「ホテルというのは高校生だけでは早いだろうか」
「別に二人で山とで一泊したじゃん。変わらなくない?」

僕がソファでノートPCを弄っていると、背中あわせに後ろで英単語を繰っていた和志がぼんやりと答える。

「そういえばそうか。それならやはりホテルは今から押さえておいたほうがいいな」

そこで背中から優しい温もりが離れ、その代わり肩に手が置かれる。
僕の肩越しに和志がPCを覗き込む気配がする。

「なんの話?」

見ていたPCを指さし、僕も和志を振り返る。
最近聡さんが和志の髪型やまゆ毛などを弄り始めたせいか、ますます精悍さを増してきた気がする。
大人びた和志になぜか少し寂しく、けれど恋人として嬉しく誇らしくもある。

「クリスマスだ。一般的に恋人同士とはイルミネーションを見て歩き、少し贅沢な夕食を取り、最後にホテルに泊まるのだろう?」
「………まだ夏休み終わったところだよな?」
「ホテルは今から押さえないと取れないようだ。去年はまだ恋人同士というのがよく分からなかったので、準備が足りなかった。今年は念入りに準備をしたいと思っていた」

去年は和志がクッキーを作ってくれた。
そして僕のプレゼントもとても喜んでくれた。
去年のクリスマスもとても温かく、そして嬉しいものだった。
今年はそれ以上のものにしたい。

「へへ。ありがと。でも去年も俺はすごく嬉しかった!」

和志も思い出したのか、ぎゅっと首に抱きついてくる。
素直な感情の発露が、とても好ましい。
僕の頬に一つキスを落とし、それから首を傾げる。

「でも、そっか。リッチなメシにホテルかあ」
「このプランは嫌だろうか?」
「ううん。美晴とするならなんだって楽しいけどさ」
「僕もだ」

彼と一緒ならなんだって楽しい。
一緒にいるだけで、満たされる。

「でも、そういうカチカチなものじゃなくてもいいんじゃないかなあ。あ、でもイルミネーションは見たいかも。俺そういうの見たことないんだよな。美晴と見るなら楽しそう。お前は見たことある?」
「ああ、聡さんと毎年見に行ったな」
「………あのおっさんかよ」

途端に、和志の声が低くなった。
付き合いが長くなっても、二人は顔を合わせれば言い争いばかりしている。
でも、それが二人のコミュニケーションのようで、実は仲がいいのではないかと思う。
丁々発止をしている二人に少し放っておかれているようで嫉妬してしまうほどだ。

「決めた、見る!イルミネーションを見る!俺は見る!お前と一緒に見る!」
「そうか。和志が見たいならそうしよう」

和志ががばっとソファに立ちあがり、仁王立ちで決意表明をする。
そんなにイルミネーションが見たかったのか。
僕も楽しみだ。

「お前、一昨年まではどうしてたの?」
「聡さんがパーティーに連れて行ってくれたりしたな。聡さんが忙しい時は普段通り過ごしていた」
「家ではやらないの?」
「皆、それぞれで過ごしていたようだ」
「………そっか」

祖母や両親は仕事関連のパーティー、兄は友人と、千秋は両親のパーティーや友人など、忙しく飛び回っているようだ。
僕は和志と出会うまで、クリスマスにそれほど価値を見いだせなかった。
だが、今ならなぜこんなにも世間が浮かれるのかが分かる。
賑やかな街を二人で歩くことを想像するだけで、心が沸き立つ。

「じゃあ、今年は美晴の家でやるのもいいかもな」

ソファの上に立っていた和志が、ニッと笑って僕の顔を覗き込んでくる。
悪戯を思いついたような子供のような笑顔に、胸がくすぐったくなる。

「僕の家で?かまわないが」
「うん、後で千秋ちゃんに聞いてみようか。もしかしたら彼氏いるかもだけどさ。もしよかったら、一緒にって」

千秋に彼氏か。
まだ早いような気がするが、恋は素敵だ。
止められるものではないということは、よく知っている。
少し寂しいが、それも仕方ない。
確かに恋人がいるなら一緒に過ごしたいだろう。

「千秋も呼ぶのか?」
「うん。暇ならな。あ、そっか。別にクリスマス当日じゃなくてもいいよな。あ、そんでお兄さんも。後、すごい忙しいだろうけど、ご両親も。………ものすごい譲歩してあのおっさんも呼んでやってもいい」

和志は渋面をして、それでも指折り数えて聡さんを数にいれる。
僕の家というのは、場所を指す訳ではなく人を指していたのか。
なぜ、僕の家族と共に過ごすのだろう。

「二人きりじゃないのか?クリスマスは、恋人と二人で過ごすものなのだろう?僕は君と二人で過ごしたいと思った」
「………」

和志は虚をつかれたように、ぱちぱちと瞬きする。
それから一瞬で満面の笑顔になり、僕の手からノートPCをとりあげ、足に座りこむ。
今度は前から抱きついてきて、ちゅっと音を立ててキスをする。

「俺も一緒に過ごしたい!もう大好き美晴!」
「僕も大好きだ」

お返しにキスを返すと、和志がもう一度キスをしてくる。
何度もそう繰り返していると、彼の体に触れたくなってくる。
頭が熱に浮かされてくる。
手を彼の服に伸ばそうとした時、がばりと和志が身を起こした。

「でも、今年ぐらいは美晴の家族に譲ろう!」
「なぜ?」

和志の熱が離れていったことに落胆して、声が拗ねた子供のようだったのが、自分でも驚く。
そんな僕には気付かず、和志はにこにこと笑っている。
こんな笑顔を見せられたら、落胆なんて霧散してしまうのだけれど。

「だって、もうすぐ俺たちも大人だろ。そしたら家族といれる時間なんて後少しだ」
「そうだな」
「クリスマスだって早々一緒に過ごせなくなる」

そうか。
僕はもうすぐ大学に上がる。
大学は家から通うと思うが、その後は家を出るだろう。
後、長くても6年もしたら、この家からは離れるのか。
そう考えると、じんわりとした寂寥が胸に滲んだ。
人は出会い、別れる。
いつかは、離れていかなければいけない。
わかってはいるが、辛いことだ。

「でも、俺たちはずっとずっと一緒だろ?」

胸の痛みをこらえていると、和志は明るく笑う。
そして当然のように言う。

「これからも毎年クリスマスを一緒に過ごすんだからさ」

胸が温かさと切なさと喜びでいっぱいになる。
ああ、だから僕は、彼が愛しくて仕方ないんだ。
まっすぐに感情をぶつけ、僕たちの未来を信じてくれる彼が。

「そうだな。僕たちはずっと一緒だ」

未来を思い浮かべ、感情の赴くまま、思い切り目の前の体を抱きしめた。






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