「和志、風邪をひく」

平坦な、けれど気遣いに満ちた声が聞こえて、意識が急速に引き戻される。
なんだかふわふわとした気持ちのまま目を開けると、そこには誰よりも大好きな人の姿。

「………ん、美晴?」
「おはよう。寝るなら僕のベッドで寝るといい」

少しだけ笑って、美晴の形のいい細い指が俺の髪をそっと撫でる。
その感触が気持ちよくて、つい頬が緩んでしまう。
胸の辺りがくすぐったくて、もぞもぞして、ついに笑い声が出てしまう。
美晴も笑いながら見下ろして、首を傾げて聞いてくる。

「どうしたんだ?」
「なあ、美晴」
「なんだ?」

なんだろう、この遠足の前の日のような、雨上がりの晴れ間のような、早朝に走りながら朝日をみた時のような。
気分が高揚して、ふわふわして、にやにやするのが止められない。
寝ぼけているのだろうか。
それでも構わない。
俺を見下ろす恋人の愛しい顔を両手で挟んで、ふわふわしたまま告げる。

「あのな」
「うん」
「あのな、俺、美晴のことすっごいすっごい好き」
「どうしたんだ、急に」

美晴が少しだけ驚いたように目を見開く。
確かに、突然だよなあ、って思う。
でも、もぞもぞしてふわふわしてうきうきするのが、止められない。

「分かんない。なんかさ、なんか今すっごい、言いたくなった。俺、美晴のこと好き、大好き!」

ああ、幸せって、言うのかな。
これが幸せって言うのかな。
うん、俺は今、幸せだ。

なんだろう、すごっくすごく愛しさが溢れていって、指先までぽかぽかと温かい。
目覚めて一番に、愛しい声を聞いて、愛しい顔を見る。
それが、幸せでたまらない。
美晴も、俺の顔を両手で挟んで聞いてくる。

「夢でも見たのか?」
「分かんない。ただ今起きて、美晴の顔見て、すっごい好きだなあって思っただけ」

美晴が表情を緩める。
そして、平坦な感情の動きが分かりづらい声で、言った。

「僕も好きだ。いや、僕の方がずっと好きだ」

分かりづらいけど、その端々に温かさが満ち溢れている。
その言葉を聞いて、俺の胸はますます温かくなる。

「いや、ないな。俺の方が好きだ!」
「いや、僕の方がずっと好きだ」
「俺だ!」
「いや、僕だ」

お互いくすくすと笑って、言い合う。
俺は美晴の顔から手を離して、両手を思いっきり開く。

「俺なんてこんな、いっぱい好きだ!」
「僕は両手なんかじゃ表わせない。この体全体でも表わせない。地球上の単位でなんか表わせないくらい好きだ」
「俺はいつまでも言い続けられる。好きだ好きだ好きだ好きだ!」
「僕はこの声が枯れるまで言い続けられる。好きだ」
「俺だってもう声帯がつぶれるまで言える」

そのままいつまでも好きだ、いや、俺の方が好きだと言い続ける。
笑いながら、楽しみながら、愛おしみながら。
飽きることなく、言い続ける。

「お前ら、ここがリビングだってことを思い出せ」

そこで、うんざりとしたような声が割って入った。
そういえばここ、リビングだったっけ。
美晴とリビングで勉強しているうちに、美晴と聡さんの数学議論が始まってしまって、聞いているうちに寝てしまったのだった。
ちらりとそちらを見ると、聡さんは呆れかえって嫌そうな顔をしていた。

「妬くなよおっさん」

俺が幸せな気分のまま言い返すと、聡さんは大きくため息をついた。

「というか、ものすごい寒いからやめろ」

そんなこと言われても仕方ない。
幸せで幸せで、たまらないのだから。

この声が枯れるまで言いたいのだ。
美晴が大好きだって。





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