「蔵元さん、ぎゅうってしてもらえませんか?」
「ぎゅう?」
「えっと、こうハグしてもらえませんか?」

こう、と言いながら乃愛ちゃんは大きく手を広げてベアバックでもかますように自分を抱きしめた。
いつものびっくり箱が、また変なこと言い出した。

「ちょっとでいいんです。キスしろとかエッチしろとか少しだけ我慢しますから」
「沢山我慢してほしいかな」
「分かりました。沢山我慢します。だから、ちょっとでいいから、ぎゅうってしてもらいませんか?」

いつもの乃愛ちゃんとは思えない控え目なお願い。
襲えだのヤリ捨てろだのホテルに行こうだの低温のプレイ用のろうそくを買っただの。
そんな正坐させて説教したくなるような発言とは打って変わってかわいらしい。

「どうしたの?」
「だって、寂しいです。私たち今、恋人同士ですよね?」
「多分」
「なのに、手をつなぐだけです。それは嬉しいけど、もうちょっとくっつきたいです」
「はあ」

思わず気の抜けた相槌を打ってしまう。
ていうかかわいいな。
出来れば俺だって彼女とは色々したいと思っている。
ただ、乃愛ちゃんといるとムラっとくる前に萎えてしまうだけで。

「もっともっと、蔵元さんの近くにいたいです」
「………」

乃愛ちゃんはしょぼんと肩を落として、視線を地面に落とす。
そして、たどたどしく小さな声で続ける。

「私、美少女でも美女でもないし、色気もないし、蔵元さんが私に、ムラムラしないのはしょうがないですけど、でも、ちょっとだけでいいですから、嫌悪感なかったらとかでいいですから、動物抱っこする感じでいいですから、ぎゅうってしてもらえませんか?」

そこで、ちらりと俺を見上げてくる。
いつもと違って自信のなさそうな、頼りない表情。

「それだけで、私、すごく嬉しいです」

恐る恐る窺うような表情に、考える暇なくその小さな体を抱きしめていた。
かわいい。
男って単純。
本当にこの子、変な発言さえなければ普通に可愛いんだよ。

「わ」
「はい、ぎゅう」
「………」
「かわいいかわいい」

望み通りぎゅっと抱きしめて、その頭をぐりぐりと撫でる。
小さな体はわずかに花の匂いがして愛おしい。
ああ、かわいいな。

「う………」

乃愛ちゃんが、俺の胸に顔を埋めて小さくうめく。
今までちょっと邪険にしすぎたかな。
もっと優しくしてあげてもいいかもしれない。

「乃愛ちゃんはかわいいよ」
「う、うう」

泣いてしまったのだろうか。
より、愛しさがつのる。
泣きわめく女はうざいけど、こんな風に嬉し泣きされるのはかわいいと感じるのか。

「う」
「乃愛ちゃん………」
「うへへへへへへ」
「………乃愛ちゃん?」

少しだけ体を離すと、乃愛ちゃんは顔を真っ赤にして鼻を抑えた。
泣いている様子はなく、むしろにやける顔を必死で隠そうとしている。

「う、うひ、た、たまりません。鼻血が出そうです」
「おい」
「作戦通りです!ちょっと弱気に女の涙作戦、成功です!」
「おいこら」
「先輩の言った通りです!いつもは強気にたまに弱気に!女のギャップに男は弱い!」

またそういうオチか。
くそ、こんな処女に騙されるとは。

「こら」
「痛い!」

脳天に思いっきりチョップを食らわすと、乃愛ちゃんは頭を抑えた。
なんかテンション上がった分だけどっと疲れがきた。
騙された悔しさとガッカリした悲しみと。
ああ、疲れた。

「君は今度は何をしてるのかな?ていうか何を吹き込んでるのかな、君の先輩は」
「は!私今口に出してました!?」
「随分盛大な独り言だね」
「すいません、あまりにも浮かれすぎてついうっかり!」
「うっかりすぎるだろ」

もう一回チョップをくらわすと乃愛ちゃんは痛い!と頭を抑えた。
涙目になって、俺を恐る恐る見上げる。

「すいません………、蔵元さんがあまりにも色っぽくて、蔵元さんをメロメロする前に、私がメロメロになってしまいました」

まあ、そう言われるのは悪い気じゃないけど、かわいいと思うけど、どうしてこうやること成すこと人を萎えさせるんだ、この女は。
びっくり箱は握りこぶしを握って決意を固める。

「次は、頑張って騙しとおします!」
「そんな堂々と騙すとか言わない」

なんだか何もかもがどうでもよくなり、また乃愛ちゃんを抱きしめる。
望み通り、ぎゅうっと。

「はい、ぎゅう」
「く!苦しい、苦しいです!しまってます!首がしまってます!」

細い首を締めあげると、乃愛ちゃんはバタバタと小動物のように暴れた。
男の純情返せ。





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