テレビの中で幸せそうに微笑むウエディング姿の花嫁。 宝石店のなんでもないCMの一場面。 うそ臭いキャッチフレーズと共に、指輪が大きく映し出される。 私はただ、それをなんともなしに眺めていた。 「真衣ちゃん、結婚式したい?」 隣に座っていた弟が、不意にそんな問いを投げかける。 2人で暮らし始めてもう結構たつけど、こんなことを聞かれたのは初めてだった。 ちょっと驚いて、答えが遅れた。 「……別に」 それは本心だった。 結婚式に、特に興味もない。 自分が結婚式を挙げる姿を想像したこともない。 結婚というものは、これまでも、そしてきっとこれからも。 私には関わり合いのないものだろう。 「そう?」 「うん、面倒くさそうだし」 そう言うと、いつまでたっても綺麗な弟はくすくすと笑った。 玩んでいた私の髪を一房とって、口付ける。 「真衣ちゃんらしいね」 「どういう意味?」 「そういう意味。でも、俺は真衣ちゃんのウエディングドレス姿見てみたいかな」 「そんないいものでもないと思うけど」 ウエディングドレスや白無垢に憧れる気持ちは、ちょっとある。 綺麗な装いは女として心が惹かれる。 身に着けることができないのが分かっているから、余計に。 弟は、冗談なのか本当のなのか、楽しそうにその先を続ける。 「今度海外にいって、ドレスの写真だけでも撮ろうか」 「は?」 「結婚式、あげるのもいいね」 「……どうしたの?」 本当にいつもの千尋らしくない。 穏やかで、完璧で、現実的で絶対の自信を持っている弟。 戯れでも、あまりこんなことを言ったりしない。 「結婚なんてさ、形式だけで、正直どうでもいいと思うんだよね」 「うん」 そう、私たちには関係ない。 結婚しなければ、絆が作れないというなら、私達の中に確かにある想いは全否定されてしまう。 形なんてなくてもいい。 形式なんて、必要ない。 このどこか歪で不安定な檻だけが、私のすべて。 でも千尋は、私の髪を指に絡めながらポツリポツリと続ける。 「でも、誓いってあるでしょ、あれ、いいなって」 「誓い?」 「病める時も、健やかなる時もって、あれ」 「ああ…」 誓い。 意外な言葉だった。 「俺達の間には、なんも証がないから。すぐに壊れてしまうようなものだから」 「……」 「誰かに訴えたいのかもね。知っていてほしいのかも。誓いと証が、欲しいのかも」 「神の前で私たちが誓ったりしたら、天罰がくだるんじゃないの?」 そういうと千尋は自嘲的に唇をゆがめて嗤った。 どこか苦しそうな、苦い笑い。 「確かに、それもそうだ」 いつも聡明で、無駄なことを嫌う弟が、そんな下らないことを言う。 疲れているのだろうか。 後悔しているのだろうか。 未来なんてない、この関係に。 でも。 「私は、そんなの必要ないよ」 「え?」 「証あるよ。千尋がいてくれる、私を欲しがってくれる」 「………」 「私の傍にいてくれるって、言ったでしょ?」 「うん、ずっと、傍にいるよ」 どこか上擦った声で、私の肩を抱く。 優しい、柔らかい抱擁。 変わらない、これが確かなもの。 「誓い、でしょ、それ。私が知ってる。それじゃ、だめ?」 「ううん…」 「私は、千尋がずっと傍にいるって、知ってる」 「……それでいい、それでいいよ。それだけで、十分」 腕に力が篭もる。 私は体の向きを変えて、弟の背に腕を伸ばす。 誰よりもなれた匂いに、眠くなるような安心感と不安感を一緒に感じる。 私もずっと千尋の傍にいる。 それが、私の誓い。 2人の間の、確かなもの。 ずっとずっと、傍に。 |