「その………」 「ん、何?おいしくない?」 「いや………」 今日は、彼が昼食を作ってくれた。 材料があんまりないと言って、冷蔵庫の中身を使ってのありあわせのサンドウィッチ。 彼は驚くほどに料理の腕が上達していて、マスタードを使った玉子サンドや、黒コショウとチーズとズッキーニのサンドはとてもおいしい。 そして、当然のように納豆が入っていた。 調理の仕方によってはおいしいのかもしれないが、大粒の納豆とバターロールの組み合わせは、正直どうかと思う。 「その、納豆は………、合わないのではないかと」 「うーん、そうだな、これは合わなかったかも」 恐る恐る言うと、彼は納得してくれた。 よかった、納豆だからと言ってなんでもおいしいと感じている訳ではないのか。 味覚については、僕とそれほどかけ離れている訳ではないらしい。 「それと、その………」 「何?」 「何でもかんでも納豆を入れるのは、その、あまり、よくないと………」 「え?」 それは、今まで言おう言おうと思っていて、言えなかったことだ。 彼の探究心は素晴らしいと思うが、クレープや玉子焼きに処理なしで入れるのはどうかと思う。 今なら、伝えることが出来るのではないだろうか。 「納豆というのは匂いもきついし、食感も独特だ。合わない場合が多いかと思う。だから………」 「………もしかして、美晴、納豆、嫌いだった?」 呆然とつぶやかれた言葉。 顔を上げると、彼の表情が、くしゃりと歪んでいた。 気分を害してしまったかと思った。 けれどそれは怒りではなく、哀しみだった。 「その、嫌いではないが………」 「もしかして、今まで、嫌々食べてた!?」 「いや!」 嫌々ではない。 彼の料理はなんでもおいしい。 たとえ挑戦的過ぎて少し違和感のある料理でも、彼が作ったものだと思えば食べられた。 けれど、彼は泣きそうな顔で、僕のシャツの襟首をつかむ。 「なんで言ってくれないんだよ!」 「それは………」 「お前、また我慢してたのかよ。嫌だったら嫌だって言ってくれよ。なんで我慢とかするんだよ。俺に遠慮なんてするなよ!」 彼は、泣きそうだった。 自分の料理を拒絶されたことを、怒っているのではない。 僕が我慢していたことを、哀しみ、怒っているのだ。 その事実に、胸が締め付けられるように痛くなった。 「お前、俺を信じてないのかよ!俺はお前が嫌がることなんてしたくない!」 「信じてないなんてことはない。僕は君を信じている」 「なら、なんで!」 しがみつくようにして、悔しそうに唇を噛む。 そんな表情が見たかった訳じゃない。 僕は、彼の笑顔が、見たい。 「俺に対して我慢なんてするなよ。頼むからなんでも言ってくれよ!」 「それは違う!」 苦しくて悲しくて、思わず声を荒げてしまう。 僕の大きな声に驚いて、彼は顔を上げる。 彼を信じてないなんてことはない。 それこそ、彼は僕を信じていない。 僕が誰よりも信じているのは、彼なのに。 「遠慮も我慢もしてない。君にはなんでも言っている」 「だったらどうして………、言ってくれなかったんだよ」 言われて、少し考える。 何度か言おうかと、思った。 けれど、言えなかった。 それは。 「君が、とても楽しそうだったから」 「俺が楽しくても、美晴が嫌がってるのなら、なんも意味はないんだよ!」 「違う。僕も楽しんでいた」 そう、それに僕も楽しんでいたのだ。 彼の笑顔を。 彼の料理を。 「僕は、君が次にどんな料理を作りだすのか、楽しみにしていた」 「なら………」 「でも、材料ももったいないし、明らかに合わない組み合わせは、少し考えるべきだと思う」 今回ぐらいなら、なんとか食べられるが、これからは食べられないものも出てくるかもしれない。 それに、彼がこれを僕以外に振る舞うと考えると、彼の評判を落としかねない。 それは望むところではない。 「………」 彼は僕の襟首から手を離し、それから自分の胸元を掴む。 そしてきゅっと唇を噛んだ。 「でも俺、納豆には、無限の可能性を感じるんだ。もしかしたら考えつかないところから、新しい組み合わせが生まれるかもしれないだろ?俺はその機会を逃すことは、したくないんだ」 「………そうか」 それから顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめてくる。 僕の好きな、彼の生き生きとした目が、見ている。 「でも、美晴を実験台にしたい訳じゃないんだ。ただ、何か新しいものが出来たら、美晴と共有したいって、それだけだったんだ。だから、今度から、試作品は、もってこない。ごめん、美晴、気付かなくって………」 「いや」 彼の言葉をさえぎって、首を横に振る。 そんな遠慮をしてほしい訳じゃないんだ。 彼のそんな顔は、見たくない。 「美晴?」 「君の探究心と、情熱は、分かった。それなら、僕も協力したい」 「でも、確かにキワモノが出来る可能性は高い………。これ以上美晴に協力してもらう訳には………」 確かに、納豆には成功の可能性も高いが、失敗も多いだろう。 けれど彼がそこまでの決心をしているのなら、僕も、彼と一緒に挑みたい。 「いや、どんな危険なものが出来ようと、僕は君となら乗り越えられる」 「美晴………」 「何より、君が目指すものを、僕が一番最初に知りたい。君の成功を分かち合うのは、僕でありたい」 彼が僕と共有したいというのなら、それは何よりも僕の喜びだ。 それがなんであれ、彼と分かち合うことができるのなら、それは確かに幸せなのだから。 「………美晴」 彼が驚いたように目を見開いた。 そして、その目がみるみるうちに潤んでくる。 「和志、僕は喜びも悲しみも全て、君と分かち合っていたい」 「美晴、ありがとう!」 彼のしなやかな腕が、僕の胸に回される。 僕も幸せでいっぱいになりながら、その体を強く抱きしめた。 |