フェティッシュ(日進月歩)



「………」

今日も美晴の家で遊んでいると、美晴がふと暗い顔をしていた。
基本的にあまり表情が動かないが、最近では感情の動きがよく分かるようになったと思っている。

「どうしたんだ?」
「え、何がだ?」

問うと、自分が沈んでいるのに気付いてなかったのか、不思議そうに顔を上げる。
俺はソファに座ってる美晴に少し近づいて、顔を見上げてもう一回聞く。

「なんか、暗い顔してる。何かあった?」
「………」

しばらく俺の顔をじっと見ていた美晴は、呼吸を4回ぐらいしてからふっと息を吐いた。
そして、さっきより更に暗い顔で、静かに口を開いた。

「僕は、最低な人間かもしれない」
「は?」
「僕は今、最低なことを考えている。そしてそんなことを考える自分に落ち込んでいる」

自己嫌悪ってことかな。
どうしたんだろう。
しかしクソがつくくらい真面目な美晴が、最低なことなんて考えるはずがない。
ずれたことなら考えるけれど。

「美晴は馬鹿なところはあるけど、最低じゃない。それは俺が知ってる」
「………だが」
「どうしたんだ?何か、俺に言えること?」

何か落ち込んでいるなら、相談に乗りたい。
美晴に暗い顔なんて、させたくない。
勿論恋人にだってプライバシーは必要だろうし、なんでもかんでも聞くって訳にも行かないだろう。
でも、出来るなら、美晴のことはなんでも知りたい。

「………」
「俺じゃ、頼りにならないかもしれないけど、でも、話聞くことなら出来る。言えることだったら、言って」
「………和志」

手を握ってそう言うと、美晴は辛そうに眉をしかめた。
すごく悩んでいるようだ。
それが辛くて、俺はもう一度手に力を込めた。
すると美晴は決心がついたようにもう一度ため息をついてから顔を上げた。

「とても、最低なことを言う。僕を軽蔑するかもしれない。けれど、僕を、嫌わないで欲しい」
「俺が美晴を嫌うなんて、あり得ない」
「ありがとう。好きだ、和志」
「俺も好き」

好きの言葉と共に軽くキスをすると、美晴の顔から少し強張りが解けた。
こんなに大好きでたまらない美晴を、どうやったら嫌いになんてなれるんだろう。

「で、どうしたんだ?」
「………僕は、和志の………」

予想外の言葉に、びっくりする。
俺のことで、何か美晴を悩ませていたのだろうか。
もしかして別れ話とかじゃないよな。
そんなの絶対嫌だぞ。

「俺?」
「ああ、君のことだ」
「ど、どうしたの?」

慌てて勢い込んで聞くと、美晴はまた少しだけ躊躇う様子を見せた。

「美晴」

もう一度俺が促すと、今度こそ美晴唇を噛み、覚悟を決めたようだ。

「僕は和志の、泣き顔が見たい」
「は?」

そしてまたしても予想外の言葉に、間抜けな声が出てしまう。
そんな俺の様子をどう思ったのか、美晴がまた眉を顰めて苦しそうな顔をする。

「すまない。君が哀しむなんて、絶対に嫌だ。君が傷つけられるなんて考えたくもない。君の泣き顔なんて見たくない」

うん、まあ、俺も美晴の哀しい顔は見たくない。
出来れば笑っていてほしい。
けれど美晴はそこで、視線を少しだけ逸らした。

「そう思っていた。けれどこの前、君が泣いた、その時のことが忘れられない」
「え、と」

この前って、この前のあれか。
こいつの前で泣いたのなんて何度もあるけど、多分こいつが言っているのはあの時のことだろう。
初めて美晴と相互オナニーみたいなことをした、あの時のことだろう。
顔に血が上ってきて、熱くなってくる。
けれど美晴は相変わらず暗い顔のままだ。

「あれから、君の泣き顔が見たくてたまらない。君に泣いて欲しいとさえ、思う。君の泣き顔を思い出して自慰行為までしてしまった」

そこでようやく顔をあげて、俺の目をじっと見てくる。
ぎゅっと握ってくる手には、悲壮で必死な感情を感じた。

「僕は、最低な人間だ。軽蔑しただろうか」
「………いや、あの」
「すまない、和志」

俺はなんと言ったらいいのか、分からなかった。
言えたことは、ただ一つだった。

「………とりあえず、お前は本当に馬鹿だ」
「僕を嫌いになっただろうか?」

何よりも馬鹿なのは、そんなお前の言葉に、やっぱりお前が大好きだなんて思ってる俺だと思う。