カードゲームをして、負けた人は勝った人の言うことを一つだけ聞くというルールを設けた。 勝ったのは私。 そして、負けたのは隣に座る男。 「じゃあ、いいよ一つだけ」 眼鏡の男が楽しげににっこりと笑う。 私が何を言うのかを期待した目で、じっと見ている。 罰ゲームなんて全く意に介さず、私の反応を楽しんでいるようだ。 相変わらず変態くさい。 「え、えっと」 「うん」 一つだけ言うことを聞く、か。 なんだろう。 私が野口に言いたいこと。 そうだ、前々からあった。 これだけは言いたかった。 「じゃ、じゃあ、私に優しくしろ」 「してるじゃん」 「してねーよ!」 それはない。 思わずその頭をはたいてしまう。 ああ、暴力やめようって思ったのに、こいつのせいで暴力を振ってしまう。 野口は眼鏡を直しながら聞いてくる。 「具体的にはどんな?」 「え、えっと、えっと」 優しいって、どういうことなんだろう。 割とこいつ気を使うし、色々連れてってくれたり、よく奢ってくれるし、優しかったりする。 いや、違う。 優しくなんてない。 「そうだ、今日一日、私に意地悪すんな!」 こいつの言動に、いつも私はグサグサと傷つけられているのだ。 たまにはこいつの言葉に怯えないで普通に話す時があってもいいはずだ。 「意地悪?」 「そう、変態なこと言ったり、私が嫌がったりするようなこと言うな!」 野口は分かったのか分かっていないのか、首を傾げる。 なんでそんな不思議そうなんだよ。 あれはわざとじゃないのか。 絶対わざとだ。 「変態なことってどんなこと?」 「ど、どんなって」 「ねえ、俺どんなこと言ってる?」 それは、舐めたいとか食べたいとか突っ込みたいとか。 て何を考えてるんだ、私は。 「お前のそういう発言のことだよ!」 「だってさ、三田、俺が三田のこと欲しいっていうの嬉しいでしょ?」 「な、ば」 「三田が好き、三田が抱きたい、って言うの、喜んでるよね」 「喜んでない!」 顔が熱くなってくる。 今はきっと真っ赤になっているだろう。 隣に美香と藤原君がいるのに、こいつは何を言ってるんだ。 でも野口は悪戯っぽく笑って、目を楽しげに細める。 「本当?じゃあ、三田のこと好きだとか抱きたいとか言わなくていい?」 「だ、だって、それは違う、違う!」 「違わないでしょ?」 あれ、違わないのか。 そりゃ好きだって言ってもらえるのは嬉しい。 欲しがってもらえるのも、嬉しくない訳じゃない。 でも、それでも、それとこれとは違う。 違うよね。 違くないのかな。 「それと、嫌がったりすることって、どんなことだろう」 「わ、私のこと馬鹿にしたり」 「してないよ。かわいいって言ってるの」 野口がにっこりと笑うから、またしても言葉につまってしまう。 何を言ってるんだこいつは。 ああ、もう、ほっぺたが熱い。 耳も熱い。 「三田の欠点も含めてまとめてまるっとかわいいって言ってる」 「な、な、な」 「三田がガサツなことも、乱暴者なところも、ちょっと短気で小心者なところも、全部全部分かった上で好き」 ああ、もう聞いてられなくて顔を押さえる。 ああ、もう、恥ずかしい。 「ね、それって嬉しくない?」 「え、と、えと」 コンプレックスを肯定されるのは、確かに嬉しい。 私の欠点すらも好きって言ってもらえるのは嬉しい。 じゃあ、野口は私にいいことしかしてないのだろうか。 「ほら、俺、嫌なことしてないでしょ?俺は三田が喜ぶことしかしてない」 「………」 そうなのかな。 そうなのかも。 いや、でもなんか違うような。 でも、野口はにっこりと無邪気に笑っている。 「三田が望むことしか、してないよ」 重ねてそう優しく囁いて、私の手をとり口づける。 触れた指が、熱い。 「由紀ー。まるめこまれすぎー」 「は!」 そこで冷静な声が割って入った。 隣にいた美香が呆れたような目で私たちを見ていた。 そうだ、明らかにおかしい。 また丸めこまれそうになっていた。 「いい加減なこと言うな!」 「言ってないよ。三田は苛められるのが好きなんだから。だから俺は三田が喜ぶことをしてる」 「な、な、な」 「嫌なこと、変態なこと、ないでしょ?」 ああ、もう、本当にこいつはどうしようもない。 私は今日も怒鳴りつけるしかない。 「死ね、この変態!」 なんで私の罰ゲームになってるんだ。 |