷静になってみろ!目の前にいるのは俺だぞ!?お前それでいいのか!?」 素で首を傾げる菊池に、橋本は身を乗り出す。 別に嫌な訳じゃない。 ただどうしても違和感があるだけだ。 「お前だからいいんじゃん」 「………え」 「お前だから、こんだけクリスマスを楽しもうって思える」 真顔でまっすぐに橋本を見る菊池。 その臆面のない言葉に、思わず橋本は黙り込んだ。 「………そういう、タラシな発言はやめてください」 「いや、本気で言ってるんだって」 「余計にいたたまれないです」 「だってさ」 ふっと小さく苦笑して、菊池はシャンパンを傾けた。 その仕草は、どことなく手慣れている。 「今までのクリスマスなんて、結構正直苦行だったし。ない金振り絞ってプレゼント用意して、デートコース考えて、高い飯食って、それでようやく合格点。セックスまでの長い道のり。まあ、俺の場合は金は向こうが出してくれること多かったけどさ」 「…なんか身も蓋もねえな」 「夢見てるお前には悪いけど、そんなもんだろ。見栄と欲望と金の都合のイベントデー。やりたかないけど、やらなきゃ恋人の義務も果たせないし」 橋本は黙り込む。 自分の夢見ていたクリスマスはもっとワクワクドキドキするもんだった。 そんな打算的なものではない。 どこか冷めている菊池には、そんなものだったんだろうか。 「でもさ、今年は相手がお前だし」 「へ」 「なんか、素直に楽しめる。見栄張らなくていいし、段取り考えなくていいし、気が楽」 「気が抜ける相手で悪かったな」 「いいって言ってんだろ。イルミネーションもツリーも、ケーキもチキンも、飾りじゃなくて楽しむためのものだって、思える」 「……………」 橋本は耳まで赤くなった。 恥ずかしすぎて、何も言い返せない。 このタラシとか。 気障とか。 寒い、とか。 色々言いたかったのに、何一つ言えなかった。 嬉しいと思ってしまった橋本には言い返せなかった。 「てことで、はい、早いけどプレゼント」 駄目押しで、綺麗でシンプルな包み紙に覆われた小さな箱を渡される。 橋本は流されるがまま、それを受け取った。 「あ、わ、わりい。俺何も用意してねえ」 「別に期待してない」 その言葉にいつわりはないようで、菊池は静かに笑っている。 それにまた、橋本はますます頭に血がのぼる。 一口しかつけていないシャンパンのアルコールが全身に回ってしまったかのように。 「………菊池、もう、なんかだめ、おれ」 「なんだよ、それ。あ、プレゼント、やっぱりもらう」 「………俺、今金ない、マジで」 「知ってるよ。金はいらない」 「あ、その先は言わなくていいです」 嫌な予感のする橋本は、菊池を慌てて制止する。 けれど菊池はそのまま続けた。 「今夜、サービスしてくれればいい」 「やっぱりそうきたかあああ!!それなら俺だってそっちの方がいい!」 「だめですー。俺はもう渡しましたー」 「きったねえええええ」 そして、二人の初めてのクリスマスの夜は更けていく。 とても甘くて、キラキラして、下半身が疼く夜が。 |