「おら、酒買ってこいよ、このぐず!」 「………」 言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。 親父はもうすでに酔っ払っている。 言い返しても殴られるだけだろう。 別に怖くはないが、進んで殴られたいものでもない。 俺は黙ってパーカーを引っ掛けると、家を出た。 つまらない、狭い街。 どんなに歩いても、すぐに街の端についてしまう。 住宅は沢山あって自然も少ないくせに、夜は暗くて、店もすぐ閉まる。 中途半端に都会で、中途半端に田舎の、中途半端な街。 息が詰まる、狭い街。 「………ムラセ!」 まだ明るいしょぼい繁華街をうろついていると、見慣れたクラスメイトの姿が見えた。 俺は思わず弾んだ声で、駆け寄ってしまう。 鬱々とした気分が、吹っ飛んでしまう。 「あ、ニシ君…?」 ふりむいて、ムラセは驚いたように大きな目を更に大きくした。 少しだけ困ったような顔は、俺に会ったことによるものなんだろうな。 こいつは本当に顔に出やすい。 「何してんの、こんなところで」 「えっと、その塾が………」 そこでもごもごと言葉を濁す。 塾が終わるにはまだ早すぎるだろう。 それでこんな繁華街を歩いているってことは。 「サボリ?」 「………」 ムラセは顔を赤くして俯いた。 塾で出歩いて、サボって繁華街。 なんて普通。 本当に普通の理由で、どこまでも普通で、ほっとする。 「いいじゃん、少しくらい。ムラセ頭いいんだし」 「ニシ君みたいなすごい人に言われても、喜べないよ」 「俺は要領がいいだけ」 勉強なんて、コツだ。 先生の傾向と授業中の発言を聞いていれば、テストはなんとなくいい点が取れる。 器用貧乏って言うんだろうな、俺みたいなの。 ムラセやヤマザキみたいなタイプの方が、きっと将来的には何か出来るんだと思う。 「暇?じゃあ、少しだけ話そうよ」 「………ニシ君、どっか行くところじゃなかったの?」 「別に。親父に言われて酒を買いにきただけ」 この前、俺の家庭の事情をちらっと言ったせいか、ムラセは困ったように眉を下げる。 何を言おうか、そんなこと聞いても困るという表情をしている。 本当に分かりやすい。 厄介なことには関わりたくない、俺みたいな目立つ人間とは関わりたくない、でも、そういうのも気が引ける、人に冷たくして悪者になりたくない。 ああ、本当にムラセは普通だ。 普通に弱くて、普通にずるい。 「えっと、でも………」 「嫌?」 「嫌じゃないけど、でも、誰かに見られたら、ニシ君が困るよ」 「俺が困るんじゃなくて、ムラセが困るんだろ」 そう言うと、ムラセは、そんなことないよと小さく言った。 本当に小心者。 俺は強引にその手を取って、道の隅っこに引っ張ってきてしまう。 そして自販でジュースを買って、ムラセに渡した。 ムラセは困ったようにキョロキョロとしながら、無視して立ち去ることもできずにジュースを受け取る。 臆病者の小心者。 その普通さに、ほっとする。 「まだ続けてるの、犬の散歩」 「うん」 「シイナがいなくても?」 「うん、シイナさん、メロスの散歩、好きだったから。だから、やめたくない」 小心者のムラセは、シイナの話をする時は、少しだけ強くなる。 シイナのためだったら、いじめっこにも立ち向かう。 あんなウチュウジン女のどこがよかったのか分からない。 きっと、普通ではない強さに、ムラセは憧れていたのだろう。 「ムラセは、強いな」 「ええ!?」 でも、俺は、お前の普通さにあこがれる。 普通に弱くて、普通にずるくて、普通に臆病で、そして普通に強い。 普通のことが、当たり前にできる。 それに、憧れる。 シイナがいなくなってから、ムラセはますます強くなった気がする。 「な、俺も連れてってよ、犬の散歩」 そう言うと決まってムラセは困った顔をする。 でもお願いだよ、ムラセ。 俺にその普通を、少しでいいから、分けてくれ。 「な、約束」 そう強く押し切ると、やっぱりムラセは困ったように頷いた。 |
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