三人で座りこんでいると、セクシーな水着を着た美女が手を振りながら近寄ってきた。 「お昼御飯たべよー」 気がつけばもう、お昼のようだ。 結局まだ海に入ってもいない。 何しに来たんだろう、私。 そのまま野口を拾って、海の家に移動。 すごい混んでたけど、海の家も沢山出てたからなんとか6人で座れるところに潜りこんだ。 野口は相変わらずこのクソ暑いのに涼しい顔のまま。 さっきのことなんて何もなかったかのようだ。 本当にムカつく奴。 ジュースと具の少ない焼きそばでお昼ご飯。 そういえば朝もロクに食べれなかったから、お腹が空いた。 こういうところで食べるのって、お祭りで食べるのと同じぐらいまずいんだけど、おいしく感じるんだよね。 「ねえねえ、美香ちゃんは敬太君といつから付き合い始めたの?」 「絵理さん!」 「いいじゃないの、これくらい、ねえ?」 会話の合間に、絵理さんが興味津々と言う顔で美香に尋ねる。 藤原君の抗議も届かず、更に追及する絵理さんに美香はちょっと困ったように笑う。 「6月の半ばぐらいです。まだ一月ちょっと」 藤原君は居心地が悪そうに視線がさまよってる。 私の方をちらちらと見て、しょんぼりとしている。 これは私に申し訳ないと思っているのか、美香に申し訳ないと思っているのか。 少しは私に申し訳ないと思っていてくれると、いいな。 もう気にしてほしくなんてないけど、完全に忘れられたらそれはそれでムカつく。 それに、寂しくて、悲しい。 あの時は、真剣に彼が好きだったんだから。 今はもう、友達の彼氏として、見ているけれど。 「おお、初々しいねえ。どっちが好きって言ったの?」 「う、んと………、藤原君かな。私も藤原君の優しい所、好きだったんです」 「敬太君、優しいよね。お兄ちゃんとは大違い」 「あはは、絵理さんはお兄さんといつから付き合い始めたんですか?」 美香がさりげなく話を逸らす。 よかった、経緯とか聞かれ始めたら、私も落ち着かない。 すると絵理さんは照れもせずに大人の余裕で答えた。 「私、私はね、もう1年くらいかなあ。大学2年の始めだから、うわ、1年以上か。よく続いてるね。ね?」 「それで俺にふるなよ。俺の努力のおかげだな」 「私の努力でしょ」 じゃれあう二人は、1年以上付き合ってきた絆、みたいのを感じる。 ああ、いいなあ。 なんか微笑ましい。 美男美女のお似合いカップル。 美香と藤原君とは違って、素直に祝福できる。 「由紀ちゃんは?」 「え!?」 急に話をふられて、部外者を気どっていた私は驚いて飛び上がる。 コーラを噴き出してしまいそうだった。 「野口君と、由紀ちゃん」 「あ、えっと、えと………」 助けを求めるように目の前に座っている野口に視線を向けると、底意地悪そうににやにやと笑っていた。 私がどういう反応をするのか楽しんでいるんだろう。 くそ。 「えっと」 「うんうん」 絵理さんの期待に満ちた目に責められる。 彼氏でもなんでもない、こいつなんてだいっきらい。 当然、そう答えようとした。 けれどもう一度目の前に視線を送って、その薄ら笑いがとても気に障った。 この冷たい人でなしを、慌てさせたかった。 「今日からです」 「へ?」 だから、私はそう答えた。 絵理さんが呆けたような声をあげて目をまんまるにする。 「今日、さっきから。こいつがどーしても私と付き合ってほしいっていうから、仕方なく付き合い始めたんです」 「え、え、ええ!?」 言いきって、一つ息をつく。 そして、向かいの眼鏡に視線を合わせて出来るだけ満面の笑顔を作る。 「ねえ、野口?」 野口は珍しく目を見開いていた。 口を薄く開いて、ポカンとした間抜けな顔。 うまくいった。 こいつのこんな顔を見れただけでも、十分だ。 「………」 絵理さんと英行さんは驚いて目をパチパチとさせながら私たちを見ている。 美香と藤原君も、心配そうに私たちを見ている。 野口は、相変わらず驚いて細い目を大きく開いている。 「………」 心臓がバクバクと強く波打っている。 平静な顔をしているつもりだけど、顔が熱い。 野口には気づかれているだろうか。 こいつが本当に冗談で言ってたのだとしたら、私はとんだ大恥だ。 自分で言っておいて、逃げ出してしまいたいほど、恥ずかしくて、辛い。 まあ、ふられたら、それまでのことだ。 こいつを一発ぶん殴ってそれで終わり。 いいさ、どうせ玉砕するなら、これぐらいの方がすっきりする。 泣いたら慰めてくれる友達もいる。 「ぶは」 けれど、聞こえてきたのはそんな小さな声。 一回こらえたようとしたのか口を抑える。 しかしその努力もむなしく、野口は盛大に笑いだした。 「あっはははは、はは、はははは」 今度は驚いたのはこっちの方だ。 こいつが、こんな風に笑うところを見たのは、初めてだ。 いつもはにやにやか、くすくすか、性格悪そうな薄笑いを浮かべるだけ。 それが今は、大声で笑っている。 どこか平坦な、無理矢理笑っているような、渇いた笑い。 でも、口を大きく開けて、楽しそうに体を震わせている。 「はははは」 苦しそうに胸を上下して、笑う。 途中で我に返って藤原君に視線を送ると、彼も目を丸くしていた。 そうか、これは、彼にとっても初めてのことなのか。 「はは、あっは」 そこで一旦笑うの止めて、眼鏡を取って目尻にうかんだ涙を拭う。 また眼鏡をかけ直して、絵理さんに答える。 「ええ、そうです。さっきから付き合い始めたんです。俺が土下座して頼んだんです。どうしても付き合ってくれって」 野口は私に視線を戻す。 そしていつものようににやりと笑った。 「な、三田?」 「そう、だから仕方なく付き合ってやるんです」 「はい、ありがとうございます」 内心驚きと安心と、なんかよく分からない感情でいっぱいになるけど、それを押し隠して偉そうに言ってやる。 野口は真面目な顔で頭を下げた。 「そ、そうなの?」 「なんか変な子達だねえ」 絵理さんは混乱した様子で、きょろきょろと私と野口を交互に見る。 英行さんはどこか呆れたような表情で、首を傾げた。 美香はどこか複雑そうに、苦笑いしていた。 藤原君は、不思議そうに目をパチパチと瞬かせていた。 野口は楽しそうに笑っていた。 「家の前まで送っていくのに」 家に近い交差点で、私と野口は降ろしてもらった。 渋滞に巻き込まれたこともあって、辺りはすっかり真っ暗だ。 野口の家はもう少し先だが、一緒に降りるといって二人で降りた。 「いえ、ここで大丈夫です」 「ほら、気をきかせてよ。付き合い始めた二人なんだから、二人で歩きたいんだよ」 「ああ、そっかそか」 心得顔の絵理さんの言葉に、顔が熱くなる。 でも下手に言い訳すると余計にからかわれそうだから、黙って置いた。 最後に美香と藤原君にも手をふって、頭を下げてミニバンを見送った。 「………」 「………」 賑やかな人達がいなくなって、急に辺りが静まり返る。 午後は妙なハイテンションと周りに人がいたせいで、特に何も思わず過ごせた。 けれど二人きりにされると、何を話したらいいか分からない。 自分の言動が急に思い出されて恥ずかしい。 「………帰ろうか」 「そうだね」 顔を見ないようにして、先に歩きだす。 後ろから野口が付いてくる気配がした。 午後は沢山泳いで、ビーチバレーなんてしてしまったから体がだるい。 車の中で英行さんには申し訳ないのだが少し寝てしまった。 海の家でシャワーを浴びたとはいえ、全身まだまだ潮臭い。 お風呂に入るの、面倒だな。 「………」 「………」 なんて、色々考えていても、意識は後ろに集中してしまう。 誤魔化そうとしても、駄目だ。 耐えきれなくなって、ついに私から話しかけてしまう。 「ねえ」 「ん」 「なんか、ないの?」 野口の顔は見えない。 今、こいつはどんな顔をしているんだろう。 「なんかって何?」 でも、帰ってきたのはそんな人の神経を逆なでするような台詞。 変に意識してた自分が恥ずかしくて悔しくて、足を速める。 「………、もういい!」 「冗談。嬉しくて浮かれてるの」 「嘘つけ」 私が早足で歩くと、後ろの眼鏡もスピードを上げた気配がする。 笑いを含んだ声が追いかけてくる。 「嬉しいのは本当。でも、いいの?」 何がって言い返そうとして、やめた。 言っても、こいつに言葉遊びで敵うはずがないんだから。 「………」 「今ならまだなかったことにしてあげるよ?」 「だからお前はどっちがいいんだよ!」 立ち止まって、振り返る。 野口は思ったより真面目な顔をしていた。 絶対ににやにや笑いをしていると思ったのに。 「勿論、付き合いたいよ」 こいつは引けば押すし、押せば引くし、面倒くさい。 もう本当に面倒くさい。 いい加減、とてつもなく面倒くさい。 もう、考えるの、面倒くさい。 「じゃあ素直に受け止めとけ!ぐだぐだ言うな!変にひっかきまわすな!」 半ば逆切れ気味に、指を付き付ける。 鼻先に指を付き付けられた野口は軽く身を引いて目を丸くするが、すぐに表情を崩して笑いだす。 「あ、ははは」 やっぱりどこか渇いたような笑い方。 無理矢理笑っているような、平坦な声。 「………」 「うん、分かった。素直に受け止めとく」 でも、最後ににっこり笑って、そう言った。 いつもの意地が悪そうな顔じゃない、たまに見せる素直な笑顔。 それに、少しだけ心臓が跳ね上がる。 「ね、手、つないでいい?」 「………」 「いい?」 子供のように首を傾げてねだってくる。 私は黙って緊張で汗ばんだ手を差し出す。 野口は目を細めて口の端を持ち上げる。 「ありがと」 「………」 そしてさらりと冷たい手が、重なる。 心臓が変な風に跳ねて、息が苦しい。 顔が熱い。 「ね、キスしていい?」 「は!?」 向かい合ったまま手をつないでいると、野口は突飛もないことを言い始めた。 反応できずに、間抜けな声を上げてしまう。 その間にも野口の顔が近づいてくる。 「するね」 「ちょ、ま!」 私の意思など聞こうともせず、野口の顔が至近距離に迫る。 思わず目を瞑ると、産毛に温かい体温を感じてぞわぞわとする。 「う、わ」 体をすくめて堅くすると、その体温は頬にそっと触れて離れて行った。 しばらくそのままにしていたが、熱は戻ってくる様子はない。 「ご馳走様」 「………え」 「物足りない?」 恐る恐る目を開くと、薄く笑った野良猫の姿。 一瞬何が起こったのか、何が言われたのか分からず、じっと冷たい表情を見つめてしまう。 そしてじわじわと、何をされたのか思い至る。 「な、訳ないだろ!ふざけんな!」 繋がれてない方の手で、思い切りその頭をはたく。 ビビって損した。 くそ。 「いい!?付き合うって言っても、清く正しくだからな!」 「えー」 「えー、じゃない!」 鳴かぬならで殺されてたまるもんか。 こいつは油断したら何をされるか分からない。 野口は不満そうに肩をすくめて、ふっとため息をつく。 「まあ、こういうのもいいね。健全な男女交際」 「そう、健全!」 「健全に手をつないでキスをしてセックスしよう」 「人の言うことを聞け!」 もう一度頭をはたく。 野口はずれた眼鏡を直して痛いなあ、と文句を言った。 殴られるようなことをするな。 「だって、健全な男女だったらしたいでしょ?」 「段階を踏め!」 別に、確かに、興味がない訳じゃない。 そういうことにだって、一応興味はある。 でも、いきなりそういう関係になったりする気はさらさらない。 すぐにヤらせる女とか思わせる気はない。 それになにより、怖い。 「いい、変なことしたらすぐ別れる!」 念を押すと、野口はまたため息をついた。 でも、不満そうにだが、頷いた。 「分かった。しばらくは焦らしプレイを楽しむよ」 「だからそういう変態なこと言うな」 「なんか、新鮮だね。こういうのも、いいかも」 人の話しなんて聞いちゃいなくて、独り言のように言った野口に、手をひかれて歩きだす。 ゆっくりゆっくり、二人で並んで歩きだす。 夏の熱い夜、電灯の下で、二人の影が並んで伸びる。 「お前には清らかさが足りない」 そう言うと、野口は横目で私を見て、ちらりと笑った。 くすくすと、人を馬鹿にしたように、楽しそうに笑う。 「じゃあ、俺に教えて。健全な男女交際」 「………」 「一から教えて?」 なんでこいつが言うと、こんなにエロくなるんだろう。 本当に変態。 最低。 「ね、三田?」 そしてそんな言葉と視線に、心臓がドキドキしてしまう自分が最低。 ああ、私は、やっぱり間違ったかもしれない。 付き合い始めて半日。 すでに私は後悔した。 |