仕事から帰ってきたら、もう日付は変わっていた。
当主たる父は本当に人使いが荒い。
全く人をなんだと思ってんだか。
まだこれでも中学生なんだけどね。
学生らしい生活ってものを、一回送ってみたいものだ。

部屋に行く前になんか飲みたくて、ダイニングに向かう。
明かりがついていて不思議に思う。
お手伝いさんだろうか。

「………天?」

けれどキッチンから出てきたのは、すぐ上の兄だった。
部屋着でコーヒーカップを持っている。

「あれ、兄さん起きてたの?」
「試験なんだよ」

それはまた、学生らしくて結構なことだ。
試験で徹夜なんて、してみたいね。
する必要を感じたことないからしたことないけど。

「そう、頑張ってね」
「………お前は、仕事?」
「うん、疲れた」
「………そう」

自分で聞いたくせに、兄さんはむすっと唇を引き結んで黙り込む。
別にねぎらえとは言わないけど、自分からふって不機嫌になるのは勘弁してほしい。
疲れもあって、溜息が出てしまう。
それをどう思ったのか、兄さんは俺から顔をそらしてキッチンに戻る。
全く、いじけるのもいい加減にしてほしい。
普段はいいけど、疲れている時は面倒くさくて怒鳴りつけたくなってしまう。

キッチンで二人で作業するのも面倒なので、俺はダイニングの椅子に腰かけて兄さんが出て行くのを待つ。
しばらくレンジの音やら何やらがキッチンから響いていた。
ああ、眠いな。
もう寝ちゃおうかな。

「………」

そんなことを思っていると、兄さんがキッチンから出てきて俺の隣に立つ。
また何か文句でも言うのだろうか。
さすがに今は優しくできない。

「何?」

険のこもった声で問うと、兄さんはいまだ不機嫌そうにしながらトンと音を立ててテーブルにマグカップが置いた。
俺のマグカップだ。

「ほら」
「………ミルク?」

兄さんは小さく頷くとそのまま黙ってダイニングから出て行った。
俺は一人残されて、そのマグカップを覗き込む。
湯気を立てている白いミルクは、見ているだけであったかくなってくる。
一口飲むと、過剰な甘さが舌にじんわりと広がった。

「甘」

砂糖が沢山入ったミルク。
そういえば、小さい頃も兄さんが作ってくれたっけかな。

湯気で、じんわりと体が温かくなる。
マグカップの熱で指先に体温が戻ってくる。

甘い甘いホットミルクにささくれだった心が、少しづつ癒されていくような気がした。





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