「水葉っ、大丈夫か!」

首が解放されて、急に入りこんだ酸素に私は咳き込む。
げほげほと咳き込みえづき、胃液を吐きだしながら、ゆっくりと体を起こす。
混乱しながら周りを見渡すと、すぐ傍に私を抑えつけていた男の人達が三人とも倒れていた。
その首には何かが巻き付き、苦悶の表情でのたうちまわっている。

「な、に」
「水葉!」
「カガく、ん」

カガ君が見たこともないような慌てた様子で、近づいてくる。
燃え盛る炎に顔が照らされて、白い肌が赤く染まっていた。

「蛇………?」

男の人達の首に巻き付いてるものをよく見ると、それは白い蛇だった。
皮膚に食い込むようにして巻き付き、手で取ろうとしても決してはがれない。
呼吸が阻害されている男の人達は、とてもとても苦しそうだった。

「蛇」
「水葉」

カガ君の体には、男の人達と同じように蛇が巻き付いている。
けれど他の人達とは違って、それは苦しめるためではなく守るように巻き付いているように見えた。
カガ君を守るように従うようにして、蛇が巻き付いている。

「………そっかあ」

その時、私は、カガ君の正体がなんなのかを理解した。
それは驚きではあったが、意外ではなかった。
パズルのピースが正しい場所に収まるように、すとんと胸に収まった。
ずっとずっと傍にいてくれたカガ君。
カガ君は、私をずっと守っていてくれたのだ。
パパの言うとおり見守っていてくれたのだ。

「危ない目に遭わせて悪かった。家の中に戻っていたから。怪我はないか?」

カガ君が私のすぐ傍に来てしゃがみこみ、私の体を確かめる。
カガ君の言葉に、家の中にいる人達のことを思い出す。
私はここにいる。
けれど、パパとママはここにいない。

「パパとママは!」

カガ君が、辛そうに眉を顰める。
その顔で、私は全てを察した。

「う、そ」
「………悪かった。間に合わなくて」
「嘘!」
「ごめん、水葉」

カガ君が小さな手を握りしめて、苦しそうに唇を噛みしめる。
信じられない。
信じたくない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

「嘘!嘘嘘嘘!」
「ごめん、水葉、ごめん!悪かった!」

違う、カガ君は悪くない。
きっと私を助けてくれたのはカガ君。
カガ君は悪くない。
悪いのは。

「………」

いつの間に気絶したのだろうか。
男の人達の首から蛇が消え、目を瞑り動かず横たわっていた。
苦しそうな顔はしているが、上下している胸で、ただ気を失っているだけだと分かる。

「………どうして」

パパとママを、殺した人たち。
その人達が生きている。
パパとママを殺した癖に、殺した人たちは生きている。
おかしい、おかしいおかしいおかしい、そんなのおかしい。

「水葉?」
「いらない」

だって、パパとママがいなくなった。
それなのに、こいつらは生きている。
そんなの、あってはいけない。

「そんな奴ら、いらない!カガ君、殺して、殺して、殺しちゃえ!」

カガ君が息を飲む。
けれどそれに気づく余裕もなかった。

「パパとママを殺した人なんて、いらない!いらないいらないいらない!人間なんて大嫌い!嫌い嫌い嫌い!殺して、いなくなれ!嫌い嫌い!嫌い!」

誘拐しようとした人も、この人達も、パパに嫌らしい顔して近付く人達も、私に意地悪する人達も、ママの悪口を言う人達も。
みんなみんなみんな、パパとママとカガ君以外は、嫌な人達ばっかり。
いらない人達ばっかり。

「消えちゃえ!いなくなっちゃえ!」

いらないのだ。
そんな人達いらないのだ。

「殺して!」

だから、消えて。



***




「おはよう」
「おはよう」

今日もカガ君がいつものように迎えに来てくれた。
私はカガ君に駆け寄って、話したくて仕方のなかったことを待ち切れずに話し始める。

「あのね、昨日ね」
「寝ぐせ」

けれどその前に、カガ君は私の後ろの髪をつついた。
慌ててその髪を抑えて、なんとか直そうとする。
何もつけないと無理なんだけど。

「あ、ああー」
「惜しかったな」

最近はリボンもバッグも猫背も寝ぐせも気をつけていたのだ。
カガ君に怒られることも減っていたのに。
とうとうやってしまった。
四日目ぶりの失敗に、ため息をつく。
するとカガ君が笑って今度は頑張れと頭を撫でてくれた。
現金にも私はそれですぐに気持ちが浮上してしまう。

「それで、どうしたんだ?」
「あのね、昨日ね、叔母さんと洋服、買いに行ったんだ。かわいいんだ。それでね、一緒にね、ご飯食べたの。叔母さんが知ってるレストラン、すごく、おいしくてね。それでね」

叔母さんは、あの事件以来、とても優しくなった。
相変わらずきついことは言うけれど、それも私のためを思ってのことだと分かってる。
叔母さんは頼りなくて愚図な私を心配して、厳しくしてしまうのだ。
毎回やり過ぎては落ち込んで、その罪悪感から更に厳しくしてしまったのだと言われた。
そして謝られた。
でも、謝るのは私の方だ。
叔母さんのその好意も気付かずに、一方的に苦手だと思っていた。
もっともっと話せば、分かり会えたかもしれなかったのに。

「そうか、よかったな」
「うん!」

でも、今ようやく、近づくことが出来た。
これから、少しづつ知って行けばいいのだ。
少しづつ、分かり合っていけばいいのだ。
ずっと一緒にいられるのだから。

「それでね、あのね、だから、今度その服着て、出かけたいの」
「うん?」
「あ、あの、あのね、か、カガ君」

急によくなった吃音だが、やっぱり焦ると出てきてしまう。
焦って緊張すると、どうしてもどもってしまうのだ。

「カガ君、一緒に、一緒に出かけて、くれない?」

それでもなんとかそれを告げると、カガ君は驚いたような顔をした。
目を丸くして、口をポカンと開いている。
そんな顔のカガ君はあまり見ないから、なんだか不安になってしまう。

「だ、駄目?」

するとカガ君は私から視線を外して前を向く。

「分かった」

そして、頷いてくれた。
私は嬉しくなって、心からお礼を言う。

「ありがとう!」
「ああ」

カガ君とも叔母さんとも、あの事件以来、ずっとずっと仲良くなれた。
嬉しく嬉しくて、毎日が楽しい。
叔母さんへ対する苦手意識も消えたし、カガ君がなぜか前より怖くなくなっている。
怒鳴られるとやっぱり怖いけど、一緒にいるだけで怖かった気持ちがなくなっている。
やっぱりあの時、蛇穴君と勝田さんから助けてもらったことで、なんだか感情が変わったのだろうか。

蛇穴君と勝田さんは、カガ君が追い払ってくれて、警察を呼んだらしい。
でも、二人は逃げ出してしまって、いまだに見つかっていない。
私は気絶していてよく覚えてないのだが、カガ君の隙を見て逃げ出したらしい。

勝田さんがいなくなって叔母さんは落ち込むかと思ったが、落ち込むとか哀しむとかの前に怒っていた。
あんな男にひっかかった自分が悔しいと憤っていた。
そんな叔母さんが、本当に叔母さんらしくて笑ってしまった。

蛇穴君は、どこにいってしまったのだろう。
蛇神だと一時信じそうになってしまった、男の子。
でも背中の痣のこともしらなかったし、放火した人達が死んだことも知らなかった。
本当の蛇神様なら、犯人が死んでいることは知っていたはずだ。
でもあそこでぼろを出してくれなかったら、私は信じていたかもしれない。
そう思うと、ぞっとする。
それだけあの人の演技はうまくて、優しかった。

これからはもっとよく考えて行動しなきゃいけない。
軽率な行動は、カガ君にも迷惑をかけてしまう。

「それで、どこに行きたいんだ」
「あ、考えてなかった」
「馬鹿」

頭を軽くはたかれるが、私は楽しくて笑ってしまう。
こんな些細なことが楽しくて仕方ない。
ただ、かわいい服を着て、カガ君と出かけたかっただけなのだ。
どこへ行くか、なんて考えてなかった。
ずっと一緒にいたカガ君なのに、なぜか不思議と、隣にいるとドキドキする。
前はこんなこと、なかったのに。
ずっとずっと、生まれた時から隣のマンションに住んでて、ずっと一緒にいるのに。
不思議だ。

「………あれ、カガ君」
「ん?」
「カガ君って、生まれた時から、お隣さんだったよね?」
「ああ」

カガ君は、生まれた時から、隣のマンションに住んでいる、お隣さん。
でも、おかしい。
昔、うちの隣は畑と空き地だらけだったはずだ。
パパとママが死んだ時に相続税とかの問題で売り払った。
そしてその後に出来たのが、カガ君が住むマンション。
マンションが出来たのは、8年前。

「あれ、あれ、あれ?」

でも、カガ君は確かにずっと隣にいた。
ずっとずっと一緒にいたはずだ。

「カガ君は、お隣さん、だよね?生まれた時から、一緒だったよね?」

もう一度聞くと、カガ君はふっとけぶるように笑った。
優しい優しい、小さい頃以来見たこともない笑顔。

「生まれる前から、ずっと一緒だったさ」
「………」

疑問はいっぱいある。
けれど、カガ君がそうやって笑うから、なんだかどうでもよくなってしまった。
生まれた時から一緒にいる幼馴染。
それでいい。
それだけ分かっていれば十分だ。

これまでも一緒にいた。
そしてこれからもずっとずっと一緒。

「水葉、辛くはないか」

優しい笑顔のまま、カガ君が聞いてくる。
何が、聞き返すこともなく、私は首を横に振った。

「ううん、辛くないよ」

少し前とは、まったく違った感情が、胸に息づいている。
苦しかった、辛かった、逃げたかった。
ここではないどこかへ行きたくて仕方なかった。

「だって、カガ君と叔母さんがいる」

でも、今はカガ君と叔母さんがいる。
だから、私は逃げない。
ここではないどこか、ではなく、ここにいたい。
カガ君と叔母さんがいる、ここにいたい。

「それに」

蛇神様が、見守っていてくれる。
他愛のないおとぎ話。
けれど、私はなぜかそれを確信している。
私は蛇神様に愛されている。

嫌なことよりも、いいことを信じよう。
人を憎むよりも、人を信じよう。
哀しいことよりも、嬉しいことを覚えていよう。

パパの言葉を、大事にしよう。
なるべく、人を怨まないようにしよう。

でも、それでも辛い時は、蛇神様が守ってくれる。
誘拐犯はいなくなった、パパとママを殺した人たちもいなくなった、勝田さんと蛇穴君もいなくなった。

「水葉?」
「………」

嫌なものは、蛇神様が消してくれるから、平気。

「だって、私は蛇のお嫁さんだから」

そして私はカガ君を見あげて笑った。






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