そして。 色々すったもんだあったが、今は割と平和に暮らしている。 美香と藤原君は、しばらくぎこちなくしていた。 しかしそのうち、私の顔を窺うようにして付き合い始めた。 くっつけくっつけ。 ああ、鬱陶しい。 私はいまだに美香と親友だし、藤原君とも友達だ。 恋愛でぐちゃぐちゃになったら、人間関係など壊れるものだと思っていた。 あの二人が付き合い始めなんかしたら、絶対絶縁すると思っていた。 しかしまあ、なんとなくうまくやっている。 人間て、結構打たれ強いもんだ。 時の流れってのは、何にも勝る良薬。 そもそも、最初から私だけが異物だったせいもあるだろうが。 最初から、どこか諦めていたから。 頑張ろうって思っても、それでもやっぱりどこかで諦めていた。 だから、回復も早いのかもしれない。 結局、二人がくっついてくれて、よかったと思ってる。 もう、二人を見ていて、苦しくはならない。 複雑な気持ちにはなるけれど、普通に接することができる。 あんな男に、私はもったない。 物欲しそうに見ている女に、熨斗付けてくれてやる。 藤原君には時々のろけられたりもする。 離れてみてわかったことだが、あの人は空気が読めない。 本当に読めない。 普通別れた女に今カノの話なんてするか。 あの馬鹿。 優柔不断で要領が悪く頼りない。 別れたとたんにボロクソだが、冷静になるとよく見えるものだ。 奴はへたれだ。 だからこそ私とずるずる付き合うようなこともしていたのだろうが。 正直美香を任せていいのか悩む時もある。 でも、やっぱり優しい。 とても優しい。 どこまでも優しい。 だから、しばらくはどうしても胸が痛んだ。 今はもう、笑って彼をへたれだと言い切ることができるようになったが。 ほろ苦い青春の一ページに収めることができるようになった。 ちょっと苦すぎたが。 美香とは、あれ以来しばらく疎遠になっていた。 何か言いたげにこちらをちらちら見ていたが、私は見えないふりをしていた。 意地もあった。 確かに意地もあったけれど、何よりも怖かったから。 正直、怖かった。 こちらから話しかけて、拒絶されるのが、怖かったから。 あの人がよく優しい女の子に、嫌悪感に満ちた目で見られるなんて、考えただけで凍りつく。 まるで世界で一番の悪者になったような気分になるだろう。 だからしばらく、私は何気ないふりをしながらも、美香を避けていた。 だが、藤原君が何かを言ったのか、しばらくして美香の方から話しかけてきた。 『あ、あの、由紀』 『ん?何?』 『あ、えっと、その………』 逡巡して、顔を青くして、赤くして、くしゃりと泣きそうに顔を歪める。 今にも泣きだして逃げ出しそうだ。 馬鹿馬鹿しくなってくる。 一人で盛り上がってどうするんだ。 私はもう、あんなこと気にしてない。 気にしてるのは、あんたに嫌われてないかどうか。 それだけだ。 それに、美香が泣いたり謝ったりすることではない。 むしろ本当は私が謝らなきゃいけないことだ。 まあ、だが謝る気はない。 一発多く殴られたし。 『美香』 『な、何!?』 みっともなく裏返って、甲高い声をあげる。 ああ、そんなところもかわいい。 ずるいな。 そして、勇気を出して私に話しかけてくれるその性格のよさも、ずるい。 本当に完璧な血統書つきの女。 だからこそ、大好きで憧れる。 『今日ドラックストアにコスメ見に行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?』 だから、私はこう言った。 勇気を出してくれた、大好きな彼女のために。 美香は一瞬驚いたように眼を丸くする。 そしてすぐに笑った。 綺麗で眩しいぐらいの、うれしそうな笑顔。 目を細めた瞬間、美香の目から水の粒がこぼれおちる。 そして大きく頷いた。 それ以来、私たちはそれまでのように仲良くなった。 むしろそれ以上に仲良くなったかもしれない。 だいぶフランクな付き合いになった。 というか遠慮がなくなった。 ケンカが増えた。 たまに言ってはいけない言葉の応酬で、決裂スレスレまでいったりする。 あの子はすぐに手がでる。 そして結構きつかったりする。 でも美人だからそこも魅力的だったりする。 本当に不公平だ。 でも優しい。 やっぱり優しくて善良で、綺麗。 すごくいい奴。 だから、二人はとてもお似合い。 悔しいけど、お似合い。 血統書つきは血統書同士、とてもお似合い。 見ている方が微笑ましいような、善良で穏やかでお綺麗なカップル。 勝手にしてくれ。 私はといえば、藤原君と付き合い始めて知った女の努力を続けている。 元が元だから一定以上にはどうにもならないが、大分マシになった。 肌もつやつやしてるし、髪も綺麗。 化粧は相変わらずうまくないが、痩せて服が結構似合うようになった。 女って痩せて化粧すれば結構ごまかせるものだ。 まだまだ美香には遠く及ばないが、それなりそこそこだ。 そして。 「今度の日曜映画見に行こう」 「あんたの見る映画ってマニアすぎて分かんないんだけど」 「おごるよ」 「行く」 野口といまだになんとなくつるんでる。 演技をしはじめたはいいけど、離れるきっかけを見失ってしまった。 あの一件でしばらく友達も減ってしまったし。 今は美香がどういう説明をしたんだが知らないが、元通りになっているが。 しかししばらくは一人だったので、なんとなく野口と一緒にいた。 そして特に好きな人もまだできてないので、そのままにしてる。 周りには公認のカップルと思われてたりする。 大変不快。 「なあ、三田」 「あ?」 お互い向いあって、それぞれ手にした雑誌を見ている。 こいつといるのは気を使わない。 特に会話がなくても、別々のことをしていても、気にならない。 自分を取り繕わなくていい。 だって私はこいつが好きではない。 なのでどう思われても問題ない。 それに、こいつは私がどんなみっともない行動をしても、あの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて愉しむだけだろう。 こいつには喜怒哀楽の、喜と楽しかないようだ。 だから、正直、落ち着く。 「俺達付き合わない?」 「付き合ってるふりしてるじゃん」 私は新作コスメに気を囚われて、話し半分に受け流す。 本当に変わったものだ。 この私が少女向け雑誌を買って読んでいるとは。 そうしている間にも、野口は続ける。 「いや、本当に」 「本当にって?」 「キスとかセックスとか込みで」 「…………は?」 なんだか聞き流せない単語が出てきて、私は思わず顔をあげた。 野口は相変わらず唇の端だけを歪める性格の悪さがにじみ出る笑い方をしながらまっすぐに私を見ていた。 これはこいつの面白くともなんともない冗談なのか。 私は眼を細めて、睨みつける。 「何言ってんの?」 「告白」 「………あんた、私のこと好きなの?」 「そこそこ」 別にこいつから告白されても藤原君の時のようにときめいたり、浮かれたりははしない。 が、そこそこと言われるのは腹が立つ。 私がむっとしたのが分かったのか、野口が小首を傾げる。 「前に付き合った奴に言われたんだよね。お前は一番好きなものからは遠くにいた方がいいって。愛が重すぎるらしい。俺もまあ、そう思う」 「で?」 「だから、3番目ぐらいに好きなあんたにしておこうかと思って」 とりあえず、殴った。 地味だけど整った眼鏡顔の頭を手加減なしにはたく。 相変わらず腹が立つ奴だ。 「ふざけんな」 「痛いな。相変わらず乱暴な女だな」 「その告白で頷く女が見てみたい」 「あんたが頷けばいいじゃないか」 これは、もしやかわかわれているんだろうか。 確かにこいつは性格が悪いが、よりによってこんな冗談を言うほど根性ねじ曲がってもいないはずだ。 いや、ねじ曲がっているか。 でも、こんな面倒な嘘はつかないはずだ。 「………3番目に好きって言われて、ときめく女がいると思うか」 「俺あんまり人を好きにならないから、レアだぜ?」 「何人中3位だよ」 「えーと、そうだな………17、8人ぐらいか?」 「1位は?藤原君?」 「いや、もうあいつはランク落ちした。ふっきったし。1位2位は現在空位。あんたが暫定1位だな」 「じゃあ、1位でいいじゃん」 「いや、1位に据えるほど好きでもない」 「…………」 なんと言ったものか。 私は喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、スルーするべきなのか。 感情の判断に困る。 しかし、どうやら冗談をいっている訳ではないようだ。 「どう?あんたぐらいの好きなら、俺大事にできると思うんだよな。俺好きな奴っていじめたくなるタイプだからさ」 「そういやそうだな。あんた気に入ってる人間ほどいじるよね。1位はだめなの?」 「1位だと、愛が重すぎて不幸にする可能性が高い」 「どんな愛だよ」 「手足をもいで目と喉潰して拉致監禁したいような愛」 「………ドン引きだわ」 「だろ。だからあんたがぐらいがちょうどいい」 さて、私はまた悩むことになる。 野口と付き合うなんてまっぴらごめんと即答しようかとも思った。 こいつを好きでもなんでもない。 信じられないぐらいムードもなにもない告白。 最低だ。 女心を少しも分かっていない。 でも、このだらけた気を使わない空気を、私も気に入ってはいた。 それに、野良犬と野良猫。 それなら、雑種の野良同士、なんとなく上手くいくんじゃないだろうか。 |