志藤がスーツを脱ぎ、ラフな部屋着に着替えたところで、部屋のドアがノックされた。
もう夜も遅く、そろそろ日付が変わりそうな時間帯だ。
こんな時間にドアを叩く人間は、基本的には一人しかいない。

「はい」
「入っていい?」
「どうぞ」

外から響いてきたのは想像通りの声。
快く受け入れると、ドアが静かに開かれる。

「ね、飲もう?」

そしてワイン片手ににっこりと笑って現れたのは、志藤よりも随分と年少の少年。
いや、もう少年とも言えないだろう。
志藤が初めて言葉を交わした時は、少年の面影を色濃く残していた。
しかし今は頬はそげ、背は伸び、声も少し低くなった。
その性別を感じさせない綺麗な面立ちと、美しい黒髪と黒い目の色は変わらないのだが。

「………四天さん。何度も申し上げますが、あなたは未成年ですよ」

しかも、疑問形ではあるものの、お誘いではなく半ば強制だ。
柔らかな口調と態度とは裏腹に、強引な四天に志藤はため息をつく。

「小学校入る前から飲んでるのに、何を今更」

肩を竦めて皮肉げに笑って、四天がするりと部屋の中に入り込んでくる。
その手にはグラスが二つある。
最初から、志藤が断るとは想像もしていないのだろう。
傍若無人な青年に、けれど、志藤は苦笑して肩を竦める。

「まったく、仕方ない方です。少しだけですよ」
「うん」
「ではご相伴に預かります」

四天は断りなくベッドに腰掛け、志藤もその隣に座る。
ワインボトルを受け取り、四天のグラスに注ぐ。
そして自分の分のグラスにも注ぎ、薄いガラスを軽く合わせる。

「乾杯」
「乾杯」

四天の趣味で冷やされた赤ワインは、じんわりと胃を熱で焼く。
口に広がる濃厚な渋味はおいしく、疲れた体に心地いい。

「ん、おいしい」

四天が、座る志藤の肩に寄りかかるように背を預ける。
志藤も黙ってそれを受け止め、グラスを傾ける。

「つまみがちょっと欲しいね。朝日起こして来ようかな」
「間違いなく、大変お怒りになりますよ」
「想像がつくなあ。朝日を怒らせたくないよね」

この家に1年ほど前から身を寄せている少年は、自分の感情に素直で喜怒哀楽を我慢することはない。
そして、自分の気分を害する人間は容赦しない。
四天は朝日の怒る様子を思い出したのか、くすくすと笑う。

「朝日は食と睡眠を妨害したら烈火のごとく怒るからね」
「まあ、普通は誰でも怒りますが」
「朝日はまた別でしょう。欲だけで生きてるからなあ」
「朝日さんはご自分に正直ですから」
「正直っていうかなんていうか」

生き方としてはとてもシンプルだ。
好き、嫌い、おいしい、まずい、快、不快。
見ていて清々しくなるほど迷わず、切り捨て選び取る。

「でも、本当に朝日引き取ってよかったよね。司狼も楽しそうだし、ご飯がおいしいし」
「ええ。家の中が明るくなりました」
「俺と志藤だけだと、辛気臭かったしねえ。司狼と朝日が来てくれてよかった」

引き取り一緒に暮らしている二人の少年のおかげで、家の中は賑やかになった。
特に朝日は、良くも悪くもストレートで、こちらが落ち込んでいたり暗い気分になっていても、空気を読まず、思いやることなく切って捨てる。
家の中では、落ち込んだり暗くなっている隙がない。

「司狼は可愛いし、朝日は面白いし」
「おや、私と二人ではご不満でしたか?」
「まあ、それはそれで悪くなかったけどね。助かったし」

四天のグラスが開いたので、志藤がワインを注ぎたす。

「この家は、明るくて、解放感がある。あの家とは大違い。あっちの方が、全然広くて日当たりもよかったはずなのにね」
「………」

四天がワインを一口飲んで、あくびをする。

「ふわあ」
「お疲れですね。お体は大丈夫ですか?」
「平気。志藤も、ご苦労様。だいぶ任せちゃってるし、体へーき?」
「私はこう見えて体は丈夫ですから」

後ろに仰け反るようにして志藤の顔を見上げ、四天が笑う。

「まあ、壊れない程度に頑張って。壊れる犬はいらない」
「ええ。壊れて捨てられないように適度に頑張りますよ」
「駄犬だけど、能力だけは信頼してるしね」
「優秀なあなたに能力だけでも信頼されているのでしたら光栄です」

志藤は笑顔を崩すことなく、四天の言葉を返す。
すると四天はつまらなそうに唇を尖らせて肩を竦めた。

「可愛くなくなったなあ。昔はちょっとつついたらへこんでたのに」
「鍛えられましたから。あなたは逆にとてもお可愛くなられましたね」
「だって俺志藤よりもずっと若いし。可愛いもんでしょ」
「ええ、どうぞ頼ってください、年上の私に。可愛い学生の四天さん」
「本当に可愛くない」
「どなたかの薫陶のたまものですね」

志藤が、自分のワイングラスにワインを注ぐ。
四天も自分のワインを飲みながら、小さく首を傾げる。

「普通の兄弟って、こんな感じなのかな」
「さあ。私も兄とは疎遠でしたからよくわかりませんね。でも、少し違う気もします」
「難しいね」

四天が肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑う。

「まあ、兄弟ではあるんだけどね」
「本当にあなたは、綺麗な顔して下ネタがお好きですよね」
「だって男だし」

志藤が眉間に皺を寄せると、四天はますます楽しそうに笑う。
そして志藤の足をまたぎ、乗り上げる。
渋面を作る志藤を、色を含む視線で見下ろす。

「朝日の言うようにもっと深い仲にもなってみる?」
「タチの悪いご冗談はおやめください。さすがに怒りますよ」
「つれないね。操を立てても相手はビッチなのに」
「四天さん。降りてください」
「はいはい。怖い怖い」

四天は肩を竦めて、足から降りる。
それから、不意にドアの方を見た。

「司狼かな」

言うと同時に、ドアが遠慮がちにノックされた。
部屋の主である志藤が返事をする。

「はい」
「ごめん、遅くに。四天、いる?」

四天の言うとおり、同居人の一人である少年のおずおずとした声が聞こえてきた。
志藤が少し頬を緩めて、声をかける。

「ええ、いらっしゃいますよ。どうぞお入りください」

そっとドアが開かれて、覗き込むのは、まだ高校生の同居人の片割れ。
背が高く、よく整った大人びた容貌だが、今は不安げな表情を浮かべている。

「ごめん、夜に」
「かまいませんよ。いつでもいらしてください」

この少年が四天を夜に探している理由は想像がつく。
四天がベッドに座り直し、優しく笑う。

「司狼、眠れないの?」
「………うん」
「おいで」

手招きすると、司狼はそっと部屋の中に入ってくる。
そして志藤と四天の手にあるグラスを見て、眉を顰める。

「四天、飲んでたのか?」
「ちょっとね」
「………」
「本当にちょっとだけだよ。ほら、おいで」

未成年の四天が飲むことをよしとしない司狼の無言の非難を四天は笑ってごまかす。
その腕を引っ張って、志藤と自分の間に座らせる。

「心配しなくても、少しだけだよ。俺はもうちょっと起きてるけど、ここで眠れる?」
「………うん。あ、でも縁、平気?」

頷いてから、慌ててここの部屋の主である志藤に視線を向ける。
志藤は穏やかに微笑み、司狼の頭を撫でる。

「ええ、大丈夫ですよ」
「たまには三人で寝るのもいいんじゃない?川の字ってやつ?そういえば昔はしたことあったかな。あ、ついでに朝日も呼んで来ようか。仲間外れにしたら可哀そうでしょ」
「間違いなくお怒りになる上に、固辞されるかと思います」
「それはやめておけ。絶対あいつはキレる」

志藤と司狼に言われ、四天がくすくすと笑う。
ものすごく不機嫌になり文句をつける朝日が想像できたのか、三人で苦笑する。

「では、後で布団を持ってきます」
「あ、縁!俺が布団で寝る!」
「大丈夫ですよ。もう夜も遅いです。司狼さんはこのままお休みください」

そっと促して、志藤と四天の後ろにあるベッドの空きスペースに誘導する。
司狼がベッドに横たわると、四天がその顔を優しく撫でる。

「司狼、学校は楽しい?」
「ああ。友達が、沢山できた」
「そうよかった。いっぱい楽しんでね」
「うん」

司狼は気持ちよさそうに目を閉じて、四天の手に頬を摺り寄せる。

「朝日とは仲良くしてる?」
「………してる、と思う。たぶん」
「ま、無理しない程度に」

目を瞑りながら少し眉を寄せた司狼に、四天が肩を竦める。

「司狼さん。何かお困りのことがあったら、なんでもおっしゃってくださいね」
「うん。ありがとう、縁」

二人に見守られ、司狼は安心したように、表情を緩める。
それを見て、司狼の額に手を置き、四天が小さく眠りの呪を唱える。

「じゃあ、お休み、司狼。よい夢を」

しばらくして寝息を立てる司狼を見て、志藤と四天は目を細める。
それから、またグラスにワインを満たした。






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