帰り支度のため、荷物をまとめている時だった。

「ねえ、原田ってさ、ユーレイ、見えるんでしょ?」

頭の上に大きなお団子を結った女が、突然話しかけてくる。
この女はどこかで見覚えがある。

「えーと」

見覚えはある。
が、名前が出てこない。
なんか馴れ馴れしいし、たぶん同じクラスではあるんだろう。
名前を知らないまま話を続けるのも気持ち悪い。

「あんた誰だっけ」

なので正直に聞くことにした。
分からないことがあったら素直に聞いた方が、お前の場合はいいと言われてたし。
誤魔化す能力皆無とか、ムカつくことも言われた。

「はあ!?あんたの前の前の席に座ってるでしょ!高橋!」

ああ、通りで見覚えがあると。
でかいお団子が邪魔だなあと思ってたんだ。

「あー、分かってる分かってる!思い出した!で、なんだっけ?」
「あんた絶対分かってないでしょ!?」
「いやいや、そんなことないそんなことない。分かってる分かってる」

うん、ちゃんと思い出したし、問題なし。
高橋は眉間に皺を寄せて、険悪な表情をしている。
やっぱり少し周りを見た方がいいな。
気を付けよう。

「………あんたユーレイとか見えるんでしょ」
「ユーレイっぽいものは見えるな」
「え、本当に!?」
「なんで驚くんだよ。お前が聞いたんだろ」

あれをユーレイというのかなんなのか。
俺もお化けとかユーレイって言ってたが、神とか邪気とか魔物、鬼とか、なんか色々言われてたな。
まあ、全部ひっくるめてバケモノでいいだろう。

「いやいや、やっぱりびっくりしてさ。じゃあさ、肝試しいかない?」
「キモダメシ?」

高橋は少し笑いながら、小首を傾げる。

「そう、小住の幽霊屋敷」

小住の幽霊屋敷。
それは、どこかで聞いたことがある。



***




そしてクラスメイトに連れてこられた幽霊屋敷とやらは、随分立派な幽霊屋敷だった。
同行者は高橋と、たぶん、クラスの女子二人と、男子二人。
全員見覚えがあるが、名前が分からない。

「………ふーん」

学校からバスで20分ほどで、降りて更に歩いて20分。
鬱蒼と茂る森の中に、なんでこんなところに建てたと聞きたくなる随分立派な洋館があった。
二階建てぽいが、プラスで屋根裏みたいのがあるのだろうか、三階建てにも見える。
屋敷の真ん中にはどどーんとこれ見よがしなでかい木の扉がある。
人が住まなくなってずいぶん経つのだろう、蔦が巻き付き外装は剥げ落ち、これまた雰囲気を出している。
赤と黒の狭間の夕闇の中、口を開けて待っている獣のようだ。

「ねえ、どうよ」

屋敷の前で見上げていると、隣にいた高橋が楽しそうに聞いてきた。
高橋の隣にいる奴らも、一人を除いて同じようににやにやとこちらを見ている。

「うん、これヤベーな」

率直に答える。
思った以上に、ヤバい空気を醸し出している。
向けられる敵意、伸し掛かる圧力、濃く強いバケモノの匂い。
これはさっさと帰った方がよさそうだ。

「え?」

高橋は、俺の答えにきょとんとした顔になる。

「普通に入れば食われるわ」

俺一人ならまあ、入って帰ってくることはできるだろうが、こいつら全員入れたら一人や二人食われるだろう。
ちょっと舐めてたかも。
あいつら見返してやろうと思ってたんだが、下手なことしたらまた怒られて面倒くさい。
なにより、俺は危険なことはしたくない。

「はあ!?食われるって!?な、なにそれ。あんた、なんかキモい」

高橋は自分で聞いてきたくせに、なんか一歩ひいて気持ち悪そうなものを見る目で俺を見ている。
こういうことを言われるのは慣れてる。
ていうか慣れた。
肝試ししたいとか言いながら、だいたいこいつらは信じてないんだよな、ユーレイやらバケモノやら。

「お前、本当にユーレイとかいるって思ってんの?うわ、ヤバい、痛い」
「マジ、お前、痛いやつだったのな」

男子二人と女子のもう一人も薄笑いして、ちょっとビビりながら、馬鹿にしてくる。
ったく、面倒くせーな。

「お前らが聞いてきたんじゃん。いるぜ、すぐそこ」

さっきから何かが動いている、屋敷の窓の二階を指し示す。

「っ」
「きゃあ!」

途端に悲鳴をあげて、飛び退く男子二人に女子二人。
うるせえ。

「………」

その中で一人だけ、違う反応をしている奴がいた。
俺らの後にずっとついてきていた、残り一人の女子。
だっせー眼鏡をかけて、髪を肩で切りそろえている、大人しそうな奴。
ずっとぷるぷると小動物のように震えて、俯いている。
でも、たまに顔をあげると、その視線はずっと俺と同じところを見ていた。

「お前も見えてんだろ。目が追ってる」
「………っ」

声をかけるとビクリと大きく震えて、ますます俯いてしまう。
なんか本当に動物っぽいな。

「な、なに」
「何言ってんだよ、お前ら」
「と、とりあえず入ろうぜ。それともお前ビビって入れねえ?」

クラスメイト男Aが、なんか言ってる。
どうみても、ビビってるのは俺じゃない。

「ビビってんのお前じゃねーの?」
「う、うるせえ!」
「うるせーのもお前じゃねーか」

本当にうるせーな、男Aも男Bも。
殴り倒しても許されるだろうか。

「とにかく入れんのかよ!怖いんだろ!」
「まあ、ちょっと入るぐらいいいけどさ」

俺もちょっと興味あるし、偵察がてらちょっとドア開けて一歩入って出てこよう。
屋敷に近づき、見た目通り重い木のドアをゆっくりと開ける。
鍵はかかってない。
開いてすぐは大きなエントランスで、奥は壁。
左右に廊下が伸びている。
廊下の片側は窓、片側にはいくつかのドアが見える。

「暗いなー、お前ら懐中電灯とか………」

エントランスに入り込み、辺りを見渡す。
階段は、どこにあるのだろう。
振り返ろうとした途端、いきなり背中を思いきり押された。

「え、わ、ちょ!」

こけることは耐えられたが、たたらをふんで、更に屋敷の中に入り込む。
そして、バタンと大きな音を立ててドアが閉まった。

「はあ?」

すぐにドアにとって返して、ドアノブに手をかけてひねる。
しかしガチャガチャと音を立てるだけで、ドアは開かない。

「お前ら何してんだよ!!!おい、ざっけんな!おいこら!」

力任せにドンドンと叩いても、ドアは開かない。
思いきり蹴りを入れると、ドアが大きく軋んだ。

「おい!!!」
「もうちょっとしたら出してあげる!あははっ」
「そこで仲良くしてろよー。後で迎えに来てやるよ」
「ユーレイなんていねーって!キモいんだよ、お前ら!せいぜいビビって漏らせよ!」

ドアの外では、高橋を含むやつらの笑い声が響いている。
何してんだ、あいつら。
あいつらが、ドアを閉めたのか。

「ひ、ひっ」

その時、小さな声がして、俺以外にも人がいることに気づいた。
隣には座りこんだ、一番大人しい眼鏡のクラスメイト女Cがいる。
こいつも俺みたいに突き飛ばされて屋敷の中に入れられたのか。

「………」

屋敷の中は相変わらず重苦しい空気と、濃厚なバケモノの匂いがする。
気持ち悪くなりそうだ。

「なんだこれ。あいつら何してんだよ」

意味が分からない。
なんでこんなことになってんだ。

「と、閉じ込められたんだと………」

座り込んだ眼鏡女が、小さな声でおどおどと言ってくる。

「んなことは分かってんだよ。なんでだよ」
「え、えっと?」
「なんであいつらが俺を閉じ込める必要があんだよ。俺あいつらに何もしてねーぞ」

というか顔もうろ覚えだし、名前も知らない。
そんな奴らに、なんでこんなことされたんだ。
あいつら相手には喧嘩を売った覚えも、恨みを買った覚えもない。

「えっと、その、いじめって、やつかと」
「はあ!?いじめ!?」

なんだその単語は。
俺の人生で、身近になかった言葉だぞ。
たぶん。

「お前いじめられてんの?」
「え、えっと、そ、そこまでアグレッシブにはいじめにあってませんけど、まあ、マイルドに若干からかわれたりとか」
「まあ、お前は分かるよ。なんかいじめたくなるし。おどおどしててイライラするし」
「う………」

おどおどとこちらの顔色を窺って、ビクビクと震える様子は、意味もなく罵りって頭の一つでもはたきたくなる。
俺はいじめなんてしたくもないが、いじめに遭うってのは分かる気がする。

「でも、なんで俺が?」
「え」
「俺、お前みたいな暗いやつでもねーし、いじめられるようなことしてねーぞ!」
「ひっ」

俺はいじめに遭うようなタイプじゃないはずだ。
多分。
思わず大きな声を出すと、眼鏡女は更にびくっと震える。

「………悪い。で、なんでだよ」

別にこいつをビビらせたい訳じゃないので、息をついて興奮を治める。
すぐ熱くなるのは、俺の悪い癖だ。

「えっと、その、原田くんは目立つから」
「目立つ?ああ、まあ、転校生だしな。イケメンだしな!」
「………」
「おい」

こいつ、ビビりのくせに、今目を逸らしやがった。
せめてつっこむぐらいしろよ。

「ひっ、ご、ごめんなさい!えっと、転校生だし、それと、その、目立つ人といつも一緒にいて」
「………ああ」

高二になって転校してきたので、まあ、目立つことは目立つだろう。
それにプラス、あいつといつも一緒にいるせいか。

「それで、目立ってるのに、その、割と小さくて大人しそうな見た目に反して、生意気っていうのが、あの人たちの勘に障ったっていうか」
「誰が生意気なチビだ!」
「わ、私が言ったんじゃありません!ていうかチビとか言ってません!」

分かってるけど腹が立つ。
やっぱり一発殴りたくなってくるな。
ビクビクおどおどしやがって。

つーか、誰が生意気だ。
新しい地で頑張って馴染もうとしてるいたいけな少年に対してなんたる言い草だ。
そもそもそれだけでこんな目に遭うのかよ。
陰険すぎだろ。

「あー、もう、訳わっかんねー!!!」
「ひぅっ」

眼鏡女が更に、半泣きになって体を丸める。
座りながらじりじりと後ずさりしていく。

「つーかお前、叫び方がかわいくないな。普通、女子ってきゃあとか言うんじゃねーの?」
「ご、ごめんなさい」
「別にいいけどさ」

どうせ閉じ込められるならもっとナイスバディな美人とかならテンションもあがったのにな。
こいつと一緒じゃ、テンションダウン待ったなし。

「まあ、しょうがねーか。そこの窓ブチやぶって、とっとと出るぞ」

左右に広がる廊下には庭に面して、ずらっと窓ガラスが並んでいる。
エントランスの玄関横の大き目で枠が少ない窓なら、割と簡単にいけるだろう。

「え、ま、まずくないですか?一応、人の、家ですよね」
「知るか。あいつらが悪い」

こんなボロボロな家、窓の一枚や二枚、今さらだろ。
むしろ風通しがよくなっていいんじゃねーか。

「で、でもどうやって。手だと、怪我しちゃいますよ」

眼鏡女の言葉に、俺は小さく笑う。

「ふふーん」

そして背中にしょっていたバッグをおろし、中に入ってたものを掲げてみせる。

「じゃーん!見ろ」

眼鏡女は、眼鏡の向こうの目を丸くしている。
ああ、意外と目が大きいな。
実は眼鏡を取ると美人とかそういうのがあったりとか。
いや、ないな。

「………ば、バット?」
「おう、金属バット」
「ああ、いつも持ってるそれ、バットだったんですね………」

学校に行く時でもいつでも、抱えているバッグには愛用のバットが入っている。
軽くて適度に重く、振り回すのにちょうどいい。

「うん。なんか俺、野球やってたみたいだからさ」
「へ?」

俺は、野球がすごく好きだったんだろう。
よく使いこまれたバットは、手になじむ。

「よし、んじゃいってみよー!」
「え、マジですか?」

眼鏡女の返事を待たず、バッグを投げ捨てる。
そのまま、大きく振りかぶって、フルスイングで窓に振り下ろす。

「あ、離れてろよ、ガラス飛ぶ」
「え、うわ、え、ちょ、そういうのはもっと早く!」

眼鏡女が慌てて立ち上がり、窓から離れる。
離れ終わる前に、バットは窓にのめり込んだ。

ゲイン。

しかし、ガラスを砕き散らすはずのベッドは、鈍い音を立てて跳ね返った。

「………」
「………」

跳ね返された衝撃を受けた手が、じんじんとする。
間抜けに振りかぶった格好のまま、まじまじと窓を見てしまう。
眼鏡女も、じっと窓ガラスを見ている。

「えっと、ゴム製、とか?」
「よくできてんなー。って、んな訳ねーだろ」
「ご、ごめんなさい!」

眼鏡女がようやく立ち上がって、恐る恐る窓に近づく。
そっと触れて確かめて、首をかしげる。

「つーかまあ、こんだけボロボロの家で、窓の一枚も割れてない方がそもそもおかしいよな」
「あ!うわあ!」

そして俺の言葉に慌てて窓から飛び退いた。
本当にビビりの動物っぽい動きすんな、こいつ。

「思った以上に、やべーとこっぽいな。まあ、もっかいいってみっか」
「え、と」
「まあ、見てろって」

バットの先をいったん床に付けて、深呼吸をする。
バケモノに邪魔されてるなら、バケモノを打ち払う力を使えばいい。
自分の中の、血と同じ色をして、血と同じように体中をめぐる力。
その力を練り上げ、バットに込めるイメージ。

「さあ、力よたまれ。強くなれ、バット!俺の力を見せてやる!おっし、こいこい、パワー充填!」

あいつらはなんかかっこよさげな言葉を使ってるが、俺はあんな小難しい言葉はつかえない。
自分らしくなんでもいいと言われたので、こんな感じでやってる。
まあ、単語の一つ一つにも意味があるらしいので、効率は悪いようだが。
でも、あいつらみたいな言葉は、覚えられる気がしない。

「あ………」

眼鏡女が、小さく声をあげる。
力をバットに溜めるのに集中していて気付かなかったが、それで気づく。

コツ、コツ、コツ。

どこからか、足音が、聞こえてくる。
どこからかっていうか、右手から聞こえてくる。

「………」
「………」
「だ、誰か、いるんですかね?」

眼鏡女が引き攣りながら、へらっと笑う
今更そんな現実逃避をしてどうする。

「多分生きてはねーけど、誰かいるな」
「うひぃ!!」
「本当に可愛くねーな、お前」

なんかもっとこう、きゃあとか、いやあとか言ってくれると守る気も起きる気がするんだが。
まあ、しょうがない。
放っておくわけにもいかない。

「とりあえず、反対側行くぞ」
「は、はい!」

何が来るか分からないし、一旦様子を見た方がいいだろう。
あんまり、長居はしないほうがいいだろうけど。
攻め手がなければ、さっさと窓をぶち破って逃げよう。

「そういや、お前、名前なんだっけ?」

足音とは別の方に走りながら、ふと思いついて隣の女に聞く。
眼鏡女は走りながら、どこか咎めるような目で俺を見る。

「………隣の席の玉野です」
「あー、そうだったそうだった!そうやいたな!」

そういやこんな暗いのがいた気がする。
玉野とかいう女は、走りながらぎこちなく笑う。

「………よろしくお願いします。もう怖くて仕方ないんで、原田くんでもいるだけ嬉しいです」
「そーかそーか。よしよし」

まあ、頼られるのは悪い気はしない。
俺は強い男だから、女の一人や二人、守ってやろう。

「って、おい。原田くん、でも、ってどういう意味だ!」
「す、すいません!」

しかしやっぱり守るなら、もっと可愛い女がいい。





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