それはあなたを苦しませること。



あなたのためにできること <囚われ人の見る夢>




『大切な人へ、あなたは何をしてあげられますか?』

そんな陳腐な台詞で、そのCMは締めくくった。
安っぽい感動を誘う構成のそれは、あくびが出るほど退屈だった。
けれど、その一言だけはなぜか心に残った。

大切な人、ね。

隣にちらりと視線を走らせる。
テレビに飽きてしまったのか、痩せぎすな少女がソファの隣でうとうととしていた。
苦笑して抱き寄せ、自分の肩に頭を乗せる。
特に抵抗もせず、馴染み切った様子でそこに収まった。
安心して身を任せる姉が、とても愛おしい。
俺たちはこんなにも近い。
隣にいるのが、こんなにも自然。

俺は、真衣ちゃんに何をしてあげられるかな。
気まぐれに姉の髪に指を通しながら、そんなことを考える。

もちろん、なんだってしてあげる。
まだまだガキで、力も金も何もないけど。
だけど、なんだってしてあげる。

望むものをなんだってあげる。
守り通す。
絶対に幸せにする。
そのための力を、絶対に手に入れる。

そしてずっと離さない。

そこで自分の感情に気づいて、自嘲気味に笑う。
俺は、真衣ちゃんになんだってあげるつもりだ。
物も、環境も、人も、感情も。
俺のすべてを。

でも、俺以外から与えられるのも、俺以外から何かを欲しがるのも許さない。
俺が選別して、俺が用意して、俺が与える。
それ以外のものを、姉が持つことは、許せない。

俺の腕の中でまるで子供のように、寝息をたてて寝込んでいる姉。
見るたびに、いつも胸のどこかがじわじわに微熱をもつ。
それは今は穏やかだけれど、ふとした瞬間に自分を飲み込むほど熱くなる。

俺のものにならないなら、存在しなくていい。
俺以外に染まる姿は、見たくもない。

俺が与えたもので、俺だけにあふれかえった、姉が欲しい。

「ん」

髪をもてあそんでいた手に、力が入ってしまったらしい。
目を覚ましてしまった姉はむずがるように顔をしかめて、ぼんやりと目をあける。

「ああ、ごめんね、真衣ちゃん」
「……何?」

せっかく気持ちよく眠っていたところを起こされたせいか、不機嫌そうな声は低い。
なだめるように頭を撫でて、俺はついでに問いかける。

「ごめんね、ちょっと力が入っちゃった。ね、真衣ちゃん」
「ん?」
「真衣ちゃんは、何かして欲しいこととか、何か欲しいものとかある?」
「…何、いきなり?」

唐突な問いかけに、眉をよせて心底どうでもよさそうにつぶやく。
あくびをかみ殺し、すぐにでももう一度夢の世界に入りたいらしい。
姉の不機嫌は感じていたけれど、どうしても答えが聞きたくて俺は続きを促す。
真衣ちゃんは眠そうに眼をこする。

どんな答えをもらったら、俺は満足するのだろう。
姉の答えに、俺は納得できるだろうか。

「ね、答えて」
「………わけわかんない」
「ごめんね」

俺がひかないのがわかったのか、姉は小さくため息をつく。
目を細めながら、何かを考えるように黙り込む。
そして、30秒もたたないうちにとても些細な願いを口にする。

「…千尋のココアが飲みたい」
「……そんなこと?何かほかにないの?」
「あと、膝かして」

そう言って俺の腕から抜け出すと、狭いソファで丸くなる。
膝に、じんわりとした温かさが伝わってくる。
しばらくごそごそと居場所を探すように頭の位置を整えると、しっくりいく場所を見つけたのか満足そうに息をついた。

本当はそんなことが聞きたかったんじゃないけど。
もっと、別な答えをもらいたかったのだけれど。

でも、この膝の重みに、満足してしまった自分がいる。
すっかりごまかされてしまった。

どこか悔しく思いつつも、頬が緩むのを感じる。

「両方はできないよ」
「…じゃあ、膝でいい」

そう言って姉は目を閉じた。
俺はその髪に、もう一度指を通す。
とても穏やかな気分で。

「おやすみ、真衣ちゃん。起きたらココア入れてあげる」



***




それはあなたを苦しませて、でもきっと満たすこと。