それは時に自分のわがままで。



あなたのためにできること <(異)情事>




例によって例の如く、橋本は菊池の家でゴロゴロと青春の貴重な一時を費やしていた。
雑誌を読んでいたが、BGMのように流れていたCMにふと気を取られる。

それは最近多い、家族などの絆をテーマにしたCMだった。
キャッチコピーが最後に流れ、温かい印象でしめくくった。
それをフローリングに仰向けになったまま見ていた橋本は、菊池に問いかける。

「なあ、菊池。お前俺のために何できる?」
「はあ?」

机でPCの前で何か作業をしていた菊池は、唐突な質問に怪訝そうな声をあげる。
ヘッドフォンを取り外し、椅子をくるりと回すと間抜けな顔をした橋本を見下ろす。
橋本は色素の薄い目を見上げて、にっと笑う。

「ほら、お前、俺が大切だろ?」
「目を開けたまま寝ぼけんな」
「照れんなよ。わかってるって」
「いや、ホントに勘違いって痛いから」

冷静に淡々と返す菊池に、橋本は気にせず先を続ける。
仰向けになったまま、橋本は顔を引き締めると、真摯な声を作る。

「大切な人間のために何かしてあげたいって思うだろ。思うはずだ。お前はいつもそう思っているはずだ」
「だから寝言は寝て言えよ」
「だから菊池君、このゲーム貸して」

そう言って読んでいたゲーム誌を両手で取り出す。
そこには菊池が先日買った、人気の新作ゲームの特集記事に掲載されていた。

「貸すかボケ。まだ俺もクリアしてねーんだよ」
「えーえーえー、愛がない!愛が足りないよ、菊池君!」
「そんな打算的な愛は生憎と持ち合わせていないんだ。俺は純粋なんでね」
「自分はどうなっても、大切な人には尽くしたい!そんな自己犠牲な愛が必要だと思う!」
「大切な人の成長のためにも、時には見守る愛が必要だと思う」
「本当に自分勝手なやつだな!だからお前空気読めないって言われてんだよ!」
「言ってんの誰だよ」
「俺」
「いい加減踏むぞ、お前」

さらに言いつのる橋本の口を閉ざすため、菊池は立ち上がって橋本の腹に足を乗せる。
少し力を入れられて、橋本はぐっと蛙がつぶされるときのようにうめいた。

「ちょ、ま!そこはだめ!内臓はだめ!」
「んじゃこっち」
「胸はもっとだめ!旅立っちゃう!遠い世界に!」
「んじゃ…」
「くせーよ!口に乗せんな!」

足を次々と移動させる菊池に、踏まれているほうはわーわーと騒ぐ。
しかし、ある一点に菊池の足が来たとき、ぴたりと橋本は動きを止めた。
真剣な顔で、菊池を見上げる。

「まって、俺の大事なものを再起不能にしないで。困るのはお前だ」
「じゃあ」
「ちょ、ま!」

踏みつぶそうと力を入れていた足に、別の意味を持たせて動きを変える。
若い体はすぐに反応しそうになって、橋本は本気で暴れだす。
はねのけて体を起こそうとしたところで、また力を入れられて動きを止める。
原始的な恐怖は、ぬぐえるものでもない。
そんな橋本の様子を見ていた菊池は、ふと思いついたようににっこりと笑った。

「あ、橋本君、お前のためにしてあげたいこと、あった」
「な、なんでしょうか」
「とっても愛を感じること」

ますます笑顔を深める菊池に、橋本はいやな予感を感じてじりじりと体を逃がそうとする。
けれど、急所をとらえられていてはなかなか動くことはできない。
つられるように引き攣った笑顔を浮かべながら、自分を見下ろす男に目を合わせる。

「………あんまり聞きたくないけど、なにかなあ」

菊池は子供のように無邪気に答えた。
いっそ清々しいほど爽やかに。

「気持ちよくしてあげる。愛感じるだろ?」
「……できれば別の方法で、感じたいなあ、とか」
「遠慮するなよ。天国につれてってやるって」
「えーと、僕たちそういうのまだ早いっていうか」
「…………」
「…………」

一瞬の沈黙。

「うおりゃ!!」
「ち!」

自分の上に乗っていた足をひねりあげると、橋本はすかさず身を引いてよけた。
菊池は隙を突かれたことに舌打ちをして、まだ体制の整わない橋本を組みしこうと腕をとる。
橋本はその手から逃れようと全力で反抗する。

「いい加減、やられちまえよ!」
「やられるか!!」
「してあげたいって言ってるだろ!」
「してくれなくていいんだよ!!」

いつもどおり二人は、心底馬鹿馬鹿しい、けれど真剣な争いに身を投じる。
その戦いすら、実は楽しみながら。



***




それは時に自分のわがままで、けれど分かち合うこと。