それは強要するものではなく。 「おい、千夏、アサノ!俺のためになんかしろ!」 3人で開店前の浅野の店のバックヤードで、だべっていた時だった。 浅野と千夏が話していると、いきなり大人しくテレビを見ていた大輔が叫んだ。 二人はいきなりの大輔の言葉に、目をぱちぱちとしてそちらを見る。 「…何言ってんの?あんた」 「どうしたの、大ちゃん」 大輔は立ち上がると、小さな体を精一杯大きく見せるように仁王立ちする。 そして偉そうに顎をそらすと二人に指を突きつけた。 「お前らにとって俺は大事な人間だろう!俺をもっと大事にしろ!態度で示せ」 その言葉に千夏は眉間にしわを寄せた。 浅野は困ったように首をかしげて残念な子を見るような目で大輔を見上げる。 「…なんか悪いものでも食べたの?」 「アタシ、いつも大ちゃん大事にしてるじゃない」 その言葉に、大輔は地団駄を踏むように足をダンと叩きつける。 家主の浅野は下に響かないといいなあ、と思いながらも黙っておいた。 「足りない!全然足りない!」 浅野が顔を真っ赤にさせて興奮している大輔の後ろをちらりと見ると、最近よく流れている「大切な人に何かしてあげよう」といったCMが流れているのが見えた。 あれに影響されたのかしら、と思いつつ、優しく声をかけてみる。 「どうしたの、大ちゃん?」 「この前渋谷があの地味女に手作りプレゼントもらった、とか家にデート行ったとかすっげーのろけられた!ムカつく!」 その言葉に、浅野と千夏は納得したようにうなづく。 互いに視線を合わせ、千夏は軽くため息をつき、浅野は軽く苦笑した。 どうやらその出来事を、CMによって思い出してしまったらしい。 「それでうらやましくなったのね」 「かわいいわねえ」 馬鹿にしたようにいう二人に、大輔はさらにばたばたと暴れる。 高校生には見えない幼さだ。 「違う!お前らの俺を大切に思う気持ちに疑問を持っただけだ。お前らにそれを示す機会をやる!」 偉そうに仁王立ちしたまま大輔は、そう言って二人に何かを求めるように手を差し出す。 しばらく沈黙が落ちる。 最初に動いたのは千夏だった。 大きくため息をついて、席を立つ。 「付き合ってられないわ」 「あら、千夏ちゃん、いいの?」 「いいんです、浅野さんも相手にしないでください」 「うーん、でもね」 「あんまり甘やかすとあいつのためになりませんから」 くすくすと困ったように笑う浅野に、千夏は冷静に返す。 本当に店から出ようとする千夏に大輔は慌てる。 「おい、こら!千夏!待ちやがれ!」 大輔はそんな千夏を呼び止める。 けれど千夏は振り向かない。 くしゃりと悔しそうに顔をゆがめる。 浅野は思わずその顔を見て手を差し出したくなるが、千夏の意志を尊重して黙っておいた。 「う……」 二人に無視された形の大輔は、さらに泣きそうに眉をさげる。 それでも自分から追いかけるような真似は、プライドが邪魔してできない。 「こら!ばか!アサノもなんとか言え!!このおたんこなす!!ばーかばーか!」 千夏は振り向かない。 すでにドアに手をかけている。 浅野は何も言わない。 苦笑して、それでも楽しそうに様子をうかがっている。 「うー!!!こら、泣くぞ!今見捨てたら俺は泣くぞ!」 いいんだな!と千夏の後ろ姿に指を突き付ける。 すぐに泣いてやる、とそっちのほうがよほどプライドがないと思われることを言い続ける大輔に、千夏は大きくため息をついた。 「はあ………」 結局は見捨てられない自分を呪いながら、動きをとめて千夏は振り返る。 心底呆れたように、低い声で問う。 「それで、何をしてほしいのよ、あんたは」 「お前らがもっと俺を大事にすればいいんだ!」 大輔は本気で泣く寸前だった。 こいついくつだ、と思いながらも千夏はそんな大輔が馬鹿すぎて放っておけなくなる。 「大ちゃん、もっとアタシたちにかまってほしいわけね」 「そうじゃない!かまわせてやるっていってるんだ!」 「はいはい」 浅野はこの結果が分かっていたように、変わらず微笑んでいる。 その笑顔が少しだけムカついて、千夏はそちらをにらんだ。 浅野は気付いて肩をすくめる。 「馬鹿にしたようにいうな!」 「かわいいわねえ」 「かわいいって言うな!カッコイイって言え!」 戻ってきた千夏が、大輔の頭を抱え込む。 そして柔らかい茶色の髪を少々乱暴に撫でた。 いつもなら子ども扱いするなと怒りだす大輔は大人しくその腕の中におさまる。 「明日、あんたのお弁当作ってきてやるわよ」 「りんごはウサギにしろ!」 浅野はそんな二人をほほえましく眺めながら、続ける。 「今晩、高くておいしい店に食べにいきましょう」 「肉だ!」 どうしようもない小さな暴君に、千夏と浅野は二人そろってため息をついた。 その顔は、しかし笑っていた。 苦笑では、あったが。 それは強要するものではなく、自然とわき出てくるもの。 |