それは穏やかな昼下がり。


[桜&義也]



「で、これには何がしかけられているんだ」
「いやですね義也さん。仕掛けるも何も、ただのお菓子ですよ」

にっこりといつものように女らしく優しく微笑む少女。
そんな地味な少女を前にして、義也はいつものように不機嫌だった。
「お前の料理がただですんだ覚えがない」
「ごめんなさい。私ってドジで……」
「お前のそれはドジじゃねえ!」
「ふふ、義也さんたら血圧高めですねえ」
怒鳴られても義也の目の前にいる少女は全く気にする様子はない。
相変わらずの暖簾に腕押しっぷりに、義也は頭が痛くなった。
頭を抱えつつ、しかし一応は席につく。
そこが義也の根が善良で小市民なところだ。
テーブルの上には、綺麗に焼きあがったパイが一つ。
香ばしく甘い匂いと、こげ茶の焼き色に食欲がそそられる。
「チェリーパイにしてみました」
桜はかわいらしいレースのエプロンを身に纏い、機嫌よさげにケーキにナイフを入れる。
さっくりと音をたて、中からは赤い実が顔を出す。
その甘酸っぱいフルーツの香りが、ますます食欲をそそった。

が。
騙されてはいけない。
これは桜の料理だ。

「結構上手く焼きあがったんですよ」
「……焼き上がりはな」
「チェリーもいいものが手に入りましたし」
「中身もな」
「さ、どうぞ召し上がれ」
「で、これには何が入っているんだ」

律儀に一つづつツッコミを入れながら、冷静に現状を見極める。
主婦業を長くやってきた義也には食べ物を粗末にすることはできない。
結局はこれも食べる事になってしまうだろう。
それは、まあいい。
桜の料理はまずくはない。
食べる事に依存はない。
ただ絶対に罠があるだけだ。
せめてそれを見極めたかった。
「何がって……小麦粉と、バターと……」
「そうじゃない!」
「はい?」
「最初に戻るが、これは何が仕掛けられているんだ?」
なおも引かない義也に、桜は珍しく眉をひそめて、ため息をついた。
「義也さんたら、すっかり疑り深くなってしまわれましたね」
「誰のせいだと思ってる!」
「残念です。せっかく義也さんをびっくりさせたかったのに」
何を言っても堪えない桜に内心ちょっと涙目になる義也。
けれどようやく引き出せた言葉に胸をなでおろした。
「お前の料理にはこれ以上びっくりさせられたくない」
「いつもそんな風に思ってくださっていたんですね、ありがとうございます!」
感激したように赤らめた頬を両手で押さえる桜。
その仕草は、嫌になるほど少女らしく初々しい。
「いや、待て、そうじゃねえ」
「今回のパイは、ちょっとサプライズを仕掛けてみました」
「………頼むから人の話を聞け」
「中にはおじ様が提供してくださったサファイアの指輪を……」
「歯が折れるわ!!!」
「入れてみようかと思ったのですが、衛生的にどうかと思ったので」
「…………本当に、もう、どうにかしてくれ……」
「当たりくじを入れてみました」
「当たりくじ?」
「はい、当たった人には商品が」
にこにこと、少女らしく、穏やかに笑う。
義也は、少々意外な気持ちになる。
この少女が、それくらいで満足するは思わなかったからだ。
「珍しいな、お前がそんな普通のことをするなんて」
「私、本当に面白みのない人間で、普通のことしか思いつかなくてごめんなさい」
「まあ確かに、まったく面白くはない」
それでもこれくらいなら可愛らしいものだ。
少女らしい悪戯心と言えるかもしれない。
義也は胸をなでおろし、ようやくパイに向かい合った。
「ふーん、じゃあまあ、食うかな」
義也はフォークでパイを切り取り、口に入れる。
さくさくとしたパイと甘く煮られた酸っぱい果物がほろりと溶ける。
義也好みに甘く味付けられていて、いつも不機嫌にひそめられた眉が緩む。
頬が綻んで、いつも硬質な印象を与える美貌が、どこか可愛らしくなった。
桜はそんな様子をにこにこと見守っている。
「………美味い」
そんな言葉も素直に出てくる。
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む桜。

和やかで温かい時間。

「あ、ちなみに当たりの賞品は、おじ様提供の義也さんシークレット写真集らしいです」
「ぶはっ」
思わず口の中身を美形らしくない仕草で噴出す義也。
桜はそんな義也の口元を優しく拭う。
「私もまだ見ていないので、頑張っちゃいます」
「ちょっと待て!なんだそれは!」
「おじ様が長年収集し続けた、隠し撮り写真集らしいですよ。あんな姿からこんな姿まで」
「何やってんだあの親父ー!!!!」
「おじ様、義也さんが出ていらっしゃる雑誌とかすべてスクラップしてますし。本当に義也さんを愛してらっしゃるんですね」
まるで母親のように、聖女のような慈愛に満ちた清らかな笑みを浮かべる桜。
「それは絶対愛じゃねー!!!!!」

重すぎる愛の前に、義也はチェリーパイをほぼ1人で食べ尽くす事になった。
景品を見事ゲットした義也は、義彦を叩きのめすと共に心に誓った。

もう2度と、桜の料理は信用しない、と。


それは穏やかな昼下がり。