「ただいま」 ドアが開く音に気が付いて、私は慌てて玄関へと駆けつけた。 「お、おかえり」 玄関先には、どこか不機嫌そうに眉をしかめた姿があった。 靴もコートも脱がずに、腕を組んで立っている。 なるべくいつも通りに、私は笑顔で帰宅した駿君を迎える。 「………」 「な、何?どうかした?」 けれど無言で顔をじっと見てくる駿君に、私は思わず目を逸らす。 な、なんだろう。 「お前また寝てただろ」 「え、え?なんで、ね、寝てないよ」 な、なんでばれたんだろう。 洗濯物をたたみながらついうとうとして、いつのまにかソファに横になっていた。 今日は特別寒くて、温かい室内が心地よくてタオルケットが恋しくなってしまったのだ。 「よだれ」 「嘘!」 私の頬を指差す駿君に、慌てて両手でさする。 駿君は更に冷たい目になって私の頬っぺたをつねる。 「やっぱり寝てたんだな」 「あ、ひ、ひどい。カマかけた」 「引っかかるほうが悪い、ばーか」 こつんと、軽く拳で殴られる。 呆れたようなため息が心に痛い。 「痛い」 恨めしげに睨むと、駿君は勝ち誇ったように笑った。 そして顎をしゃくりあげて、室内を指す。 「コート着てこいよ。外行こうぜ」 「へ?なんで?」 「雪、降ってる。散歩しよう」 そう言って駿君は笑った。 「わ、積もるね、これは」 「ああ、今年は早いな」 「うん、うーさむー」 はらはらと振る大粒の雪が、薄暗い中街灯に照らされキラキラと光る。 もう随分と見慣れたものだけれど、それでも見とれてしまう。 私はうっすらとつもった、降り始めの雪がとても好きだった。 「でも、なんでまた散歩なんて?」 「近頃忙しくて、一緒に歩いてなかったから。手近で悪いけどな」 「あ、え、えへへ。うふふ、嬉しいな」 「そりゃよかった。それに寒いとほら」 そう言って駿君は手袋をした手で私の手をとり、自分のポケットの中に一緒に入れてしまう。 自然と寄り添う形になって、嬉しくて、くすぐったい。 「手、つなげるだろ」 その言葉に思わず私は絶句してしまった。 赤面して、うつむいてしまう。 「………駿君、近頃やばいよ…」 「何がだよ」 「なんか浮気とかしてない?どんどん言葉が甘くなっていくんだけど」 「人聞きの悪いことを言うな」 「でもなんかもう、どっかで綺麗なお姉さんとかに教育されてない!?」 「なんだそりゃ。俺がこんなこと言うの、お前だけだよ」 とかなんとかそんなこというし。 私は寒いのに、顔がますます熱くなる。 「……やっぱり怪しい」 「なんでだよ!」 「もう、駿君の言うこと嬉しいことばっかりなんだもん!ずるいよ!」 「訳わかんねーよ。だったらお前も嬉しいこと言ってみろ」 「え、え、え、え、え!」 「ほら」 「あ、あのね、今日は水炊きだよ」 「……近頃鍋多くないか?」 「う、だ、だって白菜安いんだもん」 「手も抜けるしな」 「そうそう、ってそうじゃないよ!」 駿君は私の言葉にくすくすと笑う。 そうだ、近頃忙しくて、こんな時間がもてなかった。 寄り添うだけで嬉しい。 他愛のない会話が、楽しい。 だから素直に、こんなことが口をついてでる。 「……あのね、また一緒にお散歩してね」 「ああ、またしような」 「駿君、嬉しくなった?」 「結構高得点。でも後一押し」 「えー」 「これでいいや」 そう言って隣にいた駿君は私に屈みこみ、温かいものが唇に触れた。 そっと押し付けてすぐに離れていく温もりが寂しくて、私は自分から追いかけてもう一度押し付けた。 「100点満点」 そんな言葉が、耳にそっと入った。 来年も再来年も、その先もずっとずっとずっと。 一緒に雪を見て、散歩をしよう。 2人で並んで、歩こう。 |