「これはなんだ?」
「チョコです」

いつも無愛想で無表情な後輩に差し出されたそれは確かにどっからどう見てもチョコだった。
市販で売っていると思われる、ピンクを基調とした透明のかわいらしいレース柄の袋に、丸くココア色の物体が見える。
今日は2月14日。
まあ、平均的男子としては気になる日ではある。
このタイミングでもらえるとしたら、そりゃあチョコだろう。
意表をついてカレー粉の塊という可能性もなきにしもあらずだが、そんなことしてもこいつに得になることは何一つない。
だからと言って俺にチョコにあげてこいつに得になるかと言われればそれも謎だ。

「この中途半端な包装は一体どうしたんだ?」
「パッケージを買ったのはいいんですが、それにつけるリボンを買い忘れました」
「お前らしいな」
「はい」

大変かわいらしい袋の口をとめているのは輪ゴム。
オレンジ色の、スーパーでもらえるようななんの変哲もない輪ゴムだ。
かわいらしい袋と何とも不釣合いで、逆にしっくりくる。

「コンビニででもリボンあったんじゃないか?」
「買いにいく余裕がありませんでした」
「そうか」
「はい」

相変わらずの無表情だ。
こいつの表情筋が動くところを見ることは少ない。
今日もいつものように、真っ黒な目は静かな色をたたえている。
ともあれば不躾にも感じるぐらい、真っ直ぐに俺を見つめて。
ぴしりと伸びた背筋は、定規でも入ってるんじゃないかというぐらいだ。

「それで、これをどうしたいんだ」
「別に私はこれを見せびらかしにきた訳ではないのですが」
「俺に誰かにあげてくれ、と頼みにきたとか」
「それぐらいなら自分でやります」
「お前だったらそうだな」
「はい」
「俺が貰っていいのか」
「ここまでやって、もらって頂けないほうが困るのですが」
「食えるのか?」
「おそらくは」

なんとも不安な一言に、受け取ろうとした手が止まる。
向こうも渡そうとしたところをふいにつかれたのか、ぴくりと手が動く。
いい加減、差し出しているのも疲れるだろう。
少しかわいそうになってきた。
しかし、本当に表情が変わらない。
相変わらず、ただ黙って俺を見ている。
俺の前で、こいつが笑ったりするところを見たことがない。

「その煮え切らない言葉はなんだ?」
「食用のものしか入れてないから、食べれることは確実です」
「まずいのか?」
「それはその人の味覚と嗜好によるかと思います」
「平均的な日本人として考えた場合は?」
「平均的が分かりませんが、どちらにせよ、私は味見していないのでお答えできません」
「味見してないのか?」
「味見できるほど材料が余りませんでした」
「なるほど。目が赤いけど、どうしたんだ」
「人にあげられると思われるレベルに達するまで作りなおしていたら、夜が明けていました」
「つまりこれは、人にあげられると思われるレベルには達したんだな」
「そう期待します。タイムリミットと材料切れでそれしか残らなかったともいいますが」

これまた不安な言葉で返される。
そろそろ手がふるふるしてきている。
相当疲れただろう。
さすがにかわいそうだ。
しかしやっぱり、こいつの表情が変わることはない。
俺はようやく、後輩が差し出すかわいらしい袋に手を伸ばした。
それに触れた途端、目の前の丸みを帯びた肩がぴくりと揺れた。
けれど俺はやはり受け取らないまま、最後の質問を投げかける。

「それで」
「はい」
「それでこれはどういう意図を持つんだ?」
「意図とは?」
「これを俺にあげることで、お前はどういう効果を期待する?」
「…………」

少し考え込むように、目を伏せる。
長い睫が、頬に影を落とす。
伏せていたのは一瞬、また真っ直ぐにその綺麗な目で俺を見上げる。

「先輩は、このチョコにどういう意図を感じますか?」

質問を質問で返された。
こいつが俺を質問を投げるのは珍しい。
だから、素直に答えてみた。

「分からない」
「そうですか」

表情は変わらない。
けれど、少しだけ声に落胆が混じった気がする。
俺の勘違いかもしれないけどな。
落ちる沈黙。
このままでは場がもたないので、その先を続ける。

「だけど」
「はい」
「これが本命チョコだったらいいな、と期待している」

表情は変わらない。
変わらないまま。

「…………」

変わらないまま、真っ直ぐに俺を見つめる黒い目から水滴がこぼれる。
それが綺麗だったから、俺はもったいなくて拭う。
触れた頬が、ぴくりと動く。

「それで、泣いているわけは?」
「私、緊張すると、ますます無表情になります」
「知ってる」
「だから、先輩の前ではいつも無表情でした」
「知ってる」
「先輩の前ではいつも緊張してました」
「知ってる」

俺はようやく、差し出されていたチョコを受け取る。
それで力が抜けたのか、腕がだらりと垂れ下がる。
後ろによろめきそうになるのを、肩を掴んで支えた。

「それでもう一回聞くんだけど」
「なんでしょうか」
「このチョコの意図は?」

目の前の後輩は、いつもどおりの無表情。
だから、俺はその先が自分の期待通りのものだと、知っていた。






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