「いつだって俺に甘えてもいいんだぞ」 ミカが誇らしげに笑って、自分を指さす。 私は今日の肴の豆なんかを齧りながら、ワインらしきものを煽る。 この豆、結構歯ごたえがいいのよね。 「甘える、ね…………」 「そうだ、なんでも言え!俺はたいていのことは叶えてやれるぞ」 まあ、そうよね、この人腐っても王様だし。 今までも、強請れば割となんでもやってくれたし。 そんなことを考えていると、酔いに任せてつい本音が口から漏れた。 『周りの人が誰もが納得して羨むハイスペックな旦那と一生が困らないだけの収入源と戸建の家とかわいい子供がいる家庭が欲しい』 ああ、本当に周りの目しか気にしてねえな、この希望。 言ってる自分でも思うが、我ながら割と最低だ。 まあ、こいつらの前で取り繕ってても仕方ないし。 日本語で言ってしまったので分からなかったミカが隣で飲んでた悪魔に聞く。 「セツコはなんて言ってるんだ?」 「さすがの陛下でも実現不可能な夢物語を」 「うるさい、死ね、この悪魔」 分かってるわよ、私のスペックでその夢は実現不可能だってことぐらい分かってんだよ。 たいていのことは叶えられるって言ってるから言ってるだけだろ。 ああ、夢物語だよ。 夢ぐらい見させろよ。 「分かってるわよ。私だって、分かってる」 ネストリがミカに対して、私の発言を細かく説明しているのを見ながらワインをちびちび煽る。 ああ、もっとアルコール度数欲しいわ。 次はブランデーにするか。 なんてことを考えていると、話を聞き終ったミカが満面の笑みを浮かべた。 「なんだ、セツコ!だったら俺と結婚すればいいじゃないか」 「ふざけんな」 思わず手にもったグラスの中身をぶっかけそうになった。 なんでこの不良債権親父と結婚しなきゃならないんだよ。 しかしミカはめげずに笑う。 「俺は地位は高く金もあって誰もが羨むぞ。それに家も用意出来る。子供もまあ、まだいけるだろ。別れても生活には困らせない」 「………」 あれ、そうか。 そういえばそうだ、こいつ王様じゃん。 『でも、よくよく考えれば、そうなのよね。ミカでもいいのよ。ミカだったら望み通りだわ。なんで駄目なのかしら。この際金さえあれば性格なんて少しくらい目を瞑れるし』 ミカでいい。 いいはずなのだ。 こいつ忙しいしそんな構ってこなさそうだし、楽だ。 金とスペックさえあれば顔とか性格とかこの際どうでもいいって思ってた。 ミカはその上顔もいい。 なら、なんで駄目なのだろう。 『やっぱり好きになった人、とか思うのかしら。そこまで夢見ちゃいないわよ。まあ、このおっさんと結婚したら面倒くさそうってのもあるけど』 ぶつぶつと自問自答を繰り返す。 なんでミカでは駄目なのだろう。 こいつならノリと勢いで結婚してくれそうだ。 『やっぱり面倒なのかしら。なんだかんだで一人の生活楽しいし。いや、今のニート生活は微妙だけど。ああ、でも何もしないでお金だけ欲しいとかも言ってたわよね。今の生活ってそうよね』 でも、今の悠々自適ニート生活は、なんだか息がつまるのだ。 つい酒に走ってしまう。 いや言葉を覚えてアルノの手伝いをしようとは思うんだけど。 『あなたの場合は、自分の価値観の基盤がないのがいけないんでしょうねえ』 『あ?』 私がぐるぐると一人考えこんでいると、ネストリがおっとりとした口調で割って入った。 『自分が何を幸せと感じるかを、自分でも理解してない。だから迷い続けて、いつでも不幸だと感じるんです。一人がいいのか、誰かに傍にいてほしいのか、お金が欲しいのか、働きたくないのか、働きたいのか』 「……… 『まず、それが分かれば、あなたも幸せになるんじゃないですか?』 だって、誰かといるのは面倒くさい。 でも一人でいるのは寂しいし不安。 何もしないでお金が入ってきたら幸せ。 でも何もしないでいると腐って行くみたい。 手に職を持って働いている人は眩しく見える。 立ち止っていると、取り残されていく気がする。 子供は嫌い。 でも子供がいる人は羨ましく感じる。 「いっそ陛下と結婚してみれば、自分の価値観も浮き彫りになるんじゃないですか」 「………」 なんかそんな気もしてきた。 一回ミカと結婚しちゃえば、それが成功でも失敗でもなんかしら得られるんじゃないかしら。 やっぱり結婚向いてない、とか。 いや、それが分かったからといってどうしたらいいか分からないんだけど。 「セツコ、大丈夫だ、俺が幸せにしてやる!」 ミカが頼もしくにっかりと笑う。 あー、なんかもうこれでいい気がしてきた。 顔いいし、金あるし、包容力あるし。 浮気とかも別にいいし、少しくらい馬鹿なのもご愛敬。 あれ、もうこれでいいんじゃね。 「いやあ、セツコはなんだかんだで本当に素直ですね。もう本当に結婚しちゃったらどうですか。その方がおもし………いえ、あなたも幸せかと」 ネストリが微笑ましげに目を細める。 それで、なんとなく一つだけ分かった気がする。 「とりあえず、一つだけ分かったわ」 私の価値観、私が幸せだと感じること。 それが、一つだけ、分かった。 「そもそも、この世界にいること自体が不幸なんだよ、馬鹿野郎!」 大前提が間違ってる。 |