ゆったりと温泉の露天風呂につかりながら、お盆に乗せた冷酒を浮かべる。 雪見風呂ならなお最高。 「ふっはー」 貸切露天風呂は誰もいなくて、雪景色も冷酒も一人占め。 ゆったりと脳内を侵すアルコールと程良い熱さのお湯に身を委ねる。 のぼせるかもと少し思うが、雪化粧をした山合いを抜けてくる冷たい風が火照った体を冷まし、いつまででも入っていられそう。 フルーティーな香りの大吟醸は、鼻を抜けて芳しい。 さらりと爽やかな味わいは少し物足りなくも感じるが、お風呂に浸かっている今はちょうどいい。 「ああ、幸せ」 お風呂を上がったら喉も渇いたし、生ビールで一杯やろう。 夕ご飯は旅館の懐石。 ご飯食べ終わったらまた一風呂浴びて、少ししたらエステをするの。 身も心も癒される極楽。 働く女のちょっとした自分へのご褒美。 たまにはこれくらいやらないとやってられないっていうの。 「部長もいない、課長もいない、ムカツク後輩も、イラつく営業もいない」 何もかもから解放されて、ただ一人。 誰かと一緒にいるものもいいけれど、たまには一人旅だっていい。 少し寂しくも感じるけれど、会話の煩わしさも一緒にいる鬱陶しさもない。 「んー」 そしてまたお猪口から冷酒を一口。 氷を張った桶に入れられた冷酒はいつまでも冷たく喉を通りぬけていく。 この旅行が終わったら、頑張ろう。 色々なことを頑張ろう。 「でも、今は休憩」 誰もいない広い湯船で足をバタバタと動かす。 どうせ誰も見ちゃいない。 なんならバタフライぐらいやっちゃおうかしら。 「あー、もー、幸せ!」 「何がだ?」 そして起きて目に入ったのは、最近見慣れたブラウンの目。 この人、誰だったっけ。 ていうか。 『………冷酒は、温泉は、エステは、旅館のご飯は?』 「セツコ?」 ゆっくりと体を起こすと、体が軋んで痛い。 どうやら椅子に腰かけたまま寝ていたようだ。 つっぷしていたのは、木製の簡素な造りの机。 手にしていたのは陶製のグラス。 入っているのは、いまだに材料がよく分からないブランデー。 「………」 自然にため息が漏れ出る。 「セツコ?」 不思議そうに首を傾げる、馬鹿王。 ああ、いっそ、目覚めたくなかった。 『夢オチかよ、ふざけんな!』 ああ、あんな幸せな夢、見ない方がよかった。 見てしまったから、余計に辛い。 ビールに冷酒に温泉にエステ。 思い返せば思い返すほどに。 しあわせでしあわせでしあわせで。 現実が辛い。 |