それは約束通り一緒に映画などみて、食事をしている最中だった。
私は和食が好きだが、意外なことにジャンクなものが好きな野口に付き合ってハンバーガーを食べていた。
なんかこいつは草とか食ってそうなイメージだったんだが。

「あ、そうだ、返事は?」
「え?」
「俺の告白の返事」
「………あ、覚えてたのか」

つい3日前ほどの話を掘り返される。
正直何とも答え辛くて、そのままフェードアウトできるならしたいなあ、と黙っていた。
ち、ついに来たか。
野口は薄い肩をすくめて、ポテトを一口食べる。

「そりゃ覚えてるでしょ。ひどいな。人の気持ちを忘れるなんて」
「いや、覚えてるけどさ」

そりゃ覚えてる。
あんな独創的な告白、忘れようったって忘れられない。
しかし、あれきり返事の催促もされなかったのでてっきりやっぱり冗談だったのかと思っていたのだ。
冗談だったら冗談で、それはちょっと寂しいなあ、とか思ったり思わなかったり。
だってやっぱり、告白されるのは、嬉しい。
それが、間違いじゃないなら、嬉しい。
私という人間を認められてるようで、気恥ずかしいが、嬉しい。
別に野口だからという訳じゃない。
断じて。

「で、返事は?」
「……うーん」
「あ、迷ってるんだ」

相変わらず感情の見えない眼鏡の男は、意外そうにそんなこと言った。
それにしても、普通こういう場面てもっと甘酸っぱいものじゃないだろうか。
なんだろう、この事務的な雰囲気。
まあ、そういう経験が多くないっていうか皆無に近いのでこういうものなのかもしれないが。

「まあ、一応」
「へえ、脈あるんだ」
「なんだ、その反応」

野口が心底意外そうに眉をあげるから、私はつい低い声が出る。
やっぱり冗談だったとか言うつもりか。

「いや、速攻でふられるのかと思ってたから」
「………そっちのがいい?」

なんだそれ。
反応を期待されたりしていないのか。
それはそれで腹が立つ。
しかし、眼鏡の男は緩く首をふる。

「いや、出来れば受けてくれると嬉しい」
「へえ、嬉しんだ」
「そりゃ、あんたのこと好きだし」
「3番目にな」
「うん」

ああ、何度聞いてもムカつくな、これ。
でも、それが野口らしい上にリアリティがあるせいで、言葉は信じられる。
彼みたいに、嘘じゃないと、信じられる。
嘘はもういい。
嘘は、いらない。

浮かんできた暗い考えを頭をふって振り払う。
もうふっ切ったのだ。
考えない考えない。
前向きに前向きに。
そして、最近ずっと考えていたことを野口に告げた。

「今のままでもさ」
「うん?」
「付き合ってみたいなものじゃん。一緒に帰ってご飯食べて、遊びに行って」
「うん」
「じゃあ、別にわざわざ付き合う云々言わなくてもいいんじゃないかなあ、とか」

大変逃げ腰な、私らしくない答え。
しかし最近分かったのだが、私は思ったより迷いがいっぱいでぐじぐじするタイプみたいだから、ある意味私らしいのかもしれない。

野口との関係は、まあ、そこそこ気に入っている。
気を使わなくていい。
以前のような野口に対する敵対心も嫌悪感もない。
とても楽で落ち着いて、楽しい。
しかし私の答えに、表情を変えないまま野口はさらっととんでもないことを言った。

「キスとかセックスとか含む付き合いがしたいんだけど」
「言うな!生々しい!!!」

いつものように軽く殴りつける。
真昼間のファストフード店で、何を言い出すんだこの男は。
しかし、視線を集めたのは私の大声だった。
顔が赤くなって、俯いてウーロン茶を飲む。

にしても、本気で言ってるのか。
冗談では、ないのか。

「……もし断ったら、こんな風に遊びにいくのもなし?」
「うーん、まあ多少ぎこちなくなるか、なあ。どうだろ」

野口は自分でも疑問そうに逆にこちらに聞いてくる。
そんなん知るか。
しかし、正直野口と疎遠になるのは、嫌だ。
言わないけど。

一応、今の野口は藤原君とは元通りの仲だ。
けれど、あれは最初から諦めていた恋だ。
私と一緒で。
だから、仲良くできる。
ちなみに藤原君はあのキスのことなど忘れ去っているらしい。
ただの仕返しと思ったようだ。
本当に空気が読めない幸せな男だ。

「自信はないけど、ギクシャクするかもな」
「………だよねえ。まあ、とりあえず付き合ってみるのも、ありかな、とか思ったり」
「とりあえずねえ」
「何、不満?」

野口は自分のコーラを啜ると、天井を見るように視線を上にする。
不満だと言われても、野口とキスやえっちが出来るかと言えば、それはちょっと考えられない。
ていうかこの男がいまだにそんな生々しいことをするのが想像できない。
野口は、再び視線を戻すと、相変わらず無表情にとんでもないことを言う。

「不満ていうか、俺手が早いよ?」
「え」
「付き合うって言ったら、速攻で手を出すよ?」

こいつは、涼しい顔をして本当に言うことがとんでもない。
私はみるみる自分の顔を熱くなっていくのを感じる。

「………さ、最低」
「そりゃそうでしょ。男だもん。好きな奴がいたらキスしたい、触りたい、舐めたい、飲みたい、いれ」

そこで私は我慢できずにもう一度顔を殴りつけた。
飲みたいって何を、とつっこみたかったが、聞いたら聞いたでそれこそとんでもない言葉が返ってきそうなので聞かないでおく。
ていうか聞けるか。

「このケダモノ!!!」
「った!」
「お前、初心者相手に何しようとしてやがる!」
「そんなこと言われてもなあ」
「やっぱ保留!まだ保留!まだまだ保留!!!」

性欲なんて持ち合わせていなさそうな男のくせに、なんだこの変態男は。
一歩許したら、すぐに踏み込んでくる気がする。
だめだ、想像デットゾーンだ。
ただでさえ恋愛初心者。
こんなディープな奴、相手できるか。
ていうかやっぱり断っておいた方がよくないか。
野口は殴られた頬を押さえながら軽く肩をすくめた。

「まあ、いいけどね。手は早いけど気は長いし」
「出来ればその忍耐を持ち続けてくれ」
「でも、鳴くまで待とうってタイプでもないから」
「………殺すなよ」
「鳴かせるのと殺すのの中間くらいかなあ」

私はハンバーガーを食べて、聞かなかったことにする。
やっぱり恐ろしすぎる。
野口は、恐ろしい男だ。
俯いて黙り込む私に、野口がポテトを差し出す。

「ほら、三田」
「ん?」

なんのつもりだ。
こんな甘ったるいことをされると、座りどころが悪いようにむずむずとする。
しかし放置しておくわけにもいかず、私はしぶしぶそれに齧りついた。

野口がちらりと笑う。
いつもの嫌みな人の神経を逆なでる笑顔。

私はその顔を見ながら、むずむずとした心を押さえつけてもう一口齧ろうと口を開く。
その瞬間、ポテトと共に野口の親指が突っ込まれた。

「ぅん!?」

びっくりする私に、野口は私の舌と唇をなぞるとすぐにポテトを置いて指を引いた。
そして薄く笑うと、自分の親指に口づけた。

ぞくりと、背筋に寒気が走る。
顔が熱くなって、すぐに言葉ができない。

「ごちそうさま」
「………お前っ、エロすぎる!!!」
「だって男の子だもん」

やっぱり、野良犬と野良猫。
種族が違うと、付き合っていくのは、大変な気がした。





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