「お前は下がってろよ」

ドアの前に立ち、玉野を後ろに下がらせる。

「はい、勿論です!」

そして返ってきたのは力強く薄情な答え。
本当に脱力すんな。

「………お前本当に、実はいい性格してるよな」
「え、え」

当の本人は、まったく悪気がないらしい。
こいつがいじめに遭う理由は心から分かる。
無意味に小突き倒して泣かしたくなってくる。

「………」

なんて、まあ、考えていても仕方ない。
さっさと帰らなきゃいけない。
ていうか今何時だ。
夕メシの支度が遅れたら、うるさいんだよな。
ていうか俺が腹減った。
早く、何か食べたい。
マジ、早く帰らなきゃ。

「力よ、集まれ、集まれ、集まれ。俺の力よ、バットに宿れ」

集中して、手に握ったバットに、力を込めていく。
自分の中を巡る血と一緒に、力を循環して、込める。
錐をドアに刺す音がうるさい。
窓を揺らす音がうるさい。

「………集まれ」

聞くな。
集中しろ。
すべての意識を自分に向けろ。
そしてそのままバットに意識を移動させて、自分の体と一体化させる。
自分の体を巡る赤い力を、そのままに、バットに循環させる。
バットも手足の一部のように、感じ取れ。

「よし」
「………あ」

力を纏わせ終わると同時に、玉野が小さく声を漏らす。
やっぱ、かなり敏感に見えてんだな、こいつ。
目がいいのかな。

「………いくぞ」
「は、い」

バットに力を込め終わり、息を一つつく。
ドアノブに手をかけ、一気に扉を開き、攻撃にそなえて横に飛ぶ。

「………」
「………」

だが、確かにドアの前にいたはずのナニカは、いない。
ただ廊下と、窓が広がっているだけだ。

「………どこに、行きやがった」

スピードをあげた心臓に囚われないように、息を小さく吐く。
意識を、集中させろ。

「………ふっ」

警戒を怠らないまま、扉に向かってバットを振り放ち、力を放つ。

「………」

手ごたえは、ない。
バットを握り直し、ドアの外に、一歩踏み出す。
右を見て、左を見る。

「原田くん!危ない!!!」

玉野の声と共に全身に悪寒が走り、その場から一歩前に飛び跳ねる。
左手に、鋭い痛みが走る。

ドス。

鈍い音に振り返ると、今まで俺にいた場所にそこにはハイヒールを履いた足と錐を持った手が、いた。
錐は、床に思いきり突き刺さっている。
体は、ない。
そうか、上にいたのか、こいつ。

「きゃあ!」
「………っ。この、野郎!ざっけんな!」

沸きあがる怒りと共に、バットを振り払い力を放つ。
自分の赤い力と共に、手と足を打ち払う。

「わ、あっ」

部屋の中にいる玉野が眩しさを感じたように、眼を瞑る。
パシンと、ゴムではじかれたような音と、肌に衝撃を感じる。

「………」

そして一瞬の後、そこには、手と足は、いなくなっていた。
床に突き刺さっていた錐もない。
玉野が恐る恐る目を開けて、怯えた顔で俺を見てくる。

「ど、どうですか?」
「わかんねー。手ごたえがない」

倒したという実感がない。
逃げられた気もする。
本当に倒した時はもっと実感があったはずだ。

「あれですね、き、消えましたよね。消えましたよ、きっと消えましたよ!」
「わかんねーつってんだろ」
「だっていたら怖いじゃないですか!」

それでいなくなったら世話はない。
まあ、こいつがそれでいいならいいけどさ。

「あ、そうだ、大丈夫ですか?」

そして思い出したように玉野が聞いてくる。
俺の心配は二の次か。
なんかもう、見捨てたくなってきたな、こいつ。
くそ面倒くせえ。

「そうだ、じゃねーよ。痛てーよ」

左手がじりじりと痛む。
剥き出しの腕に、一本赤い筋が出来ている。
さっきの錐が、腕を掠ったのか。
長袖の制服じゃなくてよかった。
制服破いたりしたら、絶対嫌味の一つでも言われていた。

「えっと、えっと」

玉野は何をしようとしたのか、やぼったく膝丈まであるスカートをぱたぱたと叩く。
それからはた、と気づいたように顔をあげる。

「………あれ、そういえば、私たちバッグ、どこにやりましたっけ」
「そういや玄関に置きっぱなしだな」

気が付けば二人とも通学用のバッグを持っていない。
俺はバットを取り出す際に、玄関に放り出したままだ。
こいつは多分突き飛ばされた時にでも手放したのだろう。

「………」
「戻るぞ」
「………うう、はい」

バッグを無くすわけにもいかない。
中にはそろえたばかりの教科書も一式入っている。
これまた、なくしたりしたら、どれだけ嫌味を言われることか。

「えっと、玄関は」

そしてさっき来たはずの廊下を見る。

「………」
「………」

そこにはどこまで続くか分からない廊下が広がっていた。
右手には夕闇の赤が差し込む窓。
左手には、いくつあるか分からない扉。
そして前には、夕日を受けてくっきりと影を作る、果てが見えない廊下。

「………」

試しに後ろを振り返ってみる。
半ば想像通り、そこにはまったく同じ景色があった。
まるで合わせ鏡で見たように、永遠に続く廊下。

「わ、わあー、広いおうちだなー」
「お前がそれでいいならいいけどさ」
「………よ、よくないです」

玉野が空元気を出そうとするが、すぐに半泣きでうつむく。
だから、ここにきて現実逃避してもどうにもならねーだろ。

「ど、どっちいけばいいんですかあ」
「俺が知るか」

こっちが、聞きたい。
こういう時って、どうすればいいんだ。
こういう世界は、前に二度ほど、経験したことがある。
結界だかなんだかに、入ったってことだよな。
力をやみくもに、ぶちまければ壊れたりすんだろうか。
でも下手に壊そうとすると危ないとか言ってたっけ。
まあ、最後の手段にとっておくか。

「泣いてもいいですか」
「もう泣いてんじゃねーか」
「座り込んで号泣したいです」
「うざいから置いてく」
「………じゃあ、泣きません」

じゃあってなんだよ。
泣くってそんな自由自在にできるもんなのかよ。
しかしまあ、普通の奴らがビビるのは、当然か。
じわりじわりと、夕日の赤が黒に侵蝕されて、暗くなっていく。
心細くも、なるだろう。

「………来る前に家の奴にメールしてきたから、多分そのうち来る」

あんまり言いたくなかったが、ため息と一緒に告げる。
本当ならあいつらが来る前に、逃げ出したかったんだが。
あいつらに手助けをされるなんて、冗談じゃない。

「あ、ほ、本当ですか?」
「うん」

でもまあ、背に腹は代えられない。
こんなところでバケモノに食われる気もない。

「そういえば、今日はなんで一緒にいなかったんですか?」
「別にいつも一緒にいる訳じゃねーよ」

都合上一緒にいるだけで、一緒にいたいわけじゃない。
むしろいなくていいなら、積極的に別行動をしたい。

「本当に一緒に住んでるんですか?」
「うん。つーか、なんで知ってんだ?」
「えっと、噂で、有名です」

ああ、そういやあいつが目立ってるとか言ってたな。
苛立ちを抑えるために、頭を掻き毟る。
あいつのせいで、目立って目がつけられたってことは、あいつのせいでこんな事態になってるってことだよな。
くそ。
本当にあいつに関わってからいいことがない。
ああ、目の前が暗くなってくる。
ていうかまあ、本当に物理的に暗くなってきた。

「お前も噂話してくれるような相手いるんだな」
「い、一応友達、いるんですよ。そこまでいじめられてないですし」

本当かよ。
とりあえず俺はこいつが目の前にいたら無意味に罵りたくなるぞ。

「えっと、原田くんじゃなくて、あの人も、見えたりするんですか?」
「ああ。俺よりずっと前から見えてたし、なんかバケモノ退治の術とか色々できる」

俺の知らない術とやらを色々と使っていた。
特に習う気もなかったが、こんなことになるなら、少しは習っておけばよかった。
帰ったら聞いてやらないでもない。

「そうなんですか!はあ、なんでもできるだけじゃなくて、幽霊も見えちゃうんですね」
「………」
「なんか、幽霊見えるって、彼の場合はカッコよく感じますね。不思議です。カッコいい人は、力を二物も三物も与えちゃうって感じで」
「おい」
「は、はい?」
「俺の前であいつをこれ以上褒めたら、一言につき一回殴る」
「ひっ、す、すいません!」

あいつに対する褒め言葉なんて、聞いてるだけで腹が立つ。
俺の方が絶対イケメンだっつーの。
ちょっとぐらいあいつの方が背が高いだけだ。

「えっと、な、仲良く、ないんですか?」
「いいように見えるか?」
「いや、だって、いつも一緒にいるし、原田くん、他に友達いないし」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も!」

こいつ本当に一言多いつーか、ていうかわざとじゃねーのか。
まあ、友達は確かにいないけどな。
そもそもあいつも友達じゃないし。

「え、えっと、原田くんは、生まれつき見えるって訳じゃないんですか?」

玉野が話を逸らす様に、慌ててなにやら手をぱたぱたとさせながら聞いてきた。
へったくそな誤魔化しかただな。
ああ、廊下が本当に暗くなってきたな。

「ああ、中学三年の頃から見えるようになった」
「………えっと、それは、こ、怖くないんですか?」

怖いか。
どうなのだろう。
どうだっただろう。
でも、気がつけば見えていたから、こいつのように怖いと思うことはなかったな。

「そういや怖いってのはあんまないな。痛いのとか、驚かされるのは嫌だけどな」
「………そう、なんですか」

玉野がちょっと残念そうに肩を落とす。
俺にも怖がって欲しかったのだろうか。

「お前は見るからにビビってんな。お前は生まれつき見えてたの?」
「………はい、小さいころからずっと見えてたのに、怖くて怖くて、仕方ないです」
「ふーん、そういうもんか」
「………なんで怖くないんですか」
「そういわれてもな」

拗ねるようにいわれても、怖いか怖くないかなんて感情の問題だから分からない。
ていうかまあ、俺の周りの奴らに、玉野のような反応をする奴らが一人もいなかったから、怖がるって概念がなかったのかもしれない。

「俺の周りの奴らは、怖がる奴らいねーからな」

もし俺が怖がったりしたら、あいつら絶対笑い飛ばすしな。
あ、想像だけで腹が立ってきた。

「えっと奴ら?見える人、いっぱいいるんですか?」
「………」

玉野が俺の言葉に不思議そうに、頸を傾げる。
なんとなくムカついて、思わず玉野の頭をはたいてしまった。

「痛っ、え、な、なに?」
「うるさい」
「え、ご、ごめんなさい?」

理不尽な暴力にも、なぜか玉野は謝っている。
こいつこんなで本当に大丈夫なのか。
いや、だからマイルドにいじめられていたのか。

「………とりあえず、まあ、あいつが来るまで持てばいい。そしたらなんとかなる」
「そ、そうなんですか」

手を借りるのは業腹だが、あいつがきたら、突破できるだろう。
変な術とか、いっぱい知ってるし。
それに、俺も全力で出来る。

「ま、そう簡単にはいかないみたいだけどな」
「え」

玉野は俺の言葉に、結構大きい目をパチパチと瞬かせる。
肩を竦めて、窓を顎で指す。

「気付けよ。窓全部暗い」
「………ひっ」

窓には、いくつもの手と、それと張り付くにいくつもの顔があった。
黒い影に、血走った目だけがぎょろぎょろとこちらを見ている。
びっしりとはりついてるそれで、窓からの夕闇が遮られている。

「きっ、い、あ」

玉野が目を見開いて、口を手で押さえる。

「叫んでいいぞ」
「〜〜〜っ、っ」

悲鳴も上げられないらしい。
涙が滲んで、口元を抑えて、ただ首を横に振る。
座り込んで号泣しないなら、上等だ。

「俺から、離れるなよ」
「っ」

玉野はこくこくと何度もうなずく。
とりあえず、腹が立つが、あいつが来るまでここで持ちこたえないといけない。





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