経験値の差なんて、今更気にしても仕方ないけど。


やきもち((異)情事)



今日も菊池の家でだべっていると、軽快に着メロを鳴らす菊池の携帯。
橋本に軽く手で断って、菊池は通話ボタンを押す。

「あ、もしもし」

声がいつもより少しだけ柔らかくて優しく、相手が女だと橋本はすぐに気付く。

「うん。うん、うん。分かった」

しばらく話してから、菊池は通話を切ってベッドに携帯を放り出す。
それを見て、橋本は不機嫌そうに聞いた。

「………女?」
「元カノ」
「………」

あっさりと答える菊池に、橋本はますます不機嫌そうに口を尖らせて黙りこんだ。
菊池が嬉しそうに声を弾ませて、そんな橋本の顔を覗き込む。

「何?」

本人は冷静なつもりかもしれないが、緩む頬と下がる眉で明らかに機嫌がいいと分かる。
橋本は自分の足元を見ながらぼそっと言った。

「ムカつく」
「へえ。なんで」

ますます浮き浮きとした声で聞く菊池に気付かず、橋本は隣の菊池を見て眉を吊り上げた。

「やっぱ、お前だけ女経験してるってずるくね!?俺だって女とやりたかった!」
「そっちかよ!」

思わず全力でつっこむ菊池。
そしてその後大きくため息をついて、肩を落とした。
橋本が不思議そうに首を傾げる。

「なんだよ」
「いや、いい。なんでもない」

そうはいいながら、橋本から視線を逸らしてため息をつく菊池は何かあったとしか思えない。
急な機嫌の急降下に、橋本が目を丸くする。

「何不機嫌になってんの?」
「お前には心底がっかりだよ。先生がっかり。本当にがっかり。がっかり度急上昇」
「なんかものすげームカつくぞ、それ!」

ふっともう一度ため息をつくと、菊池がちらりと橋本に視線を送る。
そしてつまらそうに、言った。

「童貞なら俺が捨てさせてやるって言ってんだろ」
「まあ、そりゃ、捨てさせてもらうけどさ」

橋本がやっぱり悔しそうに口を尖らせる。

「でもこれから先一生お前しか知らないって思うと、やっぱなんかズルイよなあ。お前は他の女知ってんのに」
「………」

拗ねたような言葉に、菊池が一瞬黙り込む。
そしてその後、いきなり橋本の肩を抱いた。

「ははっ」
「うわ!」

急に引き寄せられてバランスを崩し、橋本は腕をひねる。

「なんだよ!」
「いいんだよ」
「何が!?」

橋本の抗議にけれど菊池は全く気にすることなく、上機嫌に珍しくにこにこと笑う。
要領を得ない菊池の言葉に橋本が噛みつくと、菊池はその頬に軽くキスを落とした。

「一穴一本主義で行こうぜ。俺もこれからは清く生きるからさ」

いまだに菊池の上機嫌の理由が分からない橋本は、菊池のテンションに目を白黒させる。
そんな橋本を菊池が強く抱きしめ、耳元で弾む声で囁く。

「お前はこれまでも、これから先も俺しか知らねえの」

その言葉に自分が何を言ったのかようやく気付いた橋本は顔を真っ赤にした。

経験値の差なんて、今更気にしても仕方ないから。
これからの経験はずっと二人一緒に。