ゆらゆらゆらゆら、振子が揺れる。
いったりきたり振子が揺れる。
ゆらゆら揺れた振り子の先は、一体どこを指すのだろう。



***



リビングで眠り込んでしまった由乃に毛布を掛ける。
邪気のない寝顔は、小さい頃から変わっていない。
泣いて疲れると眠ってしまうのも、変わっていない。
そのあどけない寝顔が、幼いころを思い出させる。
昔からずっと一緒にいた、かわいいかわいい妹。

サラサラの長い髪をソファに散らばらして、泣き腫らした瞼が少し痛々しい。
その髪も、その肌も、その体も、全部俺が作り上げた。
美しくて純粋でかわいらしい由乃。

直情的で、依存が強く、気が強く、甘ったれで、芯が弱い。
そんな性格も、俺が作り上げた。
純粋で無垢な、理想的な俺の妹。

何を言われても、ただ愛しいだけ。
きつく睨まれ、殴られても、ただ愛らしいだけ。

ガラスケースにしまって、ずっと愛でていたい。
鳥籠に閉じ込めて、その囀りを聞いていたい。

かわいいかわいい妹。
小さい頃からかわいくて、たまらなかった。
舌足らずに俺を呼び、俺の背を追いかけて回って、俺に絶対服従で。
なんでもいいなりになる、かわいらしい生き物。
無邪気な笑顔を向けて、俺を心から信頼して。
大事な俺の宝物。
その笑顔が自分だけに向けられていると思うと、心躍った。
愛しさが溢れそうだった。

火傷のことは、わざとじゃない。
美しい由乃に、あんな怪我を負わせるのは本意じゃなかった。
由乃の全てを愛している。
その白い肌に、痕が残るなんてとんでもない。
俺の芸術品。
愛しい由乃。

でも、俺はあの時、一瞬思ってしまった。
鍋を取り上げる由乃。
ああ、もしかしたら、これで由乃は家から出なくなるだろうか。
その心も手足も全て、ただ一人俺のもの。
この狭い家で、より完璧に作り上げる。
そんな、血迷った考え。

そして、反応が遅れた。
大事な宝物に、傷をつけてしまった。

本当に可哀そうなことをした。
泣き叫ぶ由乃を見てそう思った。
痛がって泣く由乃が哀れで、胸が痛かった。
完璧な白い肌に、痕が残ったことにたまらなく後悔した。

それでも、その傷がずっと残るかもしれないと聞いて、嬉しく思ったことも確かだ。
妹を独り占めできるかもしれないと、そう思った。
このまま誰にも見られなければいいと、思った。
そう思うと、その火傷も愛しくて。
わずかに入ったひびが、芸術品をより魅力的にみせるように。
その歪みすら惹きつけられる。

成長とともに、火傷が薄れていくのを知って、失望もした。
それでも、その火傷を盾に俺を束縛する妹がかわいくてかわいくて。

愛しくて。

大事なおもちゃを取られるような感覚なのだろう。
幼すぎる妹の感情は、ただのお気に入りのものへの執着。
ただ一人の家族を失うかもしれない恐怖。
幼く純粋で愛らしい感情。
まっすぐで無垢で、そして愚かな由乃。

俺が欲しいと言ったのは妹。
だから、俺は妹の望みをかなえるだけだ。
由乃が望むなら、俺はずっと由乃の傍にいよう。
由乃の望む兄でいよう。
そして由乃は、これからも俺を見ていればいい。
俺の理想の妹でいればいい。

「お、にいちゃん………」

由乃が寝返りをうって、俺の手をきゅと握ってくる。
この細い指も、ピンク色の爪も、震える長い睫の一筋までも、俺が作り上げた。
俺が望むままに、俺の思い描いた通りに。
かわいい由乃。

小さく頼りない力に、自然と顔が緩む。
ああ、今俺とんでもなくみっともない顔をしてるんだろうな。
でも、幸せで、愛しくて、胸がいっぱいになる。
由乃以外から、こんな満足感を得ることは、ない。

俺は、眠る妹の頬にそっと口づける。

「愛してるよ、由乃」

どの女と付き合おうと、誰と結婚しようと、変わることのない宝物。
揺らぐことのない愛しさ。

お前が望むなら、お前の理想の兄でいよう。
お前が望むなら、お前の隣に立つ男も作り上げる。
完璧な、美しい由乃。
お前にふさわしい道を、俺が用意する。

俺の芸術品。
俺の由乃。

俺が一番大切なのは、お前だよ。
お前だけだ。

たったひとりの家族。
俺の愛しい、妹。


***



ゆらゆらゆらゆら、振子が揺れる。
いったりきたり振子が揺れる。

所詮振子はガラスの中で。
どこにもいけずいったりきたり。

俺の手の中、いったりきたり。



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