「お父さん、ちょっと見てきていい!?」
「うん、気をつけて。すぐ傍までだよ。迷子になったら大変だから」
「分かった!」

息子が元気いっぱいに駆けだしていく。
僕はそれを見送って、窓から見える景色に目をやった。
高台に建つ家からは、坂の多い街が見渡せる。

楽しい思い出も、悲しい思い出も沢山つまった街だ。
生まれた時から住んでいて、大学入学と同時に飛び出した。
通えない距離ではなかったが、なんとなくこの街から、出たかった。
切ないほどの郷愁を感じるとともに苦い後悔もこみあげてくる街。

再開発が進んで随分面変わりしてしまった。
中学生の頃犬の散歩で駆けまわった森や神社は残っているんだろうか。
それともやっぱり時代の流れに取り残され、失われてしまったのだろうか。

彼女のように。

「………」

子供のように無邪気な少女。
中学生には思えないほど天真爛漫で、純粋で、それゆえに残酷で、そして人の群れには馴染めなかった。
人を愛していたけれど、人は彼女を愛せなかった。
群れに入れない異物とみなして、人は彼女を追い出した。

今でも思い出すたびに、胸が痛い。
僕は彼女をこの世界にとどまらせるために、何か出来たんじゃないだろうか。
彼女が大人になることを厭い、子供のままで生きることを選ぶことを阻止できたのではないだろうか。
一緒に汚さも変化も受け入れて、大人になることが出来たのではないだろうか。
何度も思っては、幼馴染にはすげなく否定された。

馬鹿じゃないの、シイナは医療ミスで殺された。
それが全て。
ユーレイとかそんなヒカガク的なもの信じてるほど私は暇じゃないの。
まあ、百歩譲ってあんたが考えるようにあいつが子供のままいたいから死んだって言うなら、それはシイナが選んだこと。
あんたがどうこう言う問題じゃない。

そのはっきりとした言葉にいつも負けて、悔しくて、でも安心する。
僕には何も出来なかったんだと、そう思えるから。

今ではもうあの夏のことは夢のようにも感じる。
毎日一緒にいた、3か月間。
彼女が僕にくれた、儚い夢。

彼女は、今もこの街にいるのだろうか。

「お父さん!」
「お帰り」

物思いにふけっていると、息子が笑顔で帰ってきた。
前に住んでいたところより広い家と自然は、息子には楽しいものらしい。
それだけでも、ここに帰ってきてよかったかもしれない。

「ねえねえ、お父さん、お父さんってすっごい怖がりだったの?」
「え、何急に」
「そう言ってたよ!」
「誰が?あ、またお母さんだろ」

すぐに妻はいらないことまで吹き込むから。
けれど、息子はくすくす笑いながら首を振った。

「違うよ。麦わら帽子のお姉ちゃん!」
「え………」

ぽたりと、床に、小さな水滴が落ちる。

「お父さん?」

気がつけば、涙が溢れていた。





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