ゆらゆらゆらゆら、振子が揺れる。 いったりきたり振子が揺れる。 ゆらゆら揺れた振り子の先は、一体どこを指すのだろう。 リビングで眠り込んでしまった由乃に毛布を掛ける。 邪気のない寝顔は、小さい頃から変わっていない。 泣いて疲れると眠ってしまうのも、変わっていない。 そのあどけない寝顔が、幼いころを思い出させる。 昔からずっと一緒にいた、かわいいかわいい妹。 サラサラの長い髪をソファに散らばらして、泣き腫らした瞼が少し痛々しい。 その髪も、その肌も、その体も、全部俺が作り上げた。 美しくて純粋でかわいらしい由乃。 直情的で、依存が強く、気が強く、甘ったれで、芯が弱い。 そんな性格も、俺が作り上げた。 純粋で無垢な、理想的な俺の妹。 何を言われても、ただ愛しいだけ。 きつく睨まれ、殴られても、ただ愛らしいだけ。 ガラスケースにしまって、ずっと愛でていたい。 鳥籠に閉じ込めて、その囀りを聞いていたい。 かわいいかわいい妹。 小さい頃からかわいくて、たまらなかった。 舌足らずに俺を呼び、俺の背を追いかけて回って、俺に絶対服従で。 なんでもいいなりになる、かわいらしい生き物。 無邪気な笑顔を向けて、俺を心から信頼して。 大事な俺の宝物。 その笑顔が自分だけに向けられていると思うと、心躍った。 愛しさが溢れそうだった。 火傷のことは、わざとじゃない。 美しい由乃に、あんな怪我を負わせるのは本意じゃなかった。 由乃の全てを愛している。 その白い肌に、痕が残るなんてとんでもない。 俺の芸術品。 愛しい由乃。 でも、俺はあの時、一瞬思ってしまった。 鍋を取り上げる由乃。 ああ、もしかしたら、これで由乃は家から出なくなるだろうか。 その心も手足も全て、ただ一人俺のもの。 この狭い家で、より完璧に作り上げる。 そんな、血迷った考え。 そして、反応が遅れた。 大事な宝物に、傷をつけてしまった。 本当に可哀そうなことをした。 泣き叫ぶ由乃を見てそう思った。 痛がって泣く由乃が哀れで、胸が痛かった。 完璧な白い肌に、痕が残ったことにたまらなく後悔した。 それでも、その傷がずっと残るかもしれないと聞いて、嬉しく思ったことも確かだ。 妹を独り占めできるかもしれないと、そう思った。 このまま誰にも見られなければいいと、思った。 そう思うと、その火傷も愛しくて。 わずかに入ったひびが、芸術品をより魅力的にみせるように。 その歪みすら惹きつけられる。 成長とともに、火傷が薄れていくのを知って、失望もした。 それでも、その火傷を盾に俺を束縛する妹がかわいくてかわいくて。 愛しくて。 大事なおもちゃを取られるような感覚なのだろう。 幼すぎる妹の感情は、ただのお気に入りのものへの執着。 ただ一人の家族を失うかもしれない恐怖。 幼く純粋で愛らしい感情。 まっすぐで無垢で、そして愚かな由乃。 俺が欲しいと言ったのは妹。 だから、俺は妹の望みをかなえるだけだ。 由乃が望むなら、俺はずっと由乃の傍にいよう。 由乃の望む兄でいよう。 そして由乃は、これからも俺を見ていればいい。 俺の理想の妹でいればいい。 「お、にいちゃん………」 由乃が寝返りをうって、俺の手をきゅと握ってくる。 この細い指も、ピンク色の爪も、震える長い睫の一筋までも、俺が作り上げた。 俺が望むままに、俺の思い描いた通りに。 かわいい由乃。 小さく頼りない力に、自然と顔が緩む。 ああ、今俺とんでもなくみっともない顔をしてるんだろうな。 でも、幸せで、愛しくて、胸がいっぱいになる。 由乃以外から、こんな満足感を得ることは、ない。 俺は、眠る妹の頬にそっと口づける。 「愛してるよ、由乃」 どの女と付き合おうと、誰と結婚しようと、変わることのない宝物。 揺らぐことのない愛しさ。 お前が望むなら、お前の理想の兄でいよう。 お前が望むなら、お前の隣に立つ男も作り上げる。 完璧な、美しい由乃。 お前にふさわしい道を、俺が用意する。 俺の芸術品。 俺の由乃。 俺が一番大切なのは、お前だよ。 お前だけだ。 たったひとりの家族。 俺の愛しい、妹。 ゆらゆらゆらゆら、振子が揺れる。 いったりきたり振子が揺れる。 所詮振子はガラスの中で。 どこにもいけずいったりきたり。 俺の手の中、いったりきたり。 |