「あ、やべ、体操着忘れた」

バッグを漁って、義也がぼそりとつぶやいた。
同じく更衣室に移動しようとしていた桜がにっこりと笑って、自分の体育着を差し出す。

「義也さん、どうぞ、私のを」
「いや、いらねーから」
「遠慮しないでください」
「いや、遠慮とかじゃなく」

辞退する義也に、桜は駄々をこねる子供を相手にするように苦笑する。
そしてゆっくりと首を振った。

「いいんです。私はジャージがありますし、どうぞ義也さん着てください」
「いやだから」
「私のことなんて気にしないでください。暑くても大丈夫です。ダイエットだと思えばちょうどいいです。義也さんが体育出来ない方が大変です」
「あのな」
「義也さんにはいつもお世話になってから、これくらいは当然です。私が体育の先生に怒られるぐらい、なんともないです」
「おい」
「義也さんのお役に立てるなんて、こんなに嬉しいことはありません!」

握りこぶしを握って力説する桜に、とうとう義也はその頭をはたいた。

「人の話を聞け!!」
「どうしたんですか?」

頭を抑えながら、桜はきょとんとした顔で首を傾げる。
もう一度殴りつけたくなる衝動を押さえつけ、義也は一度大きく息をついた。
なんとか気持ちを落ち着け、ゆっくりと話し始める。

「俺に女子の短パンを履けと」
「義也さんならお似合いになるかと思います」
「似合ってたまるか!」

しかし努力の甲斐なく、一瞬で一度収まった感情は頂点に達する。
桜はにこにこと笑ったまま、手を合わせて楽しそうに答える。

「最近そういうの、流行ってるらしいですよ」
「どういうのだ!」
「なんですか?男の娘?女装男子?」
「俺にそういった性癖はない!」
「まあ、食わず嫌いはよくないです」
「そういう問題か!ていうか俺のこのガタイでそんなの似合う訳ないだろう!」
「義也さんでしたら本物の方向け狙った方がいいかもしれませんね。ノンケっぽいところがまた。ムチムチな短パンがハードゲイぽくないですか?でもちょっと顔が女性的過ぎますかね」
「余計なお世話だ!」
「あ、落ち込まないでください。大丈夫ですよ。きっとそっちの世界でも義也さんはモテモテです」
「そういうことは言ってねえ!」

そこで我慢しきれずにもう一度桜の頭を叩く。
体育前だというのにすでに倒れ込みたいほどに体力を使ってしまった。
ずっとやりとりを見ていた藤が、時計を気にしながら問いかける。

「で、どうするの義也?」
「………見学する」

精神的にも疲労がたまってしまったため、ちょうどいい気がした。
ふらふらと教室から出ようとすると、桜が駆け寄ってきっちり畳まれた服を差し出す。

「はい、義也さんの体操着です。リビングにお忘れになってたから持ってきました」
「持ってるなら、最初からそれを出せ!!」

そして今日もまた義也の怒鳴り声が教室に響き渡った。





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