「いらっしゃい、鷹矢」 今日も祖母のお遣いついでに次兄の家に訪れると、同居人が迎えてくれた。 表情が乏しいので分かりづらいが、どうやら歓迎されてない訳ではないらしい。 兄がいないようなので玄関先で帰ろうとしていた俺を、やや強引なぐらいに家にあげる。 「メシ、食ってくだろ?先輩ももうすぐ帰ってくるし」 「あー、うん」 相変わらずこいつの歓迎は食なんだな。 本当になんだかおばさんくさい。 この家、何もなさすぎて居心地悪いんだよな。 何をしたらいいのか分からない。 しかし、兄とも会いたいし、少し躊躇ったが誘いをうけることにする。 「お邪魔します。ほら、頼まれてた本」 「あ、マジで。ありがとう」 ちょっと顔が緩んだ気がする。 黒幡は嬉しそうに受け取って、弾む足取りで居間に向かう。 この前来た時に話していて、俺の読んでいた本が読みたいと言う話をしていたのだ。 居間で二人、黒幡の淹れてくれたお茶を飲みながら本の話などをする。 貸した本は、最近ベストセラーとなって映画化もされた本。 黒幡はあまりこういう本は読まないということなので、俺の話を興味深そうに聞いていた。 「………何?」 話してる最中、黒幡がまたじっと俺の顔を見てくる。 居心地悪くて身じろぐと、黒幡がごめんと言ってちらりと笑う。 「鷹矢って、ホントに先輩に似てるよな」 「そう?俺より霧兄の方が似てるんだけどな」 「長男だっけ?」 「そう」 長兄の方が大分優しい顔立ちだが、二人はよく似ている。 まあ、三兄弟で全員よく似てるって言われるんだけど。 「でも、鷹矢も似てると思うけど」 「………」 憧れている峰兄に似ていると言われるのは、嬉しい。 思わず黙ってしまった照れ隠しに、俺は黒幡に聞き返す。 「お前は兄弟とかいないの?」 黒幡は視線を天井に向けて、小さく首を傾げる。 「いるようないないような」 「なんだそれ」 「あっちは多分俺のこと兄弟って思ってないだろうし」 あっさりと言われた言葉に、けれど俺はなんて答えたらいいのか分からなくなる。 なんか兄弟喧嘩とかの小さい事情ならいいけれど、重い事情だったら聞きづらい。 言葉に困った俺に、黒幡が気付いて無表情のまま謝る。 「ごめん、返しづらいな。母の再婚相手に同い年の連れ子がいて、あまり仲良くないんだ」 「あー、うん」 普通に重い事情だった。 あってまだ少ししか経ってない相手のそんなこと聞かされても、正直反応に困る。 黒幡もそれは思ったのか、話を変えてくる。 「悪い、変なこと言った。鷹矢、ちょっと手を貸してもらっていい」 「は?」 「手、見せて」 こいつ言動が唐突過ぎる。 なんだ、手相でも見るのか。 特に断る理由もないので差し出すと、それをとって黒幡はじっと俺の手を見つめる。 「なんだよ」 マッサージするように揉んだりぺたぺたと触られ、くすぐったい。 そうやら手相を見る訳ではないらしい。 「似てるけど、やっぱり違うな」 「何?峰兄の手と?」 「そう。俺、先輩の手、大好きなんだよね」 峰兄の手なんて、あんまり意識して見たことがない。 何か形とかがいいんだろうか。 「えーと、そうか」 「あの人の手、触ってるだけで欲情して勃つぐらい好きなんだよな」 「………あのさ、そういうこと言われても困る」 「あ、鷹矢には欲情しないから平気。やっぱり、あの人の手だからなんだな」 「いや、平気とか平気じゃないとかじゃなくて」 男同士で欲情とかそういう生々しい話、聞かされても困る。 二人があまりに堂々としているのであまり嫌悪感はないが、だからと言って普通にそういう話が平気って訳でもない。 まあ、俺に欲情されないっていうのはありがたいことだが。 「ただいま」 ガラガラと音がして、乱暴な足音が聞こえる。 焦って手を引く前に、足音の主はそうでかくもない家で、すぐに近づいてくる。 「俺、鷹矢のこと好きなんだけどな」 黒幡が俺の手を握ったままそんなことを言ったちょうどその瞬間に、峰兄が現れる。 その言葉を聞いて、右眉を器用に吊り上げる。 「………み、峰兄」 「おかえりなさい」 焦る俺とは裏腹に、黒幡は俺の手を握ったまま普段と変わらない様子で峰兄を見上げる。 この状況は、何もやましいところはないが、誤解されてしまうかもしれない。 次兄は、けれど予想外に怒る様子もなく、軽く肩をすくめる。 「何してんの、お前ら」 「い、いや、これは」 怒っている様子はないが、心底呆れているようだ。 何をしていると言われても、何をしているのか、俺だって分からない。 「先輩、手、貸してください」 黒幡は問いに答えることなく、俺の手を放り出すと立ったままの兄に手を差し伸べる。 兄は無表情で近づくと、その手を差し出した。 それで、初めて兄の手をまじまじと観察した。 タコと傷だらけの、武骨な手。 決して美しいとは言えない、使いこまれた手。 「好きです。先輩の手、好きです」 けれど黒幡はうっとりとした顔でその手をとってキスをする。 爪に、指に、手の平に、キスを落とす。 指を口に含まれて、峰兄が、皮肉げに喉の奥で笑う。 「この変態」 「はい、俺は変態です」 黒幡が、その手に頬を寄せて目を閉じる。 その顔は陶然として、酒に酔っているかのよう。 俺はやっぱり、この家に来るのは控えようと、そう心に誓うのだった。 |