「みずほ、好きだ!お前が、ずっと、好きだった」

一世一代の告白。
幼い頃からずっと好きだった幼馴染。
大事な大事に秘めた想い。
もう本当に清水の舞台から飛び降りるぐらいの勇気と根性振り絞って、その一言を口にした。

心臓痛い。
顔が熱い。
ぐらぐらするような眩暈に襲われてる。
けれど、目は逸らさない。

「……彰…」

長くサラサラな髪。
華奢で長い手足。
凛とした美貌に、意志をあらわすようなきつい視線。

戸惑ったように息を呑んだ幼馴染は、申し訳なさそうに目を伏せる。

「ごめんね、あんたのこと嫌いじゃないんだけど…」
「……けど…?」

いつでも真っ直ぐに自分の意志に従うみずほは、伏せた目をまっすぐに俺に向ける。
そしてはっきりした視線と声で、俺にそれを告げた。

「顔と性格と家柄と所有財産が好みじゃないの」

それが、俺の初恋が散った瞬間だった。



***




「いい加減、私のことなんて諦めればいいのに」

みずほは長い髪をひるがして、いっそ爽やかなほどに冷たく切り捨てる。
そんなの、諦められたら、諦めている。
人の想いなんて、どうにもならない。
嫌われていないのだけが、救いだ。
だから俺は負けない。
負けるわけにはいかない闘いだ。

「そうそう、諦めればいいのに」
「うるせえ、みずほはともかくお前は黙ってろ!」

大変腹だたしい合いの手を入れるのは、もう1人の幼馴染。
背が高く、顔がよく、頭がよく、金を持っている、名家のお坊ちゃん。
その存在そのものが、むしろ生まれてきたことが犯罪だ。
とりあえずこいつさえいなくなってくれれば、俺の望みの80%は達成される。

「彰には僕がぴったりだと思うんだ」
「やかましい、黙ってろこの変態!」

聞きたくもない言葉とともに、背中から俺に抱きついてくる暑苦しい男。
肘鉄を食らわしても離れることはない。
無駄に打たれ強くてやがる。

「いい加減冗談はよせ!」
「僕はいつでも本気だよ!大好きだよ、彰!」

そう、たちが悪いことにこいつはいつでも本気だ。
いっそ冗談であればいいと、何度思ったことか。
というか悪い夢であってくれと毎日思っている。

どんなに突き放しても引っ付いてくる鬱陶しい男を、拳で思いっきり殴りつける。
無駄に整った美形をゆがめることが出来て、少しだけ胸がすく。
しかし。

「彰に与えられる痛みは僕にとって喜びだよ!彰に触れてもらえるんだからね!さあ、もっと殴ってくれ!」
「くそっ…、この筋金入りが…っ。なんで殴った俺がこんな悔しい思いしなくちゃいけないんだ」

背筋にぞわぞわとした寒気が走る。
変態は、本当にうっとりとして殴った頬をなでる。
俺は変態に触っちまったことを心から後悔した。

金持ちケンカせずの言葉通り、こいつは殴っても殴り返したりはしない。
認めたくないが、特に俺に対しては絶対に何もしない。
そもそも弱い。
それに金で片が付くならなんだって金で片付けようとする男だ。

「直哉もいい加減、彰のこと諦めなさいよ。私がいるじゃない、私が」

みずほは呆れたように俺達を見やって、肩をすくめる。
仮にも自分に思いを寄せてる男がいるのに、全く気にもしない。
いつでも結構ショックだ。
何で俺、本当にこいつが好きなんだろう。

「えー、だって僕、童貞は彰に捧げるって決めてるし」
「別に私は童貞じゃなくてもいいわよ、2回目でも3回目でも」
「んじゃ彰に童貞捧げてからでいいかな?」
「いつになるのよ、それは」
「ていうか気づけ!俺は男だ!前提を忘れるな!」

何を今更といった顔で、幼馴染達は同時に俺の顔見る。
美形2人に見つめられ、俺は一歩後ろに引いた。
変態が俺の前にたち、両手で俺の手を包み込む。
温かい手が、気色悪い。
誰からも好かれるような人好きのする懐っこい微笑みで、幸せそうに見つめてくる。

「彰、そんな些細なことは関係ないよ」
「それを些細と言い切るほど俺の度量は広くねえ」

悪戯した子供たしなめるような困ったような苦笑で、直哉はゆっくり首を振る。
美形なだけに、真面目な顔をされると一瞬ちらりと見とれてしまう。

「関係ないよ、彰。穴さえあればそれでいいじゃないか」
「本気でいっぺん死んでこい、この変態がああ!!!」

空いていた左手でアッパーカットを喰らわせる。
変態は見事に後ろにのけぞって倒れこんだ。
もう何度目になるか分からないが、こいつの話を一瞬でも聞いてしまったことを後悔する。

「ま、間違った、間違ったよ、彰、愛、愛さえあれば…」
「やかましい!遅いわ、ボケが!」

倒れこんだまま俺にすがり付こうとする変態を何度も何度も足蹴にする。
ちくしょう、殴っても幸せそうにするだけだから損した気分になる

「直哉、穴なら私2つもあるわよ。前でも後ろでも好きになさい。口もいれたら3つよ。入れたい放題よ」
「みずほ…」

俺の初恋の少女。
美しい思い出。
秘めてきた大事な想い。

そのきっぱりした性格が好きだ。
迷いのないその真っ直ぐな瞳に、惹かれてやまない。
だけど、少しは気遣ってくれ、頼む。
切実に。本当に。泣きそうだ。

「でもできれば前にして。中出しして、孕まして、責任とって結婚して」
「俺はお前の口からそんな言葉は聞きたくない!」

更にとんでもない単語が形のいい薄い唇から、零れ落ちる。
俺は本気で涙目になって、耳を塞ぐ。
そんな俺に、みずほは呆れたように顎を上げて鼻を鳴らした。

「なによ、相変わらず変に潔癖なのね。じゃあいいわ、結婚まで言わない。慰謝料と生活費と養育費をくれるならそれでいいわ」
「そんな金金言うなよ…、金なんて、なくても…」

うつむいて、情けなく指をいじりながら、必死に説得を試みる。
金がなくてもいい、とは言わない。
けれど打算的過ぎる愛しい少女は、正直胸が痛すぎる。
できれば、もっとささやかな少女らしい言動を心がけて欲しい。

「あんた今何言った?」

しかし俺のそんないじましい言葉に、みずほの声が1オクターブ低くなった。
元々低い声だから、それは重く響きわたった。

「……え?」
「金なんて、とか言いやがりやがった?」
「え、え?」

みずほが、俺の前に立つ。
真っ直ぐなきつい目に見つめられて、心臓が跳ね上がる。
しかしそんな恋する男の余韻に浸る暇もなく、みずほは蛆虫でも見るようなさげずむ視線で俺を見下す。
背は俺のほうが高いのに、明らかに見下されている。
それは無条件で土下座で謝りたくなるような迫力だった。

「苦労知らずがナマ言ってんじゃないわよ?あんた電気止められた時の暗さを知ってるの?水道止められた時の惨めさが分かるの?新聞紙のない夜の寒さを知ってるの?金がないのは首がないのと一緒よ!そんな言葉は金がない生活を知ってから言いなさい!」
「ご、ごめんなさい!」

素直に心から謝った。
謝るしかなかった。
ていうか本気で怖かった。

みずほは幼い頃、借金を作って逃げた親父さんのせいで、とても苦労をした。
今のお父さんとお母さんが再婚するまで、随分と辛酸を舐めてきたのだ。

そんなことがある前にみずほは、こんな子じゃ……。
いや、あったな。
昔からみずほは強かった。

「で、でも、い、今はお前そんな金に困ってないだろ!?」
「今はいいわよ。でも今の暮らしがずっと続く保障はないでしょう。私は継続して安定した暮らしがしたいの。先なんて分からないの。少しでも幸せになる方向に、向かっていくのが人情ってものでしょう?」

でも向かう方向と手段が明らかに間違っている気がするんだ。
とは言えない。
怖いから。

「お、俺の将来性に賭ければいいだろ!あんな奴に迫らなくても!」

俺の訴えに、みずほは哀れなものを見つめるように鼻で笑った。
き、傷つく。
男のプライドとか、恋心とか色々なものがズタボロだ。

「私は目に見える結果が欲しいの。将来性なんて不確かなものに賭ける暇があるほど、若さは無限じゃないの。今のね、若くて綺麗な私のうちに、金持ちを捕まえるの。悔しかったら学生起業でもして、IT長者にでもなってみなさい。そしたらあんたにひざまづいて嫁にしてくれと頼むわ」

本当になんで、おれ、この女が好きなんだろう。
自分でも趣味がいいとは、言えない。
でも、好きなんだよなあ。

「で、でもそんな理由で産む子供、か、かわいそうだろ!」
「私は自分が大好きよ。だから自分の産んだ子供が愛せないわけないじゃない。それに直哉と私の子なんて美形になるに決まってるし、なおかつ金の種になるなんて、舐めるように可愛がるにきまってるでしょ」

自信たっぷりに言われると、思わず頷いてしまう説得力だ。
みずほがそういうなら、本当に子供を可愛がるんだろう…。
有言実行、それがみずほだ。

「相変わらず、潔いほど自分に正直だなあ、みずほは。そういうところ好きだなあ」
「だったら結婚してよ」

俺達の争いを見ていた変態が、にこにこと手を叩く。
こいつはこいつであらゆることに動じることがない。
ついでに常識とか経済感覚とかまともな神経とかそういったものが一切ない。

「でも、僕、彰が好きだからなあ」
「こんなヘタレのどこがいいのよ」
「全部だよ」

みずほの色気もへったくれもない告白に、変態は困ったように首を傾げる。
ていうかこの告白で頷く奴もいないと思うぞ、みずほ。
ちなみに変態、お前の言うことは何から何まで気色悪い。

「お前こそ、こんな変態のどこがいいんだ!」
「顔、金、家柄、スタイル、性格。顔がよくて頭が弱い金持ちなんて理想的じゃない。私が内助の功でもっと盛り立ててみせるわよ」
「く、くく…」

言い切られて、何も返すことができない。
どうぜ俺は中流家庭だ。ヘタレだ。顔も成績も普通だ。
自分で言っていて傷つく。

「あははは、みずほをお嫁さんにしたら、僕殺されそうだなあ」

ほがらかに笑う変態。
こいつの図太さは、ある意味尊敬に値する。
そこで変態が、手をぽんと叩いてクイズで正解を出したような得意げな顔をした。
こいつがこういう顔をするときは、大抵ろくなことを言い出さない。

「あ、じゃあこういうのはどうかなみずほ?」
「何?」
「3Pでよくない、3P。僕が彰に突っ込んで、彰がみずほに突っ込むの。ほら、皆幸せ」
「ふざ…」

本当にどうにもこうにもろくでもない発言に俺が変態を殴りつけるより前に、きっぱりと切り捨てたのはみずほだった。

「お断りよ、私と直哉の絡みがないじゃない。言ってるでしょ。私はあんたの精液が欲しいの」
「み、みずほ…」
「えー、そんなあ。そうだなあ、じゃあ僕がみずほに突っ込んで、彰が僕に突っ込むってのは?僕、彰にバージン捧げるのでもいいよ」
「ああ、それならいいわよ」

頭が痛くなってくる。
さっきよりも更にどうしようもない提案だ。
何が恐ろしいって、こいつら全部本気なところが恐ろしい。

「お前相手に勃てるチ○コはもってねえ!」
「えー、努力すればなんだってできるって」
「そんな努力をする気もねえ!」

変態の顔をもう一発殴りつける。
毎日こんなに殴ってて、なんでこいつ顔が歪まないんだ。
整形か?記憶合金か?金にあかせてなんかしてるのか?

「じゃあ、私の前に直哉が突っ込んで、彰が後ろに突っ込めば?同時に突っ込むってそれはそれでよくない?私別にそれでもいいわ。直哉の子が孕めるなら」
「うーん…、でも僕、彰に突っ込むか突っ込まれたいなあ…」

腕を組んで真剣な顔で考え込むみずほ。
困ったように本気で悩む変態。
そして頭痛が止まらない俺。

「ていうかお前ら学生らしい初恋とか恥じらいとか常識とかを思い出せええええ!!!!」

こうして、今日もまた俺の叫びが町内に響き渡った。






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