「中村、ノート貸して」 「はい、100円」 「まどかー、これとれちゃった縫ってー」 「友達価格で50円」 今日も私の小銭入れはたんまりと丸くなって、ジャラジャラと満足げに音を立てている。 首からかけたがま口財布の重みが心地よい。 ちゃりんちゃりんという音は、どんなに売れてる歌手の歌よりも耳に優しい。 「はい、お弁当作ってきたよ。400円」 「ありがとうー」 1日三つまでのお弁当は結構な人気商品だ。 私の弁当と一緒に作れば材料費が浮いて言うことなし。 作る手間はほぼ一緒だ。 学校のPCで毎日レシピはチェックして色どり豊かで栄養満点。 自分でも自慢の一品だ。 これで400円は安いぐらいだと思うが、これぐらいがギリギリだろう。 これ以上高くなるとコンビニや学食へ客が流れる。 ワンコインに届かないギリギリの手作り弁当ってのがお得感だろう。 「なあ、中村、一晩いくら?」 クラスメイトの男子の言葉に、周りの男子もゲラゲラと笑う。 友達が最低とか言ってくれるが、まあこういう悪ふざけはノリと勢いだから仕方ないだろう。 怒っても一文の得にもならない。 怒るためにエネルギーを使うなら、その分バイトでもしたい。 「ゴムありキスなし変態行為なしで一晩100万。一回だけで延長なしね。即金キャッシュで分割なし」 「たっけーな!ぼったくりじゃねーか!」 「人によっては割引ありだよ。あんたは100万」 「ひっでー」 こうでも言っておけば、ふざける奴も減って行くだろう。 誰も自分を格付けされたい奴はいない。 冗談めかして言ってるからあっちも怒る訳にもいかないだろうし。 「じゃあ、僕が3か月買うって言ったら?」 その時、少しだけ高めの男の声が響いた。 笑いでざわめいていた教室内が静まり返る。 その声が意外なものだったからだろう。 クラスの中で一際目立つ人間。 「北川が?」 クラスメイトの北川融がうっすらと笑ってこちらを見ている。 顔よし声よし頭よし。 スタイルも良くて穏やかな物腰と朗らかな態度は女子からの人気と男子のやっかみを一身に受けている。 本人は私と同じようにややクラスから浮いていて一人でいることが多いが、特に気にすることはないようだ。 「そう、僕が」 聞き返すと北川も頷き返す。 なんだ、この人も冗談なんて言うんだな。 それにしてもこんな下品な冗談を言うとは思わなかった。 まあ、それならそれ相応に返すだけだ。 「そうだなー、北川はイケメンだから、3か月契約200万でいいよ」 「分かった」 「あはは。気が向いたら買ってね」 するとにっこりと朗らかに笑って北川は頷いた。 「分かった。買うよ。即金キャッシュで分割なし」 「………は?」 私はお愛想笑いを浮かべながら首を傾げることしか出来なかった。 「旦那、買ってきましたぜ!」 北川に命じられて買ってきたジュースを持って、素早く駆け寄る。 ちなみにそのジュースはマイナーすぎて学校の近くのとある商店の自販機にしか売ってないものだ。 中々に北川はいい性格をしているようだ。 まあ、しかしこれくらいかわいいものだ。 北川はいつも浮かべている笑顔はなく、冷たい目でちらりとこちらを見る。 「何キャラなの、それ」 「なんとなくこう、うっかり八兵衛的なイメージで!」 「なんで?」 「下僕なんで!」 理由なんてない。 そういう気分だったので、そういう態度にしてみただけだ。 割と性にあってるようでしっくりくるな、これ。 ねっからの下僕体質なのだろうか。 悪くない。 「まあ、いいや」 「毎度あり!」 北川は呆れた顔で肩をすくめてジュースを受け取った。 礼の言葉もないが、私は北川の下僕なんで全く問題ない。 「しっかし旦那、物好きでやんすね。私みたいなの買ってどうするおつもりで!ピッカピカの新品処女だからサービスもできませんぜ!自慢できるのはしまりだけ!つっても誰ともやったことないからしまりがいいかも分からないでやすんけどね!」 がっははと冗談めかして笑うと、北川は形のいい眉をそっと潜めた。 心底嫌そうに汚いものでも見つめるように。 あ、なんかゾクゾクする。 「そのしゃべり方、すごい不快」 「分かりました。すぐに直しますね。何か至らぬところがありましたらすぐに仰ってください。出来る限り北川様の意向に添うよう努力いたしますから」 「努力ね。実らないと意味がないけど」 「ええ、北川様の仰る通りですわ。なんなりとお申しつけください。実らぬ努力にならぬよう精進いたします」 「そのしゃべり方も不快」 本当に我儘な奴だなあ。 まあ、いいか。 私は下僕だ。 「難しいなあ。どうしたらいい?」 「それでいい。下手に作らないで」 「分かった」 別にさっきのも作った訳じゃなかったんだが、まあいいや。 自分としてはうっかり八兵衛バージョンが結構気に入っていたんだが。 北川はジュースを啜りながら、聞いてくる。 「しかし、そんな風にお金で媚びへつらってみっともなくないの?」 「お客様は神様です」 「プライドないの?」 「プライドなんて、200万の前では刺身についてるプラスチックの菊の花と同じぐらいの価値ですよ」 犯罪と良心に背くようなことだけはするなときつく言いつけられているのでするつもりはないが、それ以外ならいくらだってなんだって売ってやろう。 目の前の実は殿様気質の男だって札束だと思えば足だって舐めれる気がする。 私の良心はどこまでも安い。 「200万で処女売っていいの?」 「別に私の処女なんていらないでしょ?」 「うん、いらない」 「だよねー」 さすがに処女を売れと言われたら考えた。 良心に背くような背かないような。 背かない気もするけれど、売ると後悔する気もする。 安売りなのか高値なのか分からないが、変動値は見極めて出来るだけ高値で売りたい。 それに一応乙女なので、好きな男に捧げたいかもしれない。 もしかしたら。 金以上に好きになれる男が出来たら。 ていうか金が男なら金と結婚したい。 なぜ金は人間じゃないのか。 「金を集める理由とかあるの?」 なんてことを考えていると、北川がまた聞いてくる。 実はおしゃべりな奴だったんだ。 実は無表情だし。 実は性格悪いし。 「理由ねえ、よく聞かれるんだよね。家が貧乏なの、とか」 特に隠す必要もない。 私のこの性格に、理由を聞く人も苦言を呈する人も大勢いた。 でも、私はただこう答えるしかない。 「そういうの、ないの。違うの。私はただ純粋にお金を愛してるの」 そう、私はただひたすら、お金を愛しているだけなのだ。 お金と言う価値とか、全てが買えるとか、そういう理屈じゃないのだ。 もっと直感的なもの。 それこそ、運命的なもの。 どうして皆分かってくれないんだろう。 「お金をためてどうする、とかそういうことじゃないの。お金が好きなの。愛しているの。北川は本を読むの好きでしょ。ずっと読んでるよね。それと一緒なの。お金を貰って、貯めて、数えてる時間が私には何より幸せなの。うっとりしちゃうの。あの色つや、手触り、匂い!あああああ!」 思わず興奮して身もだえしていると、北川が瞬きして変な生物を見る目でこちらを見ている。 しまった、ちょっとテンションを上げ過ぎた。 「あ、ごめんね。つい、こんなところで熱くなっちゃって恥ずかしいな」 「確かに恥ずかしいね。恥ずかしがるところ間違ってるけどね」 お金の話をしていると、夜が明けてしまいそうな気がする。 こんなに私を惑わせるなんて本当に罪な奴だ。 北川が、ちらりと笑う。 感情の入っていないような硬質な、まさしく冷笑。 本当の笑い方はこんな笑い方なのだろうか。 「でも、よかった。君を買った意味があったな」 「そういえば、なんで買ったの?」 「それも聞かないで売ってたね。僕が本当に君の処女を欲しがってたらどうするの?」 「北川がそんなもん欲しがるって考えなかったわ。こんなしょっぼい質素な日の丸弁当欲しがるよりも、北川だったら豪華スタミナ焼肉弁当から老舗懐石和風弁当までよりどりみどりでしょ」 わざわざ私を選ぶようなゲテモノ食いとも思えない。 こう見えて、人を見る目は確かだ。 「変なたとえ」 「えーと、じゃあ、私みたいな1円玉、いや、1円玉を笑うものは月に代わって私が天誅。5円玉なんてあの美しいフォルムと色は芸術品だし、10円玉の控え目な輝きは奥ゆかしさを感じる」 「………」 「500円玉もお札もそりゃ素敵だけどさ!魅力的だけどさ!やっぱり1円は基本だよね!まあ、やっぱり一番諭吉さんが愛しい訳だけど!」 「なんの話?」 「なんの話だっけ?」 「なんだっけね」 「で、なんで私を買ったの?」 本題に戻ると、北川がまたちらりと笑って、肩をすくめた。 どこか疲れたような笑い方。 なんか今までしゃべったことあまりなかったけど、若さがない奴だなあ。 もっと気合いいれて生きればいいのに。 私みたいに。 「退屈だったから」 「へ?」 「君は、面白そうだったから」 面白いだろうか。 自分でいうのもなんだけれど、私は変人の一種に入るだろう。 守銭奴でM気質の下僕体質。 うん、どこに出しても恥ずかしくない変態で誇らしくもある 「だから君に望むことは一つなんだ」 「なんでございましょう?」 北川は私をまっすぐに見て、真面目な顔になる。 思わず背筋を伸ばして、北川を見返す。 「僕を退屈させないで」 綺麗な顔をした男は、ただそれだけ言った。 |