足音に背を向けて、小走りに廊下を逃げる。
つーか廊下もなげーな。
なんかおかしいだろ。
外から見ても、こんな長い廊下じゃなかった。
なんか変な空間、入っちゃったのか。

「ど、どっちに行くんですか」

となりの眼鏡玉野が息を切らせながら聞いてくる。
まあ、このまま走ってしても仕方ないか。

「とりあえずそこの中入るか」

そう言って、手近なドアを適当に一つ開く。
中はがらんとして何もない八畳ほどの部屋。
ただ、夕闇が佇んで、赤く薄暗い。

「………」

何かの気配は、ない。
と言っても屋敷中が気配が濃厚すぎて、あんまり細かいのは分からないのだが。

「誰も、いないですよね」
「いないと思うけど」

玉野もきょろきょろと見回して、気配を確認している。
こいつもある程度気配とか感じ取れるみたいだから、とりあえず今はいないんだろう。

コツコツコツコツ。

後ろからの足音が早くなっている。
ちらりと見た廊下はどんよりと暗く、先まで見えない。

コツコツコツコツ。

しかしそのまま見ていると、黒いハイヒールをはいた足の先だけが見えた。
膝から上は、何も見えない。

「ひい!!は、早く入りましょう!早く!」
「っと、押すなよ、おい!」

玉野がまたまったく可愛くない悲鳴をあげて、俺の背中をぐいぐいと押す。
そのまま一緒に部屋の中に入ると、玉野がバタンと音を立てて思いきりドアを閉めた。

「………っ」

ぶるぶると震えながら、しばしドアを抑えたまま深呼吸をしている。
俺も耳を澄まして、気配を探る。
足音は聞こえてこない。

「………音、しないですね」

玉野がもっと音を聞こうとして、ドアに顔を近づけようとする。

ぞわり。

その時背筋に悪寒が駆け巡り、全身に鳥肌が立った。

「離れろ!」
「ぐっ」

玉野の襟首を掴んで、ドアから引きずり離す。
そして引き寄せて俺の後ろに放り出すと同時に、ドアが軋んだ。

ドス!

「ひっ!」

床に倒れこんだ玉野が、小さく悲鳴を上げる。
今、玉野が耳を当てていたドアに、細長く鋭いものが突き出ている。
これは、錐か。
随分えげつないことしやがる。

ガスガスガスガスガス。

苛立つように、何度も何度もドアに穴をあける、何か。
にじみ出る悪意に、吐き気がする。

「…………随分、攻撃的じゃねーか」

ここまで物理的に攻撃してくる奴って、あまり見たことがない。
やっぱり随分力が強いやつらのようだ。
この屋敷はいったい、なんなのだろう。

「な、何、なんで」

カタカタと歯を鳴らして、玉野が震える声で疑問を繰り返す。
なんでって、こっちが聞きたい。
この屋敷はいったいなんだ。
こいつらはなんだ。
もっと真面目に話を聞いておけばよかった。

「立って、下がってろ」
「は、はい」

玉野がよろよろと立ち上がって、俺の後ろにつこうとする。

「きゃ、きゃあ!」

そして、小さく悲鳴をあげた。

「可愛い声出せんじゃねーか」

でも高い声は高い声で耳障りで不快だ。
つーかもう、悲鳴は全部不快だな。

「い、言ってる場合じゃないです!あ、あれ!」

玉野の声に振り返ると、部屋の奥の窓が、黒く染まっていた。
夜になったのかと一瞬思ったが、そうじゃない。
窓には、黒い手がいくつもいくつも張り付いていた。
俺が振り返ると同時に、一斉に窓を揺らし始める。

ガシャガシャガシャガシャ。

「きゃああっ」
「うるせーな!」
「ご、ごめんなさい!ひ、ひぅ」

今のうるせーなは、窓に対してだったんだが、まあこいつもうるさいからどっちでもいいや。
後ろではまだドアに律儀に穴を空けている奴がいる。
窓の外には今にも窓を破って入ってこようとする奴がいる。

「………つーか、部屋の中にも入ってこれんだろうに、脅しかよ。性格わりい」
「こ、これ、袋の鼠って言いません!?さっさと逃げた方がよかったんじゃないですか!?」
「うるさい」

玉野は相変わらず震えて、歯を鳴らしている。
しかし、どうしたもんだろう。
このままじゃ、確かに袋の鼠だ。
坐して攻撃されるまで待っていても仕方ない。
つーか捕まったら、喰われるだけじゃなくて、物理的に痛そうだ。

「………お前見えるだけか?」
「え?」
「なんかあれ追い払ったりとか、そういうことできねーの?」
「出来たらこんなビビってないです!」

そりゃそうだ。

「ちっ、役にたたねーな」
「ごめんなさい!」

つまり足手まといが一人いるだけってことか。
守ろうとは思ったが、面倒くさい。
置いていく気はないが、心底面倒くさい。
俺だけだったら、どうとでも多分逃げられるんだけどな。

「は、原田くんはどうにか、で、出来ないんですか」
「俺、攻撃しかできねーんだよな。それしか知らねー」
「攻撃?」
「あいつらの目をくらましたりとか、結界とかいうの張ったりすんのとかできねー。攻撃だけ出来る」

そういうのはまだ習ったりしていない。
というか面倒で習う気もしなかった。
攻撃さえできればいいかと思っていた。
少しは習っておけばよかっただろうか。
でもあいつらに頭下げるのもムカツクんだよな。

「十分です!攻撃上等!攻撃で行きましょう!攻撃素敵!やっぱり人間攻めないとダメです!」
「………お前結構調子いいな」

玉野は半泣きになりながらも手を叩いて、褒めてくる。
しかしまったく嬉しくない。

「とりあえずここにいたくないんです!もうめっちゃ怖い!」

玉野はもういっぱいいっぱいのようで、半泣きというか泣いていた。
こいつ怖がって泣いても、なんか間抜けになるのはどうしてなんだろう。
もっと本当に可愛く泣いて怯えることはできないものか。
まあ、ビービー泣いて喚く女よりはいいか。

「この屋敷にいるならどこにいても一緒だと思うけどな」
「なら逃げましょう!さあ逃げましょう!」
「………そうだな」

本当は俺一人でここを片付けたりして、あいつらの鼻を明かしてやろうかと思ったんだが、やっぱり無理そうだ。
怪我したりしないうちに、帰るしかないだろう。
この部屋の窓の外にいるやつらは量が多い。
やるなら、ドアの方かな。
一応、気配は一つだ。
ドアを蹴破って、あのハイヒールの奴をぶん殴って、窓ガラス割って逃げる。
できるかな。
まあ、俺一人なら逃げるぐらいなんとかなるんだろうけど。

「じゃあ、まあ、行くか。おいてったら悪い」
「出来ればそれはなしの方向でお願いします!
「前向きに検討する」
「是非!」

できればまあ、見殺しにするにも後味悪いから、頑張るとしよう。





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