お勉強をしましょう。 今日は図書館でデート。 ちょっと色気ないけど、なんかこんな他愛のない普通の時間が、とても幸せ。 ただ、並んで座って、友ちゃんが勉強を教えてくれる。 なんか、日常。 2人でいるのが、当然な感じ。 友ちゃんの隣にいるのが、普通。 普通が、嬉しい。 ただ座ってるだけで、顔がにやけちゃうぐらい、幸せ。 でも。 友ちゃんは数学が得意。 私は正直、数学って字すら見たくもない。 だから友ちゃんが隣に座っていてくれて嬉しいけど、ちょっとだけ、嬉しくない。 友ちゃんは、結構スパルタだ。 「それで、ここの解を求めるにはまずここの値を調べなければいけない」 「……う、うん」 「でも、ここの値を調べるにはこっちの値が必要だけど不完全だ」 「…………」 「んで、それじゃこっからどうする」 「えーと、えーと、えーと」 「ほら、それでここの値も調べたい、どうする」 「……え、えーと、あ、諦める……」 一瞬の間。 次の瞬間、頭をごつんと殴られる。 よく慣れた、でも、久しぶりの痛みに私は思わず声をあげてしまう。 「いたい!」 「アホか」 「ご、ごめん」 急いで謝ると、ちょっと眉を寄せて不機嫌な顔。 怒っちゃったかな。 ビクビクしたけど、友ちゃんはすぐ笑ってくれた。 「お前変わってないな」 「え?なんで?」 そういうと友ちゃんはふきだした。 笑う友ちゃんは、好き。 心がぽかぽかとあったかくなる。 「ほら、ガキの頃さ、お前にやっぱり数学、あの頃は算数か、教えてやってじゃん」 「う、うん」 そういえば、そんなこともあった。 お母さんに言いつけられて、私に勉強を教えてくれた友ちゃん。 ぶちぶち文句いいながらも、教えてくれた。 嬉しい思い出だけど、あんまり思い出したくない思い出でもある。 「その時さ、3つの林檎を2人で半分こしなさいとかっていう問題だったっけ?」 「……な、なんかあんまり思い出したくないな、それ…」 「分数の問題やってるつーのにさ、お前言ったこと覚えてる?」 「………わ、忘れた…」 嘘だ。 本当は覚えてる。 でも、思い出したくない。 けれど、友ちゃんは許してくれない。 意地悪そうににやにや笑いながら、机に肘をついてこっちを見てくる。 友ちゃんはこんな意地悪な顔が、よく似合う気がする。 「お前、『もう一個持ってきて仲良く分ければいいよ!』って言ってたよな」 「わー!!」 私は小さな声で叫んだ。 顔が熱くなってくる。 成長していない自分が、恥ずかしい。 友ちゃんの意地悪そうな笑いに、いたたまれない。 「他にもあったよな。なんだっけ、体育の時間」 「も、もういいよ、いいから。ごめんなさい。ちゃんとやるよ」 「はい、よろしい」 満足そうに頷くと、軽くおでこを殴られた。 私の頭を叩くのは、もう癖のようなものだ。 ずっと慣れ親しんでいた、手。 後少しだけ、慣れ親しんでいたい、手。 「でも、ずっと一緒だったんだよな」 「え?」 優しげに目を細めて、なんだかしみじみとそんなことを言う。 なんだかおじさんくさいな、友ちゃん。 「どの記憶を思い出してもさ、お前っているんだよな」 「わ、私ストーカーだったから」 「確かに」 くすくすと笑って、頷く友ちゃん。 自分で言っておきながら、ちょっと傷つく。 でも、確かに立派なストーカーでした。 ごめんなさい。 私の記憶は、どこを切っても友ちゃんしか出てこない。 うわあ、本気でストーカーだ。 「…この先も、お前がいるんだろうな」 「…………」 胸がぎゅっと絞られる気がして、私は制服の胸の辺りを掴んだ。 この先も、友ちゃんがいるといい。 いれるといいな。 温かい、思い出が、残るといい。 私が何も返さなかったら、友ちゃんはため息をついた。 最近、多い気がする。 私が、悪いのかな。 私、友ちゃんに悪いことしてるのかな。 なんでかな。 「わ!」 考えていたら、友ちゃんの手が、机の上にあった私の手に重なる。 「と、友ちゃん!?」 そして、椅子をちょっと近づけて、私の肩に頭を乗せる。 友ちゃんの頭は温かくて、重い。 心地よい、重み。 心地よくて、嬉しくて、不安で、もどかしい。 「ずっと、一緒にいような」 「…………」 どこか苦しそうな声に、聞こえた。 私は返すことができない。 だって、私は終わりがあるのを知っている。 夢のような時間が長くつづかないことを知っている。 知ってるよ。 「……友ちゃん、大好きだよ」 返事はない。 手がぎゅっと強く、握られた。 図書館の中は静かで、まるで2人きりのようで。 私も、友ちゃんの頭に顔を寄せた。 この幸せができるだけ長く続くことを祈って。 |