「兄さん、それどうしたの?」

すぐ上の兄が、庭でしゃがみこんでいた。
何かと思って近づくと、血まみれの猫が包帯に巻かれて横たわっている。
舌をだらりと出して、息が細くなっていた。
すでに命の光が弱くなり、この世から消え失せるのも時間の問題だった。

「道で、車に轢かれて………」
「ふーん」
「………一兄も双兄も、もう助からないって」

兄は辛そうに眉をひそめて鼻声になっている。
俺達のような力を持った人間じゃなくても、その猫が助からないのは誰だって分かっただろう。
病院に連れて行っても手遅れだと分かってるから、兄もここで形ばかりの手当てをしているのだろうし。
相変わらず意味のない行動が好きな人だ。

「うん、もう駄目だね、その子」
「………」
「早く殺してあげれば?」
「なんでだよ!」
「余計にその子、苦しむだけだよ」

苦しそうに不規則に上下する腹は、今もなお痛みを感じ続けているのだろう。
いっそさっさと楽にしてあげるのが一番その子のためな気がした。

「………でも」

兄さんは思った通り泣きそうな顔でうつむく。
俺が苛めてるみたいだからやめて欲しいんだけど。
どこまでも非生産的な行動が好きな人。
見ていて苛立つが、兄さんはそういうモノなのだから仕方ない。

「兄さんがそうやって撫でているのも、その子にとっては辛いだけだろうね」
「………」
「泣いても、どうにもならないと思うよ」

目に涙をためていたのを指摘すると、慌てて目尻を拭う。
別に隠さなくても、兄さんが泣くのなんていつものことなのに。
全く関わりのない事柄に対して、よくここまで感情移入が出来るものだ。
俺も兄さんのように育ったらこうなっていたのだろうか。
想像もつかないが。

「俺が殺していい?」
「………四天」
「その子のためだと思うけど」
「………でも」
「いいけどね。兄さんがやってることって、その子の苦しみを長引かせてるだけだよね」

それが分かっているのか、兄さんは眉を細める。
いつもいつも、色々なことに手を出しては何もできずに打ちひしがれる。
勝手に行動して、勝手に落ち込む、忙しい人だ。

「自分が出来ることだけした方がいいと思うよ。助けられないのに、手を差し伸べてもどうにもならない」
「………分かってる」

分かってたら、こんなに何度も言わないんだけどね。
無駄なことばっかりやってより深みに陥っていく。
時々ものすごいマゾなんじゃないかと思う。

結局兄さんはその猫が息絶えるまで傍にいて、最後には埋めて浄化まで行ったようだった。
目を真っ赤にして食卓に現れて、一矢兄さんに甘やかされていた。

人の手を借りないと生きていけない生き物。
弱い生き物。
頼りない生き物。

ああ、そうか。
まるであの猫は、兄さんだ。





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