それは穏やかな昼下がり。 人気のない昼休みの校舎裏。 そこには2人の人間がいた。 眼鏡をかけた猫背の少年と、無表情でどこか冷たい印象を与える少女。 古ぼけたベンチで並んで腰掛け、昼食をとっている。 「あ、清水、それスタバのコーヒー?」 「え、うん」 無愛想な少女、真衣が飲んでいたのはだいぶ前にコンビニで売り出された全国チェーンのカフェのコーヒー。 なんとなく、飲んだ事がなかったので買ってみたのだ。 眼鏡の奥に好奇心をたたえて、根木が身を乗り出す。 「ね、ね、ちょっと飲ませて」 その様子をちらりと横目で見ると、真衣は黙って手にしていたカップを差し出した。 「ありがとー!」 嬉しそうにそれを受け取ると、根木はストローに口をつける。 一口、二口。 根木の無邪気だった笑顔が、だんだんと眉が垂れ下がり、情けない顔に変わっていく。 三口めで、ストローから口を離す。 「うえー、やっぱりまじー」 「は?」 「俺、コーヒーダメなんだよね」 「………馬鹿?」 真衣には目の前の男の行動が理解できない。 なんで嫌いなものをわざわざ飲もうとするのだろう。 「ひっでー!だってさ、清水が美味そうに飲んでるし、美味いって話だしー、一度チャレンジしてみてもいいかなー、と。でもやっぱり苦いーまずいー」 「お子様。これ、結構甘いじゃん」 真衣の冷たい言葉に、根木は胸に手を当て、オーバーリアクションでショックを表現する。 「清水さん冷たい!それにアレじゃんアレ!」 「何?」 「間接ちゅーのチャンス!」 声を弾ませ、眼鏡の奥の細い目を輝かせながら満面の笑み。 次々にころころと変わる男の表情。 真衣はそんな男の様子に、笑いそうになりながらも、思いっきり冷たく言ってやる。 「ばーか」 「ひどいわ、男の見果てぬ夢をっ!あんた男心を分かってない!」 賑やかに騒ぐ男を見て、頬を緩ませる真衣。 隣の男は、いつだって真衣の心を軽くして、温かくしてくれる。 口元をほころばせると、手元のゼリーを掬って、根木の口元に差し出す。 「はい」 「ん?」 「口直し、あーん」 いつも無愛想でぶっきらぼうなくせに、どこかあどけない様子でスプーンを差し出す。 その様子に少々面食らいながら、根木は素直に口をあけた。 そこにゼリーが入れられる。 舌で味わって飲み込む。 甘く爽やかなフルーツの味がコーヒーの苦味を打ち消していく。 「ん、おいしー!」 「そう、よかったね」 また無邪気な笑顔を取り戻した根木に、真衣も素直に微笑む。 真衣はもう一度ゼリーを掬うと、今度は自分の口に放り込んだ。 甘く爽やかなフルーツの味。 「あ」 「ん、どしたの?」 「間接ちゅーだ」 そう言って、どこか不思議そうにスプーンを見つめる真衣。 根木は、顔を片手で多い、空を見上げてため息をつく。 「……こーの、ツンデレ」 「…………だからツンデレって何?」 「それは気にしないで」 根木は気を取り直して顔を戻すと、にっと悪戯っぽく笑う。 「もう一口頂戴。あーん、てして」 「………ばーか」 それは穏やかな昼下がり。 |