「おら、酒買ってこいよ、このぐず!」
「………」

言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。
親父はもうすでに酔っ払っている。
言い返しても殴られるだけだろう。
別に怖くはないが、進んで殴られたいものでもない。

俺は黙ってパーカーを引っ掛けると、家を出た。



***




つまらない、狭い街。
どんなに歩いても、すぐに街の端についてしまう。
住宅は沢山あって自然も少ないくせに、夜は暗くて、店もすぐ閉まる。
中途半端に都会で、中途半端に田舎の、中途半端な街。
息が詰まる、狭い街。

「………ムラセ!」

まだ明るいしょぼい繁華街をうろついていると、見慣れたクラスメイトの姿が見えた。
俺は思わず弾んだ声で、駆け寄ってしまう。
鬱々とした気分が、吹っ飛んでしまう。

「あ、ニシ君…?」

ふりむいて、ムラセは驚いたように大きな目を更に大きくした。
少しだけ困ったような顔は、俺に会ったことによるものなんだろうな。
こいつは本当に顔に出やすい。

「何してんの、こんなところで」
「えっと、その塾が………」

そこでもごもごと言葉を濁す。
塾が終わるにはまだ早すぎるだろう。
それでこんな繁華街を歩いているってことは。

「サボリ?」
「………」

ムラセは顔を赤くして俯いた。
塾で出歩いて、サボって繁華街。
なんて普通。
本当に普通の理由で、どこまでも普通で、ほっとする。

「いいじゃん、少しくらい。ムラセ頭いいんだし」
「ニシ君みたいなすごい人に言われても、喜べないよ」
「俺は要領がいいだけ」

勉強なんて、コツだ。
先生の傾向と授業中の発言を聞いていれば、テストはなんとなくいい点が取れる。
器用貧乏って言うんだろうな、俺みたいなの。
ムラセやヤマザキみたいなタイプの方が、きっと将来的には何か出来るんだと思う。

「暇?じゃあ、少しだけ話そうよ」
「………ニシ君、どっか行くところじゃなかったの?」
「別に。親父に言われて酒を買いにきただけ」

この前、俺の家庭の事情をちらっと言ったせいか、ムラセは困ったように眉を下げる。
何を言おうか、そんなこと聞いても困るという表情をしている。
本当に分かりやすい。
厄介なことには関わりたくない、俺みたいな目立つ人間とは関わりたくない、でも、そういうのも気が引ける、人に冷たくして悪者になりたくない。
ああ、本当にムラセは普通だ。
普通に弱くて、普通にずるい。

「えっと、でも………」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、でも、誰かに見られたら、ニシ君が困るよ」
「俺が困るんじゃなくて、ムラセが困るんだろ」

そう言うと、ムラセは、そんなことないよと小さく言った。
本当に小心者。
俺は強引にその手を取って、道の隅っこに引っ張ってきてしまう。
そして自販でジュースを買って、ムラセに渡した。
ムラセは困ったようにキョロキョロとしながら、無視して立ち去ることもできずにジュースを受け取る。
臆病者の小心者。
その普通さに、ほっとする。

「まだ続けてるの、犬の散歩」
「うん」
「シイナがいなくても?」
「うん、シイナさん、メロスの散歩、好きだったから。だから、やめたくない」

小心者のムラセは、シイナの話をする時は、少しだけ強くなる。
シイナのためだったら、いじめっこにも立ち向かう。
あんなウチュウジン女のどこがよかったのか分からない。
きっと、普通ではない強さに、ムラセは憧れていたのだろう。

「ムラセは、強いな」
「ええ!?」

でも、俺は、お前の普通さにあこがれる。
普通に弱くて、普通にずるくて、普通に臆病で、そして普通に強い。
普通のことが、当たり前にできる。
それに、憧れる。
シイナがいなくなってから、ムラセはますます強くなった気がする。

「な、俺も連れてってよ、犬の散歩」

そう言うと決まってムラセは困った顔をする。
でもお願いだよ、ムラセ。
俺にその普通を、少しでいいから、分けてくれ。

「な、約束」

そう強く押し切ると、やっぱりムラセは困ったように頷いた。





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