「痛い!」

いきなり首の後ろに鋭い痛みを感じて飛び上がる。
何事かと後ろを振り向くと、野口が私の首に爪を立てていた。

「何しやがる!」
「綺麗な首だったから、痕をつけたくて」
「………」

抗議をするものの、いきなりの変態発言に言葉を失う。
この場合、私はどういう反応をするのが正しいんだ。
今までの人生で、こんな時の正しい反応なんて、勉強したことがない。

「あ、引いてる?」
「ものすごいドン引き」

私の戸惑いに気付いたのか、野口が軽く首を傾げる。
相変わらずの無表情で、ふざけた様子なんかはない。
冗談じゃないところがまたドン引きな訳なのだが。

「キスマークの方がよかった?」
「いい訳あるか!」

恐ろしいことを言う男からとりあえず距離をとる。
相変わらずこいつは何をするか分からない。
ひどいな、とつぶやく野口。
どっちがひどいんだ。

「痕つけてどうするのさ」
「俺のものだって主張する」
「あんたのものじゃない!」

ていうかそもそも物じゃない。
どうしてこいつはこう、なんていうか、どっからどこまで変態くさいんだ。
野口が離れた分だけ距離を詰めて、囲い込むように私の肩に腕を置く。
眼鏡の奥の冷たく細い目が、私をじっと見ている。
その目に見られると、蛇に睨まれた蛙のように、身動きがとれなくなる。

「いっぱい引っ掻きたい。体中引っ掻いて、俺のものだって主張したい」
「………いや、ごめん、本当に普通に怖い」
「あんたがつけてくれてもいいよ。背中に爪立ててよ」
「あほか!」

その意味するところを想像して、顔が一気に熱くなる。
すると目の前の眼鏡は、思い出したように小さく笑った。

「ああ、でも、あんたは犬だもんね。かわいい子犬」
「は?」
「その牙で、噛みついて。喉元抑えて、俺を捕えて?」

そして動けない私の耳元に、そっとその中性的な声を吹き込む。

「いっそ噛み千切って、俺をあんたのものにして」

ああ、いっそ本当にこの牙で、あんたを噛みちぎってやりたい。
この悪戯に爪を立てる猫には、躾が必要だ。





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